第8話 彼女は俺が守る
冒険者ギルドで魔石を渡しクエスト完了の手続きをしていると、最も会いたくない人間に会ってしまった。
横から罵声を浴びせられ、俺はうんざりとした気持ちでそちらを向く。
「おいコラっ、アキ! テメェ何処ぞで押っ死んだかと思ったけど、しぶとく生きてたみてぇだな!」
悪意のある暴言。人を見下した態度。その声の主は、元パーティーメンバーのグリードだ。
「グリード……何か用か?」
正直なところ顔も見たくなかったが、先方から因縁を吹っ掛けられたので仕方がない。湧き上がる怒りを抑えながら返事をした。
「何だじゃねーよ! アキ! テメェ、俺たちの討伐予定だったゴブリンロードのクエストを盗みやがったな!」
「盗む? 何のことだ。俺は正規にギルドから依頼を受けたんだ。グリードに文句を付けられる謂れはないぞ」
「しらばっくれるんじゃねーっ! それ、その討伐クエストだよ! それは俺たち煌く剣戟が討伐する予定だったんだ。まあ、一回目は途中で引き返したんだがよ」
最初は威勢のいいグリードだったが、途中で引き返したの部分だけ小声になる。
(もしかして……討伐失敗したパーティーってグリードたちだったのか? それでクエスト報酬が引き上げられて掲載されていたのか)
「グリードたちが狙っていたのなら、もっと早くクエストを受ければ良かっただろ。俺たちが先に討伐したからって逆恨みするのは筋違いだ」
「うるせぇええ! こっちは準備に忙しかったんだよ! 報酬をよこしやがれ! よれよりアキみてぇなザコがゴブリンロードを倒せるわけねぇだろが! って、お前……他のパーティーに拾ってもらえたのかよ。俺が散々お前の悪い噂を流してやったってのによ」
最悪だ。やはりグリードが俺の悪い噂を流していたようだ。この男のせいで俺は余計な苦労をさせられている。
そのグリードだが、俺の横に立つレイティアに気付いたのか、視線が彼女の方に向いた。
「こいつあ笑えるぜ、このザコを加入させるパーティーがあったなんてな。しかもスゲェ美人だな。スタイル抜群でたまらねぇ。グヘッ」
グリードの視線がレイティアの体を舐め回すように動いた。
(クソッ! こいつ何を考えてやがる。まさかレイティアに何かする気じゃないだろうな)
せっかくできた仲間に汚い視線を向けられ、俺は彼女を守るように前に出た。
「グリード、俺は新しいパーティーに入ったんだ。もうお前らとは関係無い。どいてくれ」
「アキ! テメェには用は無ぇんだよ! 俺はそっちの美女と話がしてえんだ」
グリードが下卑た顔をレイティアに向ける。
「おい、あんたスゲェ良い女だな。どうだい? 俺たちのパーティーに入らねえか? そこのアキみてぇなザコと一緒なんて最悪だろ。俺と来いよ。良い思いさせてやるぜ」
ガシッ!
レイティアに向けて伸ばしたグリードの手を、俺は無意識に掴んでいた。汚い手で彼女に触れて欲しくなかったのだ。
「おい、アキ! 何だこの手は!?」
「グリード、彼女に触るな」
「ああぁん! 何だとゴラッ!」
グリードが凄む。脅せば言いなりになるとでも思っているのだろう。
だが、今の俺は違う。俺を受け入れてくれた仲間を守りたい。俺が彼女を守らなくては。
「おい、グリード! 彼女は俺の大切な仲間なんだ。彼女に手を出すな」
「なっ、何だと、ザコの分際で俺様にデケェ口叩くつもりかよ! テメェはハズレスキルの役立たずだろが! 喧嘩で俺に勝てるとでも思ってんじゃねぇだろうな!」
「例え勝てようが負けようが関係無い! 俺は仲間を守る! 俺は、誰かさんみたいに仲間を裏切るクズにはなりたくないからな」
俺のその一言で、グリードの顔が怒りで紅潮した。
「なっ、なななっ、何だとゴラァアアアア! テメェ、チョシノッテンジャネェエエゴラァアアガァアア!」
聞くに堪えない汚い怒鳴り声だ。さっきのゴブリンロードの方がマシかもしれない。
ブンッ!
グリードが繰り出した拳が俺の顔に迫る。怒りに任せた一撃だ。
俺とグリードでは戦闘力に差があった。戦えば俺が不利なのは誰が見ても明らかだろう。
(くっ! コイツにはムカついてんだ! 俺だってタダじゃやられないぞ! たとえ一発でも拳をぶち込んでやる!)
