第79話 いざ北方領域へ
俺たちは出発の挨拶をするため冒険者ギルドにきていた。
準備を終えた俺たち閃光姫が北方領域へ旅経つ日が訪れたのだ。強化された武器も受け取り、数々のアイテムやポーションも用意し準備万端である。
アリアとシーラの杖は幻魔鉱石を使い強化した。より魔法伝導率が高い武具と進化し、彼女たちの魔力は余すところなく引き出せるだろう。
他にも魔縞瑪瑙や虹魔水晶により武器の性能も格段に上がっている。
俺の祝福の剣は何やら仕掛けがあるらしい。
真珠色の奇跡と剛力の魔角により、ユニーク武器の特性を持たせてあるそうだ。
キラッ!
妖しく光る自分の剣を眺める。紫の剣身の中に、キラキラと白く輝く物が見える。レア素材の何かだろう。
「よし、これで準備整ったな」
そう言って剣を戻すと、さっきから俺を見つめていた受付嬢が口を開く。
「アキさん、お気をつけて」
「ありがとう、受付嬢さん」
「あー! エイミィって言いましたよね」
「そうでしたっけ?」
本当は知っているのだがとぼけておく。さっきから後ろでアリアの視線が怖いからだ。
「じゃあ、そろそろ出発しようか。ノワールとミミは留守番を頼むな」
俺がそう声をかけると、見送りに来ていた二人が心配そうな顔をする。
「アキ様、お気をつけて……」
「お兄ちゃん、ミミも行きたいの」
危険な魔物が出没する領域なのだ。まだ子供の二人を連れて行く訳にはいかない。
「ミミちゃん、お土産を買ってくるから良い子で待っててね」
「うん……」
「ほら、ノワールちゃんも一緒だから家で良い子にしてるんだよ」
「じゃあじゃあ、良い子にしてたら、ミミもお姉ちゃんたちみたいに添い寝してくれる?」
「ん?」
サァァァァァァ――
ミミの爆弾発言で、周囲にいる受付嬢や冒険者仲間の視線が俺に集中する。
『おいおい、いつも添い寝してるのかよ?』
『羨ましい。あんな美女と毎日だと』
『うぉおおっ! 三人の美女とくんずほぐれつ!』
『爆ぜろ! ハーレム男は敵だ!』
言葉にはなっていないが、周囲の男たちの視線がそう言っている。
「えっと、ミミちゃんは子供だから大きくなったらね」
「う、うん……」
とりあえずスルーしてしまったが、ミミは純粋に親の愛情を求めているのかもしれない。後でちゃんと考えねば。
俺は受付嬢の方を向いた。
「受付嬢さん」
「エイミィです」
「え、エイミィさん」
「はい」
仕方がないので名前を呼んだ。
「俺たちが留守の間、もし良かったらこの子たちの様子を見てくれませんか? たまにで良いですから」
ちょっと大人びているノワールだが、まだ小さな子供なのだ。料理も下手だしミミと二人では心配だ。
「はい、お任せください。仕事帰りに顔を出してみますね」
「助かります」
二人を心配する俺に、ギルド長のガイナークさんも声をかけてくれる。
「安心しろアキ。お前さんたちが留守の間は俺らギルド関係者が交代で見守るから」
「ありがとうございます。ガイナークさん」
「必ず生きて戻って来いよ」
「はい」
せっかく良い感じの出発になりそうなのに、ところが某お仕置き趣味のドS女性は一言多い。
すっ!
