04 契約
「僕と契約して、魔族の聖女に、ならないか?」
「は?」
わけがわからない! 魔族の聖女? それって魔女じゃないか。私は魔女にはなりたくない。というか、魔族の聖女って何をするのだろうか。
「ちょっ、ちょっと待って! ど、どういうこと??」
「どういうことって、つまりそういうことだ」
「そういうことって! わけがわからない! そもそも、魔族の聖女ってなに!?」
「ああ、まずは、そこから説明しなくてはだな」
そう言うと魔王はどこからか、紙芝居を取り出し始めた。呆気にとられる、私を置き去りに、魔王の説明は始まっていった。
「むかーしむかし、と言っても二百年くらい前の話だが……」
『―――――かつて、人類はヒエラルキーの頂点に君臨していた。
高度な言語、高度な文明を築き上げ、魔法という力によって、人間にとってより良い環境になるよう、改善を図って来た。
そして、長年の研究の末、もはや人間が改善すべき最大の問題は死のみとなっていた。
高度な薬や、飢えることのない食事があるのに、死から抗えないのはおかしいと思うかもしれない。しかし、老いを止める薬というのは、開発がとても難しかったのだ。
この世界では、人間の体内には、魔力が循環されていて、その魔力で人間は生きていた。しかし、老いることでどうしても魔力は減少してしまい、魔力が循環されなくなり、死に至ってしまうのだ。
魔力は二十歳前後で、量が定まり、あとは量がキープされたあと減ってしまう。だが、体内の時間を止め、老いを止めるのは、できなかった。
死は定め。そうあきらめられればよかったものの、人間は今まで発展のために必要だった貪欲さを駆使してしまった。人間は世界の定めを変える力を信じ、実際に物理法則すらもねじ曲げて、自分たちの恐怖を取り除いてきた。だが、この老化というのは誰にも止めようがなかった。
だから、人間は考えた。老化を止められないなら、意識を維持し続けるため、体が老化しない、意識の入れ物を作れば良い、と。
そして、秘密裏に開発されたのが、「人造魔力生命体」だ。人造魔力生命体は、基本的に体は人形と同じようだが、まるで生きてるかのような作りをしていて、核である魔法石が欠けなければ、永遠に動く着ぐるみだった。開発された途端、喜んで権力者たちは、まだ試作品のこの着ぐるみに、高い金を払って。自分の意識を乗り移し、乗り込んだ。しかし、この着ぐるみには欠点があった。
何年も使っていると、魔法石がその人の心を蝕み、体を乗っ取ってしまうのだ。魔法石は元々、特殊な石で、その石には死んだ人間の思念がこもっている。
余談だが、人造魔力生命体の容姿は魔法石にこもっている、思念の主の姿が反映されるので、権力者たちはこぞって、美形が思念の主である、魔法石をはめ込んだため、魔族は美形が多いのだ。
そうして、人造魔力生命体に権力者たちは意識が飲まれ、魔法石の思念が主体となり、魔毒素と呼ばれる、権力者達の思念が渦巻くようになってしまったのだ。
もちろん、この事は隠蔽されていて、今では一部の王族や、研究者の一族しか知らない。
つまり、魔族を倒す方法というのは、あながち間違ってはいなくて、まず、権力者の、思念を聖女が吸い取り、そのうえで、体のおおもとである、魔法石を、魔力の核とみなし、破壊すれば、人造魔力生命体は存在を決定づける核がなくなるので、動かなくなるんだ。
まあ。それはともかく、人間たちが魔族と言っているのは、魔法石の核である、思念の保持者と乗り込んだ権力者が、どちらが体の主導権を握るけせめぎ合い、その結果、どちらが主体かわからなくなって、暴走してしまったものたちなんだ。
しかも厄介なことに、人造魔力生命体は人二人が入っていることになるから、使える魔力が2倍になるんだ。だから、暴走すると手に負えない』
そこまで、言い終わると、魔王は紙芝居をしまった。
「ご清聴ありがとうございました」
「おお〜」
私は、パチパチパチ、と拍手をした。魔王はなんだか、照れくさそうにしている。
「この紙芝居、魔王が作ったの?」
「ああ、魔法でちょっちょっとな」
魔法でちょちょっと、か。クリエイト系の魔法は、イメージがはっきりとしていないと、できないし、何より、クレヨンなども使っていることを見ると、同時に何個もの作業を魔法でやっているのだろうから、相当な魔力消費だろう。
さすが魔王……チートだ。
「それで、結局私は、何をすればいいの?」
「あなたには、まだ暴走していない、または暴走しかけている魔族の魔毒素を浄化して、助けてやってほしい」
「というと、つまり?」
「元々は、人造魔力生命体というのは、魔法石の、思念の主が、主体だと思う。だから、乗り込んできた異物である、権力者達の思念である魔毒素を浄化して、暴走を防いで欲しいんだ」
「確かに、暴走しなければ、人類と共存できそうよね。死者とは言え、人間だったわけだし」
「話が早くて、助かる。ちょっと一瞬待っていてくれ」
魔王は、そう言い残し、私の前から姿を消した。なんだろう、と思うと次の瞬間、魔王が片手に何かを持ち、牢屋の中に居た。
「契約書だ」
魔王は、どこからか机をだし、契約書を広げる。契約書はすごく簡単で、要点だけまとめられたような簡潔なものだった。
だが……
「やってもいいけど、これって私に対しての報酬が明らかに少なくない? 人類と共存する、という話はともかく、魔法は、生命力が削られてしまう場合もあるし……」
「国賓待遇」
「3食寝付き」
「召使いもつく」
魔王は、それ以外にも、ぽんぽんとメリットを宣伝する。
確かに、国賓待遇で魔王城で扱われたり、3食寝床付きというのは、良い。だが、給料についての記載がないし、魔法というのは時に生命を削ることになる。それなのに、それだけでは少し、いかがなものだろうか。
「う〜〜ん」
チラリ、と魔王を覗き見る。すると魔王は、ふむ、と頷いた。
「ならば、僕が直々に勇者に復讐してやる、というのでどうだ?」
「え?」
「あなたは、まだ勇者に未練がある、だから自分では復讐できないはずだ。だったら、僕が復讐代行してやる、というのでいいんじゃないか?」
確かに、それはいいかもしれない。
レオンとの出来事が夢じゃないなら、今は悲しみしかないが、いずれ怒りにもなっていくだろう。でもその時、自分はレオンに非情なことをできないだろう。だから、彼に頼んでおくのは良いかもしれない。
「じゃあ、時が来たらそれで。よろしくお願いします」
「ああ、じゃあそのことも契約書に追加しておこう」
魔王がパチッと指を鳴らす。するとみるみる、契約書に新たな一文が追加された。
私はそれを見届けると、契約書にサインをした。
「これで、僕たちは晴れて、共犯者だな」
「これからよろしくお願いします、魔王」
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