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第88話 墓穴

 あれから俺たちは魔族領域を北へと向かっていた。


 アルテナやクロとは別れ……るはずだったのだが、何故か二人が俺たちの後をついてくる。どうやら気に入られてしまったようだ。

 今もクロが俺の腕にまとわりついているのだが。


「ほれほれアキよ、もっと近う寄れ。おっとそうじゃ、押すのではなく引くのじゃったな。こうかえ?」


 グイグイグイ!


 どうもクロは恋愛の駆け引きを誤解している気がする。俺の手を引っ張ってもしょうがないのだが。


「あの、クロさん……。俺には大切な人がいるから側役は無理ですって言いましたよね」


 何度も繰り返しているやり取りなのに、一向にクロは分かってくれない。


「良いではないかぁ。わらわはアキを気に入ったのだ」


 ガシッ!

 伸ばしたクロの手をレイティアが掴んだ。


「アキ君はボクのだ。誰にも渡さないよ」


 二人の間に見えない火花が飛ぶ。


「ほう、わらわにそのような口を利く者はそなたらが初めてじゃ。面白い女じゃの、ゲリュオンの娘とやら」


「お父さんは関係無い。ボクはボクだよ。親が竜王だろうが貴族だろうが、ボクは冒険者、そしてアキ君の婚約者だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「言うではないか。ひよっ子めが。どれ、竜族の先輩としてそなたに格の違いをわからせ(・・・・)てやるかの」


 わからせ(・・・・)と聞いて、俺はとっさにレイティアを抱き寄せた。


「お、おい、俺のレイティアに何するんだ! レイティアをベッドでわからせ(・・・・)られるのは俺だけだ! あっ、ヤベっ……」


 レイティアを後ろから抱きしめながら勢いよく言い放ったものの、ヤバい発言だったと思い返し固まってしまう。

 わからせ(・・・・)と聞いて、俺は何かを誤解したのだが。


「もしかして俺……失言した?」

「いつも失言しまくりよ! アキっ!」


 当然のようにシーラがツッコミを入れる。

 俺の背中に隠れながらだが。


「やっぱそうか? 何となくやらかしてる自覚はあったのだが」

「自覚があるのなら気を付けなさいよ」

「確かに……」


 シーラの言う通りだが、どうしても彼女たちのことになると熱くなってしまう。

 そのやらかし発言してしまった相手のレイティアだが、俺の腕の中で真っ赤な顔であわあわしているのだが。


「はわわぁ♡ あ、アキ君っ♡ ベベ、ベッドでわからせ(・・・・)ぇ♡」

「えっと、すまん。今のは忘れてくれ」

「だ、ダメだよ。帰ったらベッドでイチャイチャだよ♡」

「おい、それはマズいって……」

「だめっ♡ もう決定だよ」


 上機嫌で「ふんふんふん♪」と鼻歌まじりに歩いてゆくレイティアを見ながら、俺はますます激しくなるスキンシップを想像して頭を抱えた。


「うーん、どうしたものか?」


 ふと、アリアの嫉妬を警戒して後ろを向くが、当のアリアはクロと言い合いになっていた。


「アキちゃんは絶対渡さないって言ってるでしょ!」

「わらわがアキを抱くのも食べるのも自由じゃ」

「だだだ、抱くなんて絶対ダメぇええええ!」

「では今夜あたり味見するとするかの」

「絶対! 絶対! 絶対ダメぇええええ!」


 若干、子供の喧嘩に見えなくもない。



「はあ、どうしたものか……」


 俺は一人、溜め息をつく。


「あ、えと、あ、あんなに楽しそうなクロ様は初めて見ました」


 いつの間にかアルテナが俺の隣に寄っていた。


「そうなんだ。いつもはどんな感じなんだ?」

「その、あの、皆から怖がられて……つまらなそうにしています」


(皆から怖がられる……? いったいクロは何者なんだ? それに……アルテナも)


 ふと、気になっていたことを聞いてみようと思った。


「何でアルテナは俺たちと一緒にきてるんだ? 何処かに行こうとしてたんじゃないのか?

「そそそ、それは……」


 アルテナが言葉を詰まらせた。


「それに、アルテナは何者なんだ? もしかして君主級悪魔デーモンロードなのか?」

「うひぃいいいいっ!」


 アルテナが挙動不審になる。明らかに怪しい。


「あの、えと、その…………」

「言えないことなのか?」

「い、家出……そう、家出です」

「家出?」


(家庭の事情なのだろうか?)


