第81話 大切な気持ち
「どうする……? どっちに加勢すべきなんだ。気持ち的には囲まれている魔族少女を助けたいところだが、男たちは帝国の騎士団みたいだな。下手に事を荒立てるのも……」
襲われそうな少女を助けたいが、帝国騎士に喧嘩を売ると後が面倒だ。
しかも、本当にシーラが言うように少女の魔力が君主級悪魔以上ならば、俺たちが助けるまもでもなく帝国軍は全滅だろう。
ただ、俺よりもっともどかしい思いをしている者もいるようだ。そう、隠れているのをじれったく思っているのか、ジールがそわそわし始めている。
「おい、隠れてないで助けに行ったらどうだ。あんな騎士なんか、お前の力なら簡単に潰すことも可能だろう」
案の定ジールは戦えと言いたいようだが。
「ちょっと待て。まだ状況が分からないだろ。闇雲に突っ込んで行ったら、却って状況を悪くするかもしれないぞ」
「ふん、臆病者め。貴様は私の夫となる男なのだぞ。そんな弱腰でどうする。男なら強引に女をモノにしてみろ。こ、こう、私を無理やり組み伏せてだな……うっ♡」
誰が誰の夫になるのだ? しかも途中から違う話になっているし。
ジールが余計な嫉妬を煽るから、俺の腕を掴んでいるレイティアとアリアが無言の圧力を加えてきて怖いのだが。
そうこうしている内に、少女と帝国騎士の状況は悪化の一途をたどっていた。
「ぐへへっ、色っぽい女だな。ちょっと気が強いのも良い」
「俺たちと遊ばねえか? 良い思いさせてやるぜ」
ちょっと下品に声をかけている騎士たちだが、黒髪の女は全く相手にしていない。まるで石ころでも見るような目で憮然としているだけだ。
「なんっだよ! この女!」
「無視すんじゃねえ!」
詰め寄る騎士たちに、面倒くさそうな顔をした黒髪の女は溜め息を漏らす。
「はあっ……愚か者めが。無礼者は消すかの」
「何だとこの女! やんのかコラ!」
バカにされた男が激高し、一触即発になってしまった。
そして小柄な少女の方は更に深刻だ。少女のオドオドした態度が、より男たちの嗜虐心を刺激しているように見える。
「ほら、お前も何か言えよ」
ドンッ!
「きゃっ!」
ドサドサッ!
男に肩を突かれ、少女が持っていたバッグを落とした。中から何冊かの本が飛び出て地面に転がる。
「何だこりゃ? どれどれ『転生NTR貴族~敵国の王子に寝取られる俺~』『幼馴染のアレクに身も心も蕩けさせられる話』だと?」
「か、返して!」
「おいおい、魔族もこんな本を読むのかよ。おっ、これは自分で描いた絵か?」
その男が少女が描いたであろう絵を手に取った。
「そ、それは!」
「がはははっ! 何だこりゃ、下手糞すぎだろ!」
「ああああ……」
男たちの嘲笑を浴びて少女が涙目になった。その光景を見た俺の中に止められない憤りが湧き上がる。
ガタンッ!
「何してんだあいつら! 許せない」
岩陰から飛び出ようとする俺をジールが止めた。
「おい、闇雲に突っ込んだらダメなんだろ!」
「誰がそんなことを言ったんだ!?」
「お前が言ったんだろが!」
「こんなの黙ってられない!」
「お前、さっきと言ってることが違うだろ」
ガバッ!
話が違うとかどうでもいい。俺は黙ってられない。
「うぉおおおおおおおお! 人が一生懸命に描いた絵をバカにするのは許せねぇええええ!」
飛び出した俺に、後ろからシーラが冷静な一言をつぶやく。
「こうなったアキは誰にも止められないわよ。普段は冷静で慎重なのに、熱くなるとこうなっちゃうんだし。ほら、アタシたちが何とかしないと」
突如として乱入した俺たちに、帝国軍も魔族少女たちも唖然とする。
「何者だ貴様らは!」
「怪しい奴め!」
「もしかして魔族の援軍か!」
当然ながら騎士たちは訝しむ顔になった。俺を魔族の援軍だと思っているようだ。
「俺は通りすがりの冒険者だ!」
冒険者なのは事実なのに、帝国軍は全く信じてくれない。
「こんな場所に冒険者が居るはずなかろう! ここは魔族領域だぞ!」
「それはそうだが……。とにかく彼女の絵を返してやれ!」
「はあ? なんだそりゃ。正義の味方気取りかよ。相手は魔族だぜ」
その騎士は彼女の絵を両手で掴むと力を込めた。
「ほら、こうしてやる。所詮は魔族の描いた落書きだ。こんな絵を描いて人間様の物まねか」
ビリッ!
「お、おい、止めろ!」
「ガハハっ! 貴様に教えといてやる。人は生まれ持った種族やスキルで全て決まってるんだよ! 無駄な努力ってやつだな! ハズレスキルは一生ハズレなんだぜ! ガハハハっ!」
ビリビリビリビリビリ!
