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10 初仕事



「花に移せないほどの念……?」

「この前も言った通り、魔族には2つの人格がある。魔法石の人格と魔毒素……つまり、乗り込んだ人間の人格だ。そして、この魔毒素の念が強ければ強いほど、魔法石の人格は蝕まれるんだ」

「僕の力で、その念を花に移すことを可能にしたものの、それができないほど、魔毒素が、魔法石に絡みつく場合があるんだ」

「何故、そうなるの?」

「生への強い執着、あとは魔法石の方の主と乗り込む前に何らかの関係があるかだな」



 生への執着……人造魔力生命体に乗り込んだのは、権力者ばかり。権力者を持つとどんどん貪欲になるのだろうか。



「それで、その花に魔毒素を移せないっていうのは、具体的には誰なの?」

「この城の使用人たちだ」



 使用人たち……? あんなに面白くて愉快な人たちの中に、もう一人の人格が存在していて、苦しめられているのか。



「リルもそうなの……?」

「ああ、リルは今、使用人の中では一番大変だろう」

「そうなんだ……」


 明るく溌剌で、少し天然なところもあるが、可愛らしいリル。そんな彼女の中にも『誰か』がいて、彼女はそれに苦しんでいる……?

 わかっていたことではあったが、ショッキングだ。



「時期にリルは魔毒素の人格と、直接対決しなくてはいけなくなる。その時ルシェには、浄化を頼みたい」

「もちろんだよ! リルには色々とお世話になっているし」



 それを聞くと、レイは、少し安心したような、それでいて心配そうな顔になった。

 まあともかく、これからは色々と大変そうだ。



****



 そうはいっても、しばらくはなんともない日常が続いていった。

 人生初の何も無い日々。ただ起きて、図書館へ行って、お茶をして、寝ることの繰り返し。そのため、あまりおなかが空かなかったし、平気で1食の時もあった。(何故か晩餐はレイと取るという、謎ルールがあるため)

 今までは聖女教育に忙殺され、魔王討伐を一刻も早く行わなくてはならなかったので、休みはなかなかなかったし、こんなスローライフは夢のまた夢だったため、私は毎日が楽しくて仕方がなかった。

 しかし、その平穏は長くは続かなかった。



「ルシェ様〜! おっはようございます!」



 いつも通り、シンバルの音で起こされる。最初はうるさかったが、最近は慣れてきたし、リルも多少は加減を覚えてくれたようだ。

 だが、今日のリルはなぜか眼帯をしていた。



「リル、その眼帯どうしたの?」

「ああ、これですかぁ? ちょっと朝から変なんですよね」

「変ってどんなふうに?」



 なんだかすごく嫌な予感がする。今まで平穏だったため、すっかり頭から抜け落ちそうになっていたが、もしかすると、魔毒素に侵食されているのかもしれない。私は少し不安になった。



「いや、それが……」



 リルは眼帯を外した。すると、眼帯の下には、緑色の瞳が覗いていた。おかしい。リルは薄ピンク色の瞳のはず。もしかして、魔毒素に侵食されているのか。



「ご、ごめんなさい、気持ち悪いですよね! すぐ眼帯をつけますね」



 リルは外した眼帯をつけようとする。だが、その手は震えていた。



「気持ち悪くなんてないよ。とりあえず、魔毒素を、浄化しなきゃだよね……」



 私がそう言って、レイのもとに向かおうとした、その時だった。リルが不自然な挙動で、笑い出した。



「あはは、あははははは」

「り、リル!?」

「これでようやくあの子になれる! 永遠に生きながらえる! あはっ! あはははは!」



 おかしい、いつものリルの声ではない。リルはいつもはつらつとした明るい声で、もっとキャピキャピとしている。しかし、この声は少し低めで声質は似ているものの、大人っぽい声だった。



「だ、誰……? あなた、リルじゃない……」

「リル? 私はリリだ。リルはもう何年も前に死んだ。あれ、でも……?」



 リリ? リリとは誰のことだろうか。リルからそんな人のことは聞いたことない。だが、リルのことを知っているというのはリルに近しい人なのだろう。でも、この様子だと彼女? も困惑しているようだ。



「とにかく、レイを呼ばなきゃ!」



 そう、部屋から駆け出そうとした時だった。



「待て小娘、逃げるのか? 何が目的だ! 何故、リルのことを知っている!?」



 光る縄のようなものがこちらに向かってくる。かろうじて魔法で避けたものの、攻撃魔法がどんどんと差し向けられてくる。



「待て! 逃げるな!」



 炎に周りを取り囲まれる。まずい。逃げ道がない。慌てて、水魔法を展開しようとしたが、如何せん魔力消費量の激しい防御魔法を連発したため、魔力は枯渇しそうだった。

 詰んだかもしれない……私が諦めかけた時だった。



「大丈夫か?」



 一瞬にして、辺りの炎が強風によって消え失せる。空間を支配するようなオーラ。この雰囲気は間違いなく、レイのものだった。



「貴様、何者だ!」



 リルの形をした何か(おそらくリリと言うのであろう)がレイに問いかける。彼女はどうやら、スケールのでかい魔法をボンボンと撃つくらいの、莫大な魔力量こそあるものの、敵を見定める能力は乏しいらしい。



「何者? ベリアル=レイヴィノール。皆からは魔王だなんだと言われている者だ」

「魔王だと? まさか! ここは一体どこだ!」

「魔王城だ」

「魔王城? ならちょうどいい。私はお前を倒す!!」



 リリはレイの前へ突進する。すごいスピードで。そして急速に魔法を展開した、と思ったら、目の前に倒れた。

 どうやら寝てしまったらしい。



「あれ? どうして……」

「魔法で眠らせた。しばらくは起きないだろう」



 姿が見えないくらいのスピードだったのに、よく眠りの魔法という高度な術式を即座に展開し、正確に発動させたものである。担保となる魔力量もそうだが、その高等技術には脱帽である。



「流石だね」

「そうだろう」



 レイは、どうだ! と言わんばかりに、私の方を見る。しかし、これを謙遜するほうがおかしいので、私は、パチパチと拍手をした。



「では、ルシェ。初仕事の時間だ」



 

 


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