受付嬢が俺に耳打ちする。
「アキさん、お礼は魅惑の脚で締められる『首4の字固め』調教でどうですか?」
何かヤバいことを言っているのでスルーしておく。またアリアにドSプレイを伝授しそうで危険だ。
「じゃあ出発しようか」
今度こそ本当に出発した。
◆ ◇ ◆
一方、その頃ヘイムダル帝国では(三人称視点)
世界最大の国家、ヘイムダル帝国。大陸の中央から西方に覇権を広げた人族最強の軍事力を保持する大国である。
帝都アースヴェルの宮殿では、北方領域への調査部隊派遣の第一陣が出発しようとしていた。
あくまで調査目的であり、人数は三十人程度という小隊ではあるが。
ザワザワザワザワ――
宮殿前に集結した騎士団員に対し、帝国第三軍銀翼騎士団の団長ハインツ・ランベルトがスピーチをする。
「卿らは秘密裏に北方の魔族領域に潜入し、彼の地の動静と魔族どもの思考を調査するのだ! なお、この作戦は調査であり不必要な戦闘は避けることとする!」
「「「はっ!」」」
騎士団員が一斉に敬礼する。
「昨今問題となっておる魔獣の増加と活性化、そして魔王信奉派魔族と黒竜王エキドナ様の動きを事細かに調査するのだ! 帝国、延いては世界の命運を左右する重大任務と心得よ! 人族の安寧は卿らの双肩にかかっておるのだ! 以上!」
「「「はっ!」」」
こうして帝国軍偵察部隊は北方の魔族領域に向け出発した。奇しくもアキたちと時を同じくして。
帝国軍の騎士たちが出征し、そこに残されたハインツのもとに一人の女が歩み寄る。
白いドレスを着た銀髪の女だ。
美しい、まるでそこだけ別次元のような感覚に陥るほど美しい女だった。
新雪のように煌く銀髪をなびかせ、これまた雪のように白い肌をしている。純白のドレスと合わさって、それは奇跡のような雰囲気を醸し出す。
「ハインツ、首尾は上々か?」
氷のように冷たく青い目を向けた女が、吹雪のように冷徹な声を発する。
話しかけられたハインツが背筋を伸ばした。
「はい、抜かりありません。西海白竜王ヴリドラ様」
ハインツは『ヴリドラ』と言った。そう、この女こそ四海竜王の一柱、西方を統べる神に等しき存在、西海白竜王ヴリドラである。
再びヴリドラが口を開く。その芸術品のように美しいくちびるを動かし、人を凍り付かせそうな声を。
「うむ、何やら北方が騒がしいようなのでな。黒竜王エキドナめ、何やら企んでおるのやもしれぬな。我が動けば大事になるのでな。ハインツよ、極秘裏に事を収めるのだぞ。戦闘は厳禁である。よいな」
「御意にございます。白竜王様の仰せのままに」
ガタガタガタガタガタ――
ハインツがヴリドラの前に跪く。恐れでその身を震わせながら。
そう、この竜王の不興を買えば、指先一つ動かすことなく人間を排除可能なのだ。
誰も竜王には逆らえない。それが帝国に住む誰もの共通認識だった。
「あ、あの、ヴリドラ様は、いつまで帝都に御座すのでしょうか?」
「ん? 我か、我はずっと居る予定だの。西方の聖域は暇でかなわぬ。こう何百年も同じ場所に居ると暇なのでな。何か美味しいものでも食べたいのだが。おい、ハインツよ、帝国の料理も飽きた。我は新しい料理を所望である」
「は、ははぁ、すぐに用意させまする」
深々と頭を下げてからハインツは宮殿に戻って行った。内心では頭を抱えながら。
(ああああああ! ヴリドラ様、早く西方聖域に帰ってくれぬものか。もう帝国料理のバリエーションも尽きてしまった。新しいシェフを呼び寄せるか? いやいや、ヴリドラ様のご不興でも買おうものなら命の危険がぁああ! どうしたものか)
こうしてまた一人、竜王の気まぐれで振り回される者が増えたのだった。
しかし、ヴリドラとハインツの心配を他所に、当の帝国派遣部隊の面々といえば――――
北方へ向かう騎士たちは愚痴をこぼしていた。
「何で俺たちが魔族領域なんかに」
「良いじゃねーか、魔族の女はセクシーなのが多いしな」
「ああ、俺も一人欲しいところだよ。愛人にでもな」
「ぐへへ、サキュバスとかたまらねえよな」
本来の目的も忘れ、魔族の女とよろしくやりたい騎士たち。中には苦言を呈する者もいるようだが。
「おい、お前ら! 気を抜くなよ、魔族領域には恐ろしい魔物が多いぞ」
「分かってるって、任務は完遂するぜ。でも、お楽しみくらいねーとな」
「「「がはははは!」」」
と、こんな感じに気が緩み切っていた。
北方へ向かうアキたち閃光姫、そして帝国軍派遣部隊、魔王城を脱げ出したアルテナ。
更には、暇つぶしをしたいエキドナとヴリドラ。
風雲急を告げる世界で、もう全てが波乱の予感しかなかった。
魔王軍と人族との間がきな臭くなる一方、神にも等しき力を持つ竜王は暇を持て余していて……。誰か竜王に美味しい料理を御馳走してあげて!
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