第66話 パンを与える勇者
奴隷密売所を壊滅させた俺たちは、何十人もの子供たちを引き連れ街外れの孤児院へと入った。ここは竜族から話を付けてある場所らしい。
アリアとシーラには、駆け付けた兵士たちを魔法で牽制してもらった。子供たちを逃がしてから途中で合流したのだ。
密売所を破壊した爆発音で、街は大騒ぎになっている。騒ぎに乗じて逃げることができたのだが。
ギィイイイイィィ――
入口の扉を押すと変な音が鳴る。古くて締まりが悪いのだろう。
「しかしこの孤児院、建物は古く傷みも激しく、とても余裕が有るようには見えないな……」
今にも壊れそうな入り口を眺めていると、中から人が出てきた。
「どうぞこちらへ」
人の良さそうな高齢女性が招き入れてくれた。ただ、着ている服もボロくて生活は苦しそうだ。
「すみません、一時的に子供たちをかくまって欲しいのですが」
俺が声をかけると、その女性は意外な話を口にする。
「はい、もちろんですとも。恵まれない子供たちを保護するのが私の使命ですから。それに……今回は亡きグランサーガ卿のお孫さんが関係しているそうじゃありませんか」
「えっ、レイティアの?」
「ええ、かつて男爵様には寄付金を頂いておりましたので。爵位を剥奪されてからも、苦しい生活の中から寄付を続けてくれたのですよ」
女性の話を聞いたレイティアが静かに頷いている。
「そうだったんだ。お爺ちゃんとお婆ちゃんが……」
レイティアを眩しそうに見つめた女性は、真剣な顔になって話しを続けた。
「男爵様が亡くなられてからは、他の貴族の方々にも寄付を募っておりました。しかし、アレクシス様が領主になられてからは寄付も激減し、このような有様でして……」
それで建物の修理もままならないのか。壁も所々痛んで、応急的に板を張っている。
俺は胸が締め付けられる思いになった。
「苦しい中で協力してくださりありがとうございます」
「いえいえ、今回、男爵様のご令孫であるレイティア様が領主様に反旗を翻したと聞き、私もわずかばかりでも協力したいと思いまして」
グゥゥゥゥ――――
話の途中で子供の一人がお腹が鳴った。
「お腹空いた……」
「わたしも……」
次々にお腹を空かせた子供を前に、女性が食事の用意をしようとする。とても数十人を食わせる料理は無いように見えるのだが。
「今、食事を用意しますね。少ししかないのだけど、ごめんなさいね」
見たところ、この女性は自分の分も満足に食べていないように見える。
(悪い奴らが儲かり贅沢な暮らしをして、心優しい人が苦しい生活を強いらせるなんて間違ってる。何とかしてあげたいな……)
孤児院の皆が満足に食べられるようにするには、現状で寄付金を止めている領主や貴族を何となせねばならない。
だが、先ずは俺のスキルでお腹いっぱい食べさせてあげたい。
「あの、俺がスキルで料理を作ります」
そう言って、いつもの料理道具を用意した。
「スキル、専業主夫! 創成式再現魔法術式展開!」
ギュワァアアアアアアーン!
三段階覚醒した俺のスキル【専業主夫】は格段に進化していた。
元々基本骨子として備わっていた、味噌、醤油、味醂の他にも、新たに様々な調味料が追加されている。
今までに食べた料理から材料を解析して、その全ての調味料や食材を使用できるのだ。
(よし、この中から子供たちが好きそうな料理を考えよう。何十人の子供が同時に食べることが可能で、それでいて美味しく栄養価の高い料理だ)
俺は調味料の中から複数の香辛料をチョイスする。それを肉と野菜を一緒に煮込む料理に決めた。
ただ、この人数を同時に食べさせるのには鍋が小さいのだが。
「あの、大きな鍋が有ったら貸して欲しいのですが」
俺の問い掛けに女性が不思議な顔をする。
そりゃスキルで料理を生み出すなんて思わないだろう。
「はい、この孤児院で使っている大鍋があります。持ってきますね」
用意した大鍋は、かなりの大きさだ。これなら全員分を作れるはずだ。
ギュワァアアアアアアーン!
