第70話 ライバル
「おりゃぁああああっ! 七層精霊槍だ!」
ドガガガガガガガガガガガ!
シーラの大魔法で怯んだ敵を一気に倒してゆく。やり過ぎると可哀想なので、とりあえず吹き飛ばして戦意喪失させよう。
ズガガガガガガガガガガガ!
「うわぁああああ!」
「助けてくれぇええ!」
「もう勘弁してくれぇ!」
「ぐわぁああああ!」
一万人ほどいた兵士も残り少ない。大暴れする俺たちに気圧されて、もう戦いどころではないようだ。
俺の腕に抱かれているアリアが手持ち無沙汰にしている。
「ヨシっと、トドメは私に任せて! アキちゃん♡」
「トドメダメっ! ヨシっじゃないから」
「もうっ、冗談なのにぃ。私も良いとこ見せたいな」
アリアの本気っぽい冗談で、余計に敵兵を震え上がらせてしまう。
本当は優しいお姉さん(たまにヤンデレが怖いが)なのを知らない人からしたら、怖い顔で大魔法を使う女王様に見えるのかもしれない。
「コォォォォー……このくらいで、か、片付いたか……」
ギュワァァーン!
強化魔鎧外骨格着装と豪覇竜戦士纏身が解除された。たぶん思考加速も同様に解除されたはずだ。
「ぐはっ! か、体が!」
急激なステータス下降と猛烈な体の疲れが出て倒れそうになる。特級魔法の副作用だろう。
「アキ君っ!」
「アキちゃん!」
「アキっ!」
腕に抱いている彼女たちが声を上げる。
体に力が入らず膝をついたからだ。
「くっ、時間切れか。だが、城門や中庭にいた敵は倒したぞ。後はアレクシスと側近くらいだな」
アレクシスの姿を探そうと屋敷のテラスを見た俺の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
「な、な……んだと!」
アレクシスは幼い魔族のメイド少女の手を捻じり上げ、無理やり引きずって連れてきたのだ。人質にする為に。
「コラッ! 言うことを聞け! 貴様は我の道具なのだ! 大人しく人質として我の盾になれ!」
「きゃああぁ! おやめください、アレクシス様」
メイド少女の腕が無慈悲に引っ張られ、足が床から浮き上がる。その目には大粒の涙を溢しながら。
「ぐははっ! どうだ、冒険者どもよ、それ以上動いたら、この少女を殺すぞ!」
嗜虐的な笑みを浮かべたアレクシスが俺たちに向かって言い放った。
「ぐっ、卑怯な……」
俺の表情を見たアレクシスは、下卑た笑いを浮かべる。
「ひゃぁーっはっはっはっはっ! どうだ動けまい! 一歩でも動いたら、この少女の顔が二度と見れぬようにしてやるからな!」
アレクシスはナイフを抜くと、少女の顔にペチペチと当てる。
更にそれだけではない。横にいるアマンダが少女の指を握った。
「アレクシス様、良いことを思いつきましたわ。奴らが動く度に、この少女の指を一本ずつ切り落としましょう。十本有るのですから、たくさん楽しめますわよ」
「そうだな、我の財産を燃やし尽くしてくれたのだ。この少女にはストレス解消の玩具になってもらわねば気が済まん! まあ、後で冒険者風情のあ奴らも同じようにしてやるがな! がぁーっはっはっはっは!」
「おーっほっほっほっほ! ほらほら、暴れると指が折れますわよ」
グギギギギ!
