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1.

「リューダ、腕の墨、薄なって来たんちゃう?」


 アウトランダーをベースにした覆面パトカーのハンドルを握る竜児実紅たつこみく巡査部長は、部下のリュドミラ・ジラントスカヤ巡査長の作業シャツの捲られた袖から覗く夜目にも鮮やかな白い腕にほんの一瞬、アイウエア型のディプレー越しに黒い瞳を向ける。

 鮮やかな色彩の和彫りの竜が本来ならそこにあるはずなのだが、明らかに彩が薄まっている。

 本来なら消えることのない筈のタトゥーが時間の経過とともに薄れてしまう。

 驚異的な回復力を持つ彼女らの種族ゆえの悩みだ。

 文字通り消え入りそうな竜の姿を見つめながらリュドミラはまったくネイティブな発音の日本語で。


「なじみのスタジオの彫師が台湾人で、今国に帰ってるんです。予備役の訓練とかで、もうじき帰ってくるはずなんですけどね、大陸のゴチャゴチャが拡大しない限りは」


 と、答えプラチナブロンドのベリーショートを掻きつつ実紅と同じディプレーの下にあるアイスブルーの目を顰める。


 かつて大陸を支配していた強大な全体主義国家は、経済の破綻が露呈すると偉大な思想家や勇壮な英傑が活躍した戦国時代の様相に逆戻りしてしまった。

 二人がパトロールに出る前に見るとなく見ていたWebニュースでも、かつての首都を要する内陸の勢力が沿岸都市への攻勢を激化させ双方で激しい戦闘が繰り広げられているとの報道が流されていた。

 

「そう成ったらまた舞鶴やら敦賀あたりに難民が押し寄せるんやろなぁ。もう一つの方も内戦が長引いてるし・・・・・・。ゴロツキ相手には慣れてるけど、女子供年寄り扱うのは正直しんどいわ」


 そう実紅が零すとリュドミラは。


「仕方ないですよ。この世界難民を受け入れられる国って貴重ですからね、アメリカは遠いし怖いし、ヨーロッパには高い壁が出来てるし」


 一昨年、バレンツ海から黒海まで伸びる長大な壁が巨大な3Dプリンターにより完成した。

 侵略戦争の事実上の失敗を切っ掛けに崩壊したかつての軍事超大国から流出する難民を規制するためだ。

 西側の行く先が閉じられたら、もはや東に行くしかない。 


「こんなに治安が悪なってもうたこの国しか行く場所が無いやなんて、悲劇やね」 

   

 犯罪捜査支援AI、通称『プリースト』が指令を飛ばして来たのは、実紅がそうつぶやいたタイミングだった。

 

『プリーストより各局、中央区東心斎橋二丁目のあんしんカメラより画像の緊急転送、同刻、テナントビルより店内で怪物が暴れ回り多数のけが人が出ているとのマル電(一一〇番)東心斎橋二丁目、近い局は急行されたし』


 『INCSMインコスム』と呼ばれる情報送受信端末と繋がるアイウエア型ディプレーには、このような文字情報と動画、現場の地図が映し出される。

 街のあちこちに置かれた『あんしんカメラ』なる監視カメラの一つがとらえた映像には、廃墟の様なテナントビルの地下からこけつまろびつ這い出して来る大勢の客の姿が映し出されている。

 中には他の客に肩を貸してもらい足を引きずる者や、明らかに顔面から出血しあぼつかない足取りで路上にへたり込む者もいる。

 阿鼻叫喚、その四文字熟語が実紅の脳裏に浮かぶ。

 一方、リュドミラはカーロケーターの表示に視線を飛ばし画面に表示されたパトカーや覆面パトカーの位置を確認すると。

 

「現場は東心斎橋、こっちは長堀筋を西進中。他の機特隊の車両に比べて一番うちらが近いですね」


 反射的に実紅はイヤホンに組み込まれた骨伝導マイクで『プリースト』を呼び出す。


「機特一〇一、松屋町三から」

『機特一〇一、松屋町三から了解願います。一一〇番、東心斎橋二丁目〇号〇番地のテナントビル地下のクラブ『サイベリア』より店内で客が怪物になり暴れ回り多数のけが人が出ているとの女性店員による通報、整理番号六八三どうぞ』

「機特一〇一、了解」

『なお、通報内容から“M事案”である可能性が極めて濃厚であり本時刻を持って特別指定重要事件に認定、火器の使用制限を解除。対処にあたっては受傷事故に十分留意し対処してください』 

「機特一〇一、了解」


 実紅が通信を終わる寸前、リュドミラはコンソールのタッチパネルを操作しルーフに赤色灯を展開し点灯させつつ、左右のボディ貼られたシート状のモニターに『緊急車両が通過します』の文字を日本語、簡体字、ハングル、キリル文字で表示させる。そして頬を笑みで歪めつつ。


「“M事案”か、明らかに私らの出番ですね」


 その、すこし戦慄を覚える部下の様を横目に実紅はハンドルを切り左側車線にアウトランダーを滑り込ませた。



 大陸に存在した二つの超大国の崩壊は凄惨な内戦に発展、周辺諸国に大量の難民を送り込む事となり、そのいずれとも隣国であるこの国はその地理的歴史的経緯からその一部を受け入れざる負えなかった。

 しかし、経済的な衰退期に入っていたこの国には彼らを満足に受け入れられる土壌がなく、勢い難民たちは犯罪を暮らしの糧にせざる負えず、この国の治安は急速に悪化した。

 そして発生した『南海トラフ大震災』は壊滅的なダメージをこの国にもたらし、さらに混乱は深刻化する。

 この未曾有の国難打開を掲げ誕生した新興保守政党による新政権は、ドラスティクなまでの復興政策を次々と打ち出す一方。自衛隊を軍に昇格させ、諜報機関を創設し国防を固め、治安回復を目指し“日本版FBI”である『広域捜査総局』を警察庁内に発足させる。

 実紅とリュドミラはこの広域捜査総局に置いて近畿圏を管轄する『近畿管区広域捜査局』に属する『第一機動特捜隊』通称“機特隊”に在籍している。

 組織化・武装化された凶悪犯罪を専門に対処する日々、命のやり取りが強いられる重武装にして高機動の執行隊。

 それこそが彼女らの“職場”だ。

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