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおお!」
少女の絵が無残にも破り捨てられた時、俺の中の記憶がフラッシュバックした――――
『アキはハズレスキルかよ。ご愁傷様だな』
『何だそのスキル【専業主夫】って。笑えるな』
『攻撃スキルがないのに冒険者になろうってのかよ』
『やめとけやめとけ! ザコが努力しても無駄だぞ』
『可哀想に……。ハズレスキルで人生終了か』
冒険者になろうとする俺に、誰もが否定的な言葉を投げかける。
(そうだ、この世界は残酷だ――)
場面が切り替わり、グリードとラルフの顔が浮かんだ。
『聞こえなかったのかよ! アキ! お前は役立たずだから追放するって言ったんだよ!』
『アキ、お前のことを何て言うか知ってるか? 寄生って言うんだ! 俺たち強い者のおこぼれを貰っているのがお前だ。恥ずかしくないのか!』
ほんの一瞬の記憶で俺は俺の行動原理に気付いた――――
(そうだ、俺は嫌なんだ。生まれ持ったスキルや特性や種族で見下されたり蔑まれるのが……。誰だって必死にその日その日を生きているんだ。誰にもスキルや種族の上下なんかで侮辱する権利なんか無いはずだ! 俺は……)
黙ってしまった俺に、騎士の男がニヤついた顔を近付ける。
「おい、分かったら去れよ。俺たちは重要な任務の途中なんだ。これだから冒険者風情は」
「――――やまれよ……」
「あ?」
「謝れよ。彼女に謝れ」
「なにを言ってやがる!」
怒りを無理やり抑えて話す俺に、奴らは更に許せない行動に出る。そう、絶対に許せない言葉を。
「ぐへへっ、よく見たら貴様の連れの女の方が良いな」
「ああ、色っぽい魔族女もいるじゃねーか!」
「青髪の女もエロい体してんなぁ」
「じゃあ俺は小さいエルフで。うひひぃ」
ぶっちぃぃぃぃーん!
つい、俺は怒りで我を忘れてしまった。俺の大切な彼女たちを害しようとしたのだから仕方がない。
「お、お、おお、俺の女に手を出すんじゃねぇええええええええええええ! うぉおおおお! 七層精霊槍だぁああ!」
【防御魔法・精霊の七層盾】
ズドォオオオオオオオオオオーン!
俺は防御魔法なのにやたら破壊力のある魔法を使った。
七枚の光の盾が円錐状に変形する。まるで巨大な槍のように。
その巨大な光の槍で地面を薙ぐと、一度に十名ほどの兵士が宙を舞った。
ボコボコボコボコボコボコボコボコ!
「ぐああああああ!」
「何じゃこっりゃああああ!」
「ひぃいいいいいい!」
「助けてくれぇええええ!」
完全に暴走している俺に皆も大興奮だ。
「きゃああああっ♡ 素敵よアキちゃん♡」
「アキ君カッコいい! いいぞ、もっとやれ!」
「ちょっと待ちなさいよ! 誰か止めなさいって!」
シーラだけは混乱して頭を抱えているが。
「これ、完全に帝国を敵に回してるでしょ! どどど、どうすんのよぉおおおおおお!」
我に返った時は遅かった。俺が一人で大暴れして帝国軍は壊滅状態だ。これには一部始終を見つめていた魔族少女と黒髪女まで唖然としている。
「え、ええ……ほえぇ……」
「ふふっ、面白い男じゃの」
ボロボロの帝国騎士はそれどころではない。
「撤退! 撤退だ! 一度帝都に戻るぞ! 負傷者を連れ退却だ!」
隊長らしき騎士の号令で、奴らが一斉に俺から距離をとる。
「クソっ! 覚えてやがれ!」
「帝国を敵に回して無事に済むと思うなよ!」
「次に会った時はギッタンギタンにしてやっからな!」
「お前はもう終わりだぜ! ぐははっ!」
捨て台詞を吐いた奴らは、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。俺たちを残して。
ヒュゥゥゥゥゥゥ――
「あれ、また俺やらかした?」
「やらかしまくりよ!」
「貴様、言葉と行動が逆だろ!」
シーラに続きジールまでツッコミ役になってしまう。困ったものだ。
「これは仕方がないと言うか……。あいつら俺の大事な仲間に……」
「そうだぞジール、アキ君はボクを守ろうとしたんだ」
レイティアが俺の味方につくと、途端にジールの勢いが弱まった。
「ひ、姫様がそう仰るのでしたら……」
しかし、すぐにある事を思い出す。
「だが、やっぱり納得できん! 何であいつら私だけ女として見てないんだ! まったく失礼な!」
一人だけ男たちのイヤラシイ視線を受けなかったのを怒っているようだ。
エロい目では見られたくないが、全く眼中にないのはムカつくのだろう。
「そりゃ、三人の方が可愛いっ――って、痛たた」
「こらぁ! 何を言おうとしてるんだ! 貴様ぁ」
ジールが俺をつねる。
「じょ、冗談だって」
こうして俺たちは帝国軍を蹴散らし、魔族少女を救い、ジールの不満を増幅させたのだった。
 




