告白のロマンサ
私は、早瀬やまめ。高校二年生の女の子。
名前見ただけで、お父さんの趣味が釣りだって分かっちゃうよね。
昔はこの名前、嫌だったんだけど。最近はそうでもないかな。
部活は弓道部。腕はそこそこ。
部活は二年生が最後だから、頑張って県の大会に出場したいけど、私の腕だと微妙かな。
まあ、頑張るけどね。
性格は、「直情径行型」ってよく言われます。
よく考えてから行動しろ、走りながら考えるな、ましてや走ってから考えるなんて論外だからねって。親にも先生にも何遍言われたか。うっさいわ。
◇
それでね。
私は今、恋をしています。
相手は、同じクラスの桜庭 浩一郎君。地学部の部長。
絶賛片思い中です。
「なんで地学部?」って、この話をした全員に訊かれた。
「弓道部に誰かいないの?」って、だからいなかったのよ。そりゃあ恰好良い男子は何人かいるけど、私的には違うと思った。それだけ。恋する理由なんて、多分当の本人が一番わかってないんだから。そうでしょう?
でも地学部、傍で見てると面白そう。顧問の先生と一緒に山とか川に出かけて、地形とか地層とかを見ながら、先生からいろんな話を聞くらしい。日本列島の形成だとか、白亜紀がどうだとか。そして、何だか知らないけど石を沢山持って帰ってくる。
「それ面白いの?」ってそんなこと私に訊かないで行ったことないんだから。でも、桜庭君から何度か話を聞いたことがある。私は、面白いと思った。人間が生まれてくるずっと前の大昔の出来事が、山や川や、そこにある石や地層の中に、ちゃんと残っているなんて、すごいことだと思った。動物の足跡や、波の跡まで残っているんだよ?
◇
それでね、本題に入ります。
昨日、私はある決断をしたの。
桜庭君に告白しようって。
友達に言ったら「絶対やめとけ」って言われるに決まってるから、誰にも相談しないで私一人で決めました。これでも走る前に考えたんだけど。とにかく決めたの。
桜庭君に告白しようって。
チャンスならいくらでもある。なにせ同じクラスだ。
そう思ってたけど、ここのところ弓道部が忙しくなってきちゃった。
なので、決心してからだいぶ時間が経っちゃった。
◇
でもある日、チャンスが訪れた。
弓道部の顧問の先生が急病で、監督者がいないからその日は弓道場が使えなくなった。それで、その日の練習は急遽お休み。やった、今日は明るいうちに帰れる、って思いながら教室に戻ると、桜庭君がいた。
「桜庭君。」
「ああ、早瀬さん。今日は早いんだね。」
「顧問の先生が急病で休んじゃって。監督者がいないと弓道場使っちゃいけないらしくて。ほら、弓って一応武器でしょう?ちゃんと指導する人がいないと危ないから、って。」
「そうなんだ。じゃあ、これから帰るの?」
「うん。」
「僕も帰るとこだよ。」
周りには誰もいない。
よし。
「桜庭君。」
「私に3分だけ時間をください。」
「それ、どっかで聞いたやつ。」
桜庭君が笑う。こんな古いネタ良く知ってたよね、って私もだけど。
さあ、今言おうすぐ言おう。もう待ったなし。
覚悟は出来てる。
「桜庭君。」
そう言って、次の言葉を言おうとした瞬間。
すう………っと。
桜庭君への恋心が、まるで潮が引くように醒めてしまった。
普段は察しの悪い私が、この状況だけは即座に理解できた。
恋の魔法が、解けてしまったんだ。そう思った。
どうするの?
これから告白するんだよ?
◇
私は、桜庭君の目を、じっと見つめた。
桜庭君の心が知りたかったから、じゃない。
彼の目の向こう側に、自分の本心が見えるんじゃないかと思ったんだ。多分。
魔法が解けた瞬間から、桜庭君はもう「王子様」じゃなくなった。
カッコよさは2割減くらいになったかな、いきなり。
私の目から見ても、もうそのへんにいる普通の男の子だ。
でも、桜庭君は蛙にはならなかった。
あの、物静かでいろんな地学の話をしてくれる桜庭君が、目の前にいた。
目の前にいるこの人が好きか?って聞かれたら、多分、好き。それは変わらないと思った。
そうか、分かった。
ついさっきまで、私は恋に恋してたんだ。
その、「恋に恋する」魔法が解けただけなんだ。
この間、2秒。
2秒って結構長いのよ知ってた?