「肉と野菜を炒めてからじっくりと煮込む。そこにブレンドした香辛料を入れとろみを加える。これをホカホカご飯の上に乗せて完成だ。ちょっと辛いからカレーと名付けよう」
俺のスキルで本来複雑な工程が必要な料理が瞬時に完成する。鍋の中から食欲を誘う良い匂いが漂ってきた。
「うわぁ、美味しそう」
「ごくりっ、良い匂い」
「もうお腹ペコペコ」
子供たちが一斉に集まってきた。美味しそうな匂いに我慢できないのだろう。
孤児院の子供と奴隷施設の子供で大所帯になった。
「ほら、一人ずつ並んでね」
「はーい、次の子よ」
「ほら、慌てて転ぶんじゃないわよ」
皆も配膳を手伝ってくれている。子供たちは大喜びでカレーを食べ始めた。
「はふはふ、おいひぃ」
「もぐもぐ……おいしいよ」
「こんな美味しいの初めて」
「お兄ちゃんありがとう」
子供たちが皆笑顔だ。やはり美味しいものは人を笑顔にする。
「ふうっ、さすがにこの人数分を一度に作るのは疲れるな。でも、子供たちが喜んでくれて良かった」
俺の言葉で、一部始終を茫然と見つめていた女性が我に返った。
「えっ、りょ、料理が出てきた? ええっ!」
料理を生み出すスキルなんて珍しいから当然の反応だろう。昔はハズレスキルだと思っていたのに、まさかこんなに役に立つだなんて。
「あ、貴方様は神ですか? い、いえ、もしかして勇者様? 貧しき者たちに食べ物と希望を与える勇者様では?」
「そんな、俺はただの支援職ですよ」
シスターの女性は俺に向かって手を合わせる。
「ああああ……前勇者が魔王を倒して早百年……。新たに生まれた勇者は、人々に奇跡の力で食べ物を与える者だったのですね」
女性が頭を下げ祈り始めた。
「おお、自ら苦難の道を歩み、貧しき人々を癒し食べ物を与える勇者よ! ありがたや、ありがたや……」
女性を見た子供たちまで真似を始めてしまう。
「ありがとうゆうしゃさまぁ」
「勇者様ありがとう」
「ありがとう」
見たことのあるネコミミ少女が俺の服の裾を掴んだ。
「あ、あのねあのね……ありがとう、お兄ちゃん」
「あれっ? 確かあの時の」
「うん、助けてくれてありがとう」
奴隷収容施設で瀕死だった少女だ。
すっかり元気になっていた。
「ミミ……」
「名前かな? ミミちゃんって言うんだ」
「うん」
子供たちに感謝されるのは嬉しいが、勇者に間違えられているのはこそばゆい。
「「「ゆうしゃさまぁ」」」
「皆やめてくれ、俺は勇者じゃないぞ」
後ろからジールが余計なことを言う。
「勇者というよりエロ魔神では? いつもイチャイチャしておるしな」
「おい、ジール、エロは余計だ」
「し、しかし、料理が得意なのは婿として好印象だな」
「誰が婿だ? それに、俺は竜王の娘に結婚を迫られてるけどな」
「そうだったぁああああああ!」
今頃になって気付いたようだ。くっころの上にうっかりな女騎士かよ。
竜王の部下なのに竜王の娘の男を寝取るわけにはいかないだろう。
そして俺もうっかりかもしれない。
(ま、待てよ……。今更だが、レイティアって俺に求婚しているのか? 彼女の好意は仲間意識とか安心感を求めているのだと思ってたけど……もしかして……)
ここまで態度で示されたら、いくら鈍感な男でも気付くというものだ。
(や、やっぱりレイティアは俺のことを……。結婚を匂わせてるのだから、そうだよな……。で、でも、女心は複雑だと聞くし。やはり恋愛経験の無い俺が誤解しているだけなのか?)
結論が出ない。やはりここは後回しにしよう。
先ずは辺境伯の悪事を暴く。
騎士団長が暴露していたから間違いないだろう。
そして王都に帰り重要クエストの報告だ。
更に、竜王クエストまで……。
「はい、アキ君っ♡ あーんして」
考え事をしていると、いつの間にか隣に座っていたレイティアがカレーの乗ったスプーンを差し出してきた。
「えっ、これって?」
「も、もうっ、あーんだよ♡」
レイティアが照れている。自分からやっているのに。
「お、おい、子供たちが見てるから」
「ううっ♡ だから早く」
「そ、そうだな。あー」
レイティアのスプーンを口に入れようとすると、子供たちに気付かれてしまう。
「あーっ! イチャイチャしてるぅ!」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、恋人同士なの?」
「わたし知ってるよ、それ赤ちゃんができるんだよね?」
「エッチなコトは大人になるまでダメなんだよ」
子供たちに囃し立てられて、レイティアの顔が湯気が出そうなほど赤くなる。
もちろん、その後でアリアとシーラにも『あーん』で食べさせられたのは言うまでもない。