「ああああぁーっ! 痛いっ! 許してぇ!」
二人に捕まった少女が痛みで顔を歪ませる。
夫婦揃ってクズだった。
アレクシスは少女の腕を捻じり上げ、ナイフで顔を切り裂くそぶりを見せる。アマンダは苦しむ少女を見て楽しむように、握った指を反対側に曲げている。
(クソッ! 幼い子供を盾にするばかりか、虐待して苦しむ顔を見て楽しむとか、あいつら本物のクズか! マズい、特級魔法の時間切れで、もう体力が……)
泣き叫ぶ少女の顔を見た俺は、居た堪れない気持ちになった。子供の苦しむ顔は見たくない。
「卑怯だぞアレクシス! 少女を離せ!」
「誰が離すか、愚か者めが!」
「子供を盾にするとか、貴族として恥ずかしくないのか!」
「がはははっ! それがどうした、我は上級貴族だ!」
薄笑いを浮かべたアレクシスが、理解不能な自説を述べ始めた。
「くくくくっ、下等な冒険者風情が! 高貴な我のような上級貴族の命一つと、身分卑しき平民や奴隷の命千を比べ、どちらが重要だと思うのだ? 勿論、上級貴族である我の命であるぞ。身分卑しき者は、いくらでも替えが効くからな! ひゃぁーっはっはっはっは!」
「お、おのれ……ゲスが……。人の命は平等だ。誰だって、替えが効かない大切な……」
怒りで体が震える。どうしてクズばかりが金持ちになり、心優しい人は報われないのか。こんな世界は間違っている。
「く、悔しい……あいつら。あんな奴らにママは」
レイティアも仇である二人を睨みつける。
「アキちゃん、私が……」
「アタシも魔法で……」
アリアとシーラが魔法を放とうと杖をかざす。
「おおぉーっと、それ以上動くなよ! 魔法を撃とうとしたら、この少女の顔に一生消えない傷が残るぞ!」
アレクシスのナイフが少女の顔をツーっと滑る。白い頬に一筋の赤い雫が滴った。
少女は大粒の涙を流しながら、俺を見つめ叫ぶ。
「あああぁ! 冒険者様、私に構わず戦ってください! 私は、私は、冒険者様が助けに来てくれただけで、もう思い残すことはありません! ありがとう……こんな私を救いに来てくれて。さようなら……」
全てを諦めたような顔になった少女が、アレクシスの持っているナイフで喉を突こうとする。
「何をするか! 勝手に死のうとするでない!」
「もう死なせて! 冒険者様が、優しいお兄さんが苦しむのは見たくありません」
「貴様は我の道具なのだ! 勝手は許さんぞ!」
暴れる少女の腕をアレクシスは強引にねじ伏せ黙らせる。小さな体では大人の男に抗えるはずもない。
(どうする! 少し、少しだけで良い。奴らに隙ができれば。そうすれば、何とかして俺が飛び込み少女を救うのに!)
膠着状態に陥ったかに見えたその時、思わぬ人物の声が殺伐とした城内に高らかに響いた。
「はあぁーっはっはっは! 光ある処に闇は生まれる! 許されざる悪が蔓延り、今日も涙で世界が濡れる! 法で裁けぬ悪ならば、この未来の勇者が裁くのみ! S級冒険者ジェフリー参上! フォォーッ!」
シュバッ! シュバッ!
その男の奇声と同時に魔法の矢が放たれる。それはアレクシスとアマンダの腕に命中した。
「ぐああああぁ! 何だこれは!」
「ぎゃああ! 痛いですわ!」
マジックアローで腕を撃たれたアレクシスが、持っていたナイフを落とした。
俺は口上を述べるその男を知っている。
「なっ! 何でここに! ジェ、ジェフリー! ジェフリーじゃないか!」
そこに立っていたのはジェフリーだった。派手な甲冑を着たキザですかしたイケメン顔の男。
御付きの三人の女性も一緒だ。その内の一人が魔法を放ったのだろう。
「そうさ、俺はジェフリー! 未来の勇者さっ、フォォー!」
「よっ、ジェフリー様カッコいい」
「ジェフリー様、素敵!」
「はいはい、素敵素敵」
いつもの決め台詞だ。御付きの女冒険者が囃し立てる。
予想外の登場人物に、その場にいる全ての者が固まった。
「王都のS級君! いや、俺のライバルで未来の勇者候補アキ! 今だよっ! フォォォー!」
キザなポーズを決めたジェフリーが、俺に向かってウインクをした。
(今がチャンスだ! キザなジェフリーはアレだが。アレクシスがナイフを落としている。一気にここから屋敷のテラスまで飛べれば!)
「レイティア、青竜騎士の剣で俺を撃て! 衝撃波で俺を飛ばすんだ!」
俺はレイティアの目を見て叫んだ。
 