グリードの攻撃を避けつつカウンターを入れようとした俺だが、突然横から疾風のように入ってきた人物に止められる。
その人物は、グリードと俺の拳を同時に掌でキャッチしたのだ。
ガシッ!
「おい、俺のギルドで何やらかしてんだ。冒険者同士の私闘はご法度だぜ」
低く落ち着いていながら凄みのある声がギルド内に響く。その声の主は、歴戦の戦士のような風貌だ。
「あ、貴方はギルド長のガイナーク」
あまりにも渋い登場で、つい俺まで呆気に取られてしまった。
ギルド内に居た冒険者たちも、戦士の登場に歓声を上げる。
「「「うぉおおおおおお!」」」
ガイナークは俺に目配せした後、グリードの方を向いた。
「グリード、お前さん、また騒ぎを起こしてるのか。前にも言ったはずだ。このまま成果も出せず問題ばかり起こすのなら、国家冒険者への推薦も取り消すと」
ガイナークの言葉でグリードの顔が青ざめた。
「ちょ、ま、待ってくれよ、ガイナークの旦那ぁ。ちょ、ちょっとふざけてただけなんだよ。そ、そうだ、俺はそこの美人をパーティーに勧誘しようとしてだな……」
グリードがレイティアの方を向く。
そのレイティアだが、さっきから黙ったままだ。何やら上の空のように惚けてしまっている。
「ほけぇぇぇぇ~」
「おい、レイティア、大丈夫か?」
俺の声でレイティアが我に返った。
「あっ、そ、その……ううっ♡」
きゅんっ♡ きゅんっ♡
レイティアの様子がおかしい。顔が赤い気がする。
「どうかしたのか?」
「な、なな、何でもない何でもない」
「そうか?」
俺たちが話しているところにグリードが割り込んできた。
「な、なあ、あんた美人だよな。俺のパーティーに入らねぇか?」
グリードの声で、ボーっとしていたレイティアが一瞬で冷めた顔になる。
「あぁー……ボク、粗暴で下品でオラついてる男が大嫌いなんだよね。弱いモンスターほどよく吠えるって言うじゃないか。まるでゴブリンみたいだ」
レイティアの一言でギルド内に歓声が上がる。
「「「わっはっはっはっはっは!」」」
「こりゃ傑作だ!」
「あいつ振られてやんの」
「ザコモンスターだってよ」
グリードの顔が屈辱に塗れた。
「お、俺様が……ゴ、ゴブリン……だとぉ……。ぐっ、ぐぐぐぐっ」
レイティアに振られた挙句、ギルドの冒険者たちからの嘲笑を受け、グリードの顔がこれ以上ないくらい紅潮する。彼のプライドはズタズタだろう。
激怒するのかと思ったグリードだが、そこにガイナークの言葉が飛ぶ。
「おい、グリード! さっきも言ったよな。問題を起こすなと」
「わ、分かってるって言ってんだろ! クソッ!」
グリードは俺を睨みつけてから出口へと向かう。
途中でテーブルに拳を叩き付けながら。
「ちくしょぉおおっ!」
ガンッ!
「痛てぇええええ! お、折れた! ぐぁああ!」
テーブルを殴った時に痛めたのか、拳を抱えながらギルドを飛び出して行く。最後までやかましいヤツだ。
「ふうっ、行こうか、レイティア」
「う、うん……じゃないぞ、お姉ちゃんだぞっ」
「はいはい、お姉ちゃん」
「ううっ♡」
レイティアと一緒にギルドを出る。
「とりあえず報酬も入ったからパーッとやりますか。アリアたちも待ってますよ。あっ、借金がいくらあるのか知らないけど」
横を歩くレイティアに声をかけるが、また上の空のようになってしまっている。
「ううっ……ボ、ボクが大切な仲間……。くぅ、そ、そんなの言われたら……」
「おい、レイティア、どうかしたのか?」
「くぅ♡ そんな大切にされたの初めてなんだけど……」
「おーい、お姉ちゃーん」
「か、彼女に手を出すなぁ……なんて、そんなの言われたら好きになっちゃう――」
途中で風が強くなり、レイティアの話が良く聞こえなかった。
「どうかしたのか? レイティア」
「どどど、どうもしないぞっ! くぅ、キミってやっぱり強引だよな」
挙動不審のレイティアを連れ、皆の待つ家へと向かった。