「そ、その、魔族領域でパワハラに遭って……できれは仕事を辞めてアストリア王国に移住しようかと……お、思いまして」


(パワハラ!? アルテナは社会人なのか? 幼く見えるけど実は大人だったんだ。そうだよな、真面目な人や責任感の強い人ほど、パワハラや人間関係で疲れてしまうのかもな。そこは人族も魔族も同じだ)


「そうだったのか。分かった。王国に行ったら俺が仕事を紹介しようか?」

「いいい、良いんですか! でで、でも……働きたくないけど……」

「えっ? 何か言った?」

「ななな、何でも……」

「そうか。でも、その前に俺たちは魔族領域を調査をしないとならないんだ」


 調査と聞いてアルテナが首を傾げる。


「最近、魔王が復活したと聞いてね」

「ギクッ!」

「何か?」

「ななな、何でもないです……」

「つまり魔王が王国や帝国に侵攻してきたら戦争になるだろ。俺たちは魔王の真意を確かめに」

「ギクギクッ!」

「どうかしたの?」

「いい、いえ、何でもない何でもない」


 ガタガタガタガタ――


 アルテナが震えている。戦争と聞いて怖くなったのだろうか。

 ここは彼女を安心させておこう。


「大丈夫だよ。俺たちは魔族だからといって無暗に攻撃したりしないから。ほら、仲間に魔族のアリアも居るだろ。相手が魔王だったら話は別だけどさ」


「ゲフォアァアアアアッ!」


 アルテナが盛大に吹き出した。吐血しそうな勢いで。


「わわわわわ、私の種族は君主級悪魔デーモンロードですが、悪い悪魔じゃないんです。そそ、そう、人間と仲良くしたい。『ぼくは悪いデーモンロードじゃないよ……』なんちって」


「ははっ、見れば分かるよ。アルテナは争いが嫌いみたいだからな。だからあの時も帝国騎士相手に戦わなかったんだろ?」


 チクリと胸が痛む。あの時、絵を破かれてアルテナは泣いていたのだ。


 ガシッ!

 俺はアルテナの肩に手を置いた。


「アルテナ!」

「ひゃ、ひゃい」

「他人の趣味をバカにする権利なんて誰にも無いんだ」

「ふえっ?」

「だから、あんな乱暴な騎士の言うことなんて気にするな」

「あっ、アキしゃん……」


 アルテナが本の入ったバッグを大事そうに抱えた。


「じゃ、じゃあ、アキしゃんが総受けの作品を作っても……い、良いでしゅか?」

「ん? ああ、何のことだか分からないけど良いぞ」


 ソウウケ作品の意味は知らないがOKしておいた。難しいことはスルーに限るぜ。


「はぁ……良かった。何とか誤魔化せた……」


 アルテナが何かつぶやいた。


「何か言ったか?」

「なな、何でもない何でもない」

「なら良いんだけど。あっ、アルテナに道案内を頼もうかな? 魔王の情報も聞きたいんだけど」

「はひぃっ!」


 アルテナに道案内を任せれば大丈夫だろう。何故か青い顔をしているけど。



 ◆ ◇ ◆



「「「いただきまーす!」」」


 渓谷を抜け、なだらかな丘が広がる森を一日歩いたところで野営になった。

 夕食は当然ながら俺の自信作である。


 ホカホカご飯の上にザクっと揚げた黄金色に輝くカツを乗せ、その上から食欲を誘うピリ辛のカレーをたっぷりとかける。

 これぞカレーとカツのマリアージュ、名付けてカツカレーだ。


「はむっ、はむっ、アキ君、今夜のカレーは最高に美味しいよ♡」

「こんな美味しいご飯を作ってくれるアキちゃんには、後でたっぷりマッサージしてあげるわね♡」

「アタシもアキを癒してあげようかしら♡」


 お姉さんたちにもカツカレーが大好評なのだが、こう毎晩お仕置き……マッサージされたら眠れない。ここは皆を酔わせて、今夜はぐっすり眠ろう。


「はい、お酒もどうぞ」

「アキ君ったら、ボクを酔わせて何するんだい♡」

「ああぁん♡ 体が火照っちゃうかもぉ♡」

「あ、アタシまで酔わせる気なの♡」

「こら、私にも飲ませろ」


 ジールまで酒をかっ食らう。良い気分に出来上がった四人をテントに寝かせた。

 いつもの完璧な作戦である。


 こうして危機は脱した――――




 はずだったのだが――――どうしてこうなった?


「アキよ、そなた面白いの。皆を酔わせて自ら無防備になるとは。わらわを誘っておるのかえ?」


 皆が寝てしまい、孤立無援になった俺はクロのテントに引きずり込まれたところである。


「ななな、何でこうなったぁああああああ!」

「ほれほれぇ♡ いやつじゃ。もっと近う寄れ」


(ダメだ! 俺は浮気はしない! 何としても我慢するぞ!)


 せめて貞操だけは守ろうと、俺は覆い被さってくるクロに全力で抵抗する。

 絶対に負けられない戦いが始まろうとしていた。



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