02 夢の中で
―――――レオンは、私の最愛だった。
一日前、私たちは、人類の敵である魔族の長、『魔王』を倒し、人類の英雄となった。
魔族は、理性のタガが外れ、本能のままに生きる暴力的な種族だ。その長である『魔王』は魔族の中で最も力が強く、魔族を意のままに動かすことのできる、異端の存在で、人間にたびたび戦を仕掛けていた。
魔族は、圧倒的武力と、人間の平均的魔力量の2倍以上の保力を持っていた。そのため、魔王に戦を仕掛けられる度、人間はどんどんと領地を奪われていった。
しかし、そんな人間に絶望的な状況下で、先の戦で、魔族の弱点が発見された。その弱点というのは、魔族の、魔力の核に漂う、魔毒素を、浄化することだった。
だが、弱点を見つけたのは良いものの、肝心の魔毒素は人間の誰でも使える魔法では、浄化できなかった。そうして、魔毒素を浄化できる固有魔法を持つ人間が血眼になって探された。
固有魔法は、十歳前後の発現する、世界に一つしかない魔法で、固有魔法は人知を上回る、奇跡すら起こせるような、天からのギフトだと、考えられていた。だから、それがない人間は、神から祝福されていないとされ、奴隷の身分だった。
しかし、魔毒素浄化という固有魔法は、今まで固有魔法として、長らく認知されていなかったので、世界中で奴隷が、固有魔法の検査を受けることとなった。
かくいう私も固有魔法を保有していたのに、奴隷の身分となっていたが、固有魔法の再検査で、魔毒素浄化の魔法があると認められ、聖女となった。
その後、紆余曲折あったものの、魔王討伐のため、最適なメンバーで選ばれたパーティーの、私たちは、誰ひとり欠けることなく、魔王を倒すという使命を全うした。
****
聖女というのは教会の管轄で、普段は教会に所属している。私も例に漏れず、14歳のとき、奴隷の身分から解放されたあとは、教会に所属して聖女教育を受けていた。しかし、教会は私にとって、居心地が悪くて、仕方なかった。
毎日、神殿内を歩くたびに感じる冷笑、見下されていることを感じる視線。おそらく、周りの人にとっては、私が聖女ということよりも、元奴隷という肩書の方が強かったのだろう。
だが、それも苦痛だったが、もっとつらかったのは聖女教育の時間だ。
聖女教育ということで、国中から様々な教師が集まった。だが、教師たちは全員、プライドだけが高く、過去の栄光にすがっているだけの、今思えば哀れな人たちだった。
彼らのほとんどが、一度教えられたことができなければ、怒鳴り、ムチで叩き、何度も失敗すると、見えないところを殴らったり、蹴ったりしてきた。
幸いなことに、ご飯を抜かれたりなどはなかったし、奴隷の時にそんな暴力は痛いほど経験しているので、だいたいのことは耐えられた。それに、ご飯があって、布団で寝れるし、帰れる場所があるだけ幸せ、そう思うことで何とか精神を保っていた。
そうは言っても、本当は辛かった。
奴隷から解放される。自分には特別な価値がある。やっと幸せになれる。そう思って神殿に来たのに、待っていたのは奴隷だったときと変わらない、大人からの暴力と視線。
さらに、奴隷のときは居た、仲間もいなかったのが、もっと苦痛だった。
段々と、心はすり減って、自分に価値があるのか、なぜ生きているのか、そんな気持ちが日々降り募っていった。
レオンと出会ったその日も、私は授業でささいな間違いをしてしまい、罵声を浴びせられていた。
「お前みたいな奴隷風情が聖女だと? 巫山戯るな! 反吐が出る! こんなものもろくにできないものが、聖女なわけない! ほら、謝れ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
私は必死に頭を床に打ち付け、謝っていた。早く終われ、早く終われ! もうどうとでもなればいいのに、いっそ殺してくれ、そんなことを思ってしまうくらい、私は、もう壊れかけていた。