◇
「私と付き合ってください。」
言った。言っちゃった。
自分でも驚くくらい冷静な口調で、私は告白した。
「いいよ、付き合おう。僕の方からも、よろしくお願いします。」
ああ、告白成功。
でも、不思議と全然ドキドキしない。
「じゃあ、これから一緒に帰る?」
「いや、今日はいいわ。なんか今日は一人で帰りたいの。でも、明日からは一緒に帰ろ。」
「わかった。じゃあ明日からよろしくね。」
「うん、じゃあね。」
って、気が付いたら、周りにギャラリーがいた。
翌日には、クラス中にこの事件が知れわたることとなった。
◇
さてと。
自転車に乗って、いつもの道を帰宅する。
今頃になって、心臓がドキドキしてきた。
あーあ、今日だけ一人で帰りたいなんて言って、絶対「不思議ちゃん」認定されただろうな。
学校の正門を出て、住宅地を抜けると、川につきあたる。
自転車を押して堤防に上がって、桜堤の道を走る。
桜はとっくに散ってしまっているけど、帰り道の景色は、いつもの2割増しくらい、きれいだった。
紫陽花が咲き始めていた。
私は、ちょっとだけスピードを上げた。
……………………………………………………………
「あ、まめー、こっちこっち。」
杏子と博美はもう店に入っていた。
「誰がまめじゃ。柴犬じゃないんだから。」
「ごめんごめん。」
高校卒業してからもう10年。今日は久しぶりに弓道部の仲良し三人組が集まった。
杏子は今、結構有名な会社のOL.。
唯一理系だった博美は、大学の水産学部を出てから、県の水産試験場で働いている。
私は、高校の教員になった。
「三人ともまだ独身かあ。」
「周りの見る目がないだけなのよ、きっと。」
「そういうことにしとこうか。とりあえず生中かな。あと、焼き鳥盛り合わせ。」
「それと、冷やしトマトともろきゅう。チーズ盛り合わせも頼んでいい?」
とりあえず乾杯した後、ひとりずつ近況報告。
あとはいろんな話に花が咲いた。
◇
「そういえば、桜庭君とはどうなったの。」
杏子が突然私に話を振る。
「続いてるよー。週イチくらいでご飯食べに行ったり、あとたまに旅行に出かけたり。」
「いいなー。」
「でもおんなじ話、前に何遍も聞いたよね。結局あれから進展してないの?」
進展、っていわれれば、まあそうかも。
「なんかお互い居心地よくてさ。今はあんまり現状変更したいと思わないのかもね。」
「ふーん、あの直情径行型のまめがねえ。あのまま勢いつけてさっさと結婚しちゃうかと思ってたけど。」
「まあでも、そのうち結婚はあるかもね。」
それを聞いて、博美がぼそっと一言。
「結婚したら『桜庭やまめ』か。サクラマスになっちゃうね。」
サクラマスは、淡水魚のヤマメが海へ降りて、海で育って大きくなってから川に戻って来たもの。
博美からそう教わった。
私、まだ海に降りてないけど。
「そのうち海に降りて、サクラマスになるかな。」
◇
桜庭君は、あのあと大学で地質学を学び、学位を取って火山地質学の研究職についた。
本当にぶれない人だったんだ。
実は今、彼から、海へ降りないかって言われてる。
チリの火山研究所に、研究員として誘われているらしい。この間、一緒に来てほしいと言われた。
みんなにはまだ内緒だけど。
◇
あの日彼に告白した私が、今、自転車に乗って私の横を通りかかったら、呼び止めて教えてあげたい。
突然恋心が醒めたあの日、それでも告白した君は、正しい選択をしたんだよ、って。
その堤防の道は、そのまま行けば海にたどり着くからね。
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堤防の道は、まっすぐで気持ちい。
道は、やがてゆっくりとカーブしていく。
桜堤がとぎれたら、そこから海が見える。
今の季節、夕日はこの真正面あたりに沈むんだ。
もうじき、堤防を下りる細い道にさしかかる。
そこから降りて、ちょっと走れば私の家。
でも今日は、一度通り過ぎる。
何故だか知らないけど寄り道したくなった。
河口まで行こう。
海に沈む夕日を見に行くんだ。
(終)
年甲斐もなく、こんな甘酸っぱいものを書いてしまいました。
恋する相手の目の前で、突然恋愛感情が醒めてしまう、というくだりは、私の昔の実体験がちょっとだけ入ってます。