ムチでベシッ、ベシッっと背中が顔を何度も何度も叩かれる。
苦しい、痛い。ポタポタと、床が涙で濡れていく。
その時、部屋の扉がレオンによって開かれた。彼は、スタスタと、私へ近づき、そっと手を取ってくれた。
「大丈夫?」
「……え?」
金色の光ふわふわの髪、若草のような淡い緑色の優しげな瞳。なんだか神々しくて、まるで、天使かと思った。
私が見惚れていた間に、彼は、身につけていたマントを私にかぶせてくれた。彼のマントは何だか良い匂いがした。
レオンは、私にマントをかぶせたあと、教師の方を向いて、堂々とした様相で、
「聖女に対して、暴力を振るとは何事ですか?」
と、低い声で尋問を初めた。
教師は、いつになく青い顔だった。足もガクガクと震えている。私には、彼が王子とは、分からなかったので、良い年をした巨体のおじさんが、私と同じくらいの少年に怯えている姿は、少し珍妙に映った。
「で、殿下……この者は聖女と言いましても、元奴隷ですので、多少手荒な真似をしないと、分からないのです」
教師は、ヘラヘラとした態度で、レオンに弁明をしだした。
「元々奴隷だったとしても、今の彼女は聖女です。彼女のお陰で、魔族が倒せるかもしれないのに、そんな人を無碍に扱うというのは、どういうことですか!」
「しかし……」
教師のゴニョゴニョと言っている様子を見て、レオンは何か考える素振りを見せた。が、すぐにひらめいたらしく、口を開いた。
「ああ、もしかしてお前は、魔族と共謀し、我々に謀反を企んでいるんですか?」
それを聞くと、教師の顔色は、青色を通り越し、白くなった。足は生まれたての子鹿のように震えていた。
「あ、ああ、滅相もございません。私は、けっ、けして謀反など、た、企んでおりません!」
「だが、聖女を傷つけるというのは、れっきとした重罪です」
「たっ、ただ私は聖女様を教育しようとしていただけでして」
「なるほど。お前にとっては痛みが教育なのですね? そのような考え方、初めて知りました。さすが、二十年前に勲章をもらった賢者だけある」
レオンはうんうん、と納得したように頷いていた。
なんだか彼の纏う空気が不穏になった。後ろには何が真っ黒なオーラが見えそうだ。
「そうそうか。では私が、直々に哀れな老いぼれを『教育』してやろうではないか」
そう吐き捨てると、レオンは教師の頬を豪快にビンタしたを入れた。
「うがっ」
教師は潰れたカエルのような悲鳴を上げて、床に転がり、痛みに悶えた。
どうやらすごい威力だったらしい。
「もっとぶってやろうか」
レオンは何だか少し惚れ惚れとした表情で、教師の前に立ちはだかった。
彼は少しサディストなのだろうか。
「さあ、構えろ!」
バーンと言う豪快な音がする。今度は教師のお腹に蹴りを入れたらしい。教師はうぐっとか、うがっ等という言葉にならない悲鳴を上げながら、失神しかけていた。口からは泡のようなものがでている。
そんな教師の悲惨な様相をみているにもかかわらず、さらなる制裁を画策していた、レオンだったが、教師の酷い様子を見ると、途端に嫌悪感マックスの表情になった。どうやら彼にはよくわからないスイッチがあるらしい。
「連れて行け」
教師はいつの間にか後ろにいた騎士たちに、運ばれていった。
私は少し哀れに思ったが、まあ私のやられてきたことに比べれば、かわいいものだと思い直し、少しざまあみろ、と思った。
レオンはそれを見届けると、すっかり元の王子様フェイスで、
「このことは、お父様に報告しておくからね。君、他にはこういったことをされていたりする?」
と聞いてきた。この変り身の速さはなんなのだろう?
少し恐怖を覚えつつ、私は、他の教師の暴力行為や、侮辱行為を包み隠さず、すべて話した。
――――――もう、起きなければ
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