第58話 その頃グロスフォード辺境伯は1(sideアレクシス)
「あの若造めぇええええ! この我を愚弄するとは断じて許せぬ! ひっ捕らえて拷問にでもかけてやろうか!」
イライラが収まらない。この高貴な上級貴族である我が侮辱されたのだからな。
我はグロスフォード辺境伯アレクシス・バールデン、由緒正しき大貴族である。
我が家は代々王国東側一帯を任された高貴な家柄なのだ。国王でさえ我らの領地に口出しできぬ程だからな。
「うっきぃぃぃぃーっ! 腹が立ちますわ! あの冒険者の貧民めが! わたくしを侮辱した罪、万死に値しますわ! きぃぃぃぃーっ!」
さっきから我の隣でキーキー喚いている女は妻のアマンダだ。
ヒステリーが酷くて疲れる。
「アレクシス様、早く奴らを捕らえてくださいまし! あ奴ら、イレーネの話で騒ぎ出しましたわよね! もしかしたら……あの中にイレーネの娘が……」
アマンダの話で遠い過去を思い出す。あの甘く切ない若き日の想いを。
イレーネは美しい娘だった。下級貴族ではあるが、その美しさは我の寵愛を受けるに相応しい女だ。
しかし、彼女は何処の誰かも分からぬ男の子を産んだ。そればかりか竜族と結託し我が家に反逆を企てるとは。
まさに恩を仇で返す大罪だ。我の寵愛を受けられるのならば、親兄弟を見殺しにしてでも我に体を開くべきではないのか。
それだけの価値が、上級貴族である我には有るのだからな。
「聞いていますの? アレクシス様!」
アマンダの金切り声で現実に引き戻される。
「ああ、聞いているとも」
「あの冒険者の中にイレーネの娘がいたならば……まさか、わたくしたちに復讐を……。アレクシス様、のんびりしている場合ではありませんわ! 今すぐ奴らをひっ捕らえ処刑しましょう」
「そうだな、危険分子は早々に摘まねばならぬ。何処まで知っておるのか分からぬが、我が奴隷売買の元締めである件も感づいておるようであったな」
この街では公然と奴隷を使役している。表向きは裏社会の密売組織が暗躍しているとされておるのだ。
しかし、その密売組織を仕切っているのが我なのだが。
魔族や獣人族の少女を拉致し売り飛ばす。見目麗しき者は、驚くほどの高額で貴族や豪商に売れる。そうでない者は下人として扱き使う用に。
これが面白い様に儲かるのだ。
「まったく忌々しい女ですわ! あのイレーネときたら、アレクシス様に色目を使って取り入ろうとしたばかりか、逆恨みした娘はわたくしたちを害しようと反逆するなんて!」
このアマンダの話は少し事実と違う。イレーネは一度も我の誘いを受け入れることがなかったのだから。
今となっては竜族と結託した話も嘘なのではと思う。しかし、そんな話はどうでも良いのだ。
この高貴なる我の誘いを断ったのだから。
従わぬ者は全て処刑してしまえば良い。我が領地では、それが掟だ。我に従わぬ者、反乱分子は全て消えてもらう。公式には裏社会の者による犯行ということにしておるのだがな。
そうしてたまに領民が消えるのだが、我の地位が盤石なのだから問題無い。平民がどうなろうと知った事ではないからだ。
ただ、イレーネには情けをかけて爵位剥奪だけで済ませてやったのだ。滅多に見せない我の優しさである。
「きぃぃぃぃーっ! 腹が立ちますわ!」
アマンダが奇声を発しながら部屋を出て行った。やっと部屋が静かになる。
「ふうっ……」
我は付き人を手で制して退出させる。
だが、ドアに手をかけたところで呼び止めた。
「おい、お茶を用意せよ」
「かしこまりました」
「そうだな、あの奴隷少女に持ってこさせるのだ」
「はっ、ご命令のままに」
執事が退出し部屋の中は我一人になった。
「やっと一人になったか。アマンダときたら、本当にやかましくて敵わん」
しばらくすると、魔族の奴隷少女がオドオドした態度でお茶を運んできた。
歳は十くらいだろうか。容姿は悪くないが、売れ残ったので屋敷でメイドとして働かせている。
「領主様、お茶のご用意ができました」
カチャカチャカチャ――
手が震えているのかティーカップが音を立てる。その仕草が我を苛立たせるのだ。
パシッ!
「きゃぁああっ!」
少女の頬を叩くと、まるで石ころのように床を転がって行った。
「この薄汚い魔族奴隷めがっ! 本来なら廃棄処分の貴様を、わざわざ温情をかけてメイドにしてやっておるのだぞ! 恩に報いるどころか、我をイラつかせるとはどういうことだ!」
「申し訳ございません、申し訳ございません……」
魔族奴隷は、怯えながら何度も何度も頭を下げる。その姿が我の嗜虐心をそそるとも知らずに。
「申し訳ございません……申し訳……ブツブツ……」
ガタガタと震え出したメイドは、何やらブツブツと独り言をつぶやき始めた。気でもふれたのか。
「ううっ……うううっ……。き、きっと、あの冒険者様が……あのお兄さんは、本気で私を心配してくれていました……。ぜ、絶対に、私を助けに来てくれるはず……き、きっと……」
ドカッ!
「きゃああああぁ!」
少女を蹴り飛ばすと、今度は暗い闇のような目で我を睨んできた。
「おい、貴様は奴隷の分際で希望でも見ているのではあるまいな!? 助けなど来ない! 他人の為に自らを危険に去らず阿呆が何処にいるというのだ! そんなお人好しがいるはずがなかろう」
良いことを思いついた。
「そうだな、あの冒険者の男の首を刎ね、屋敷の中庭にでも飾ってやるとするか」
「あああ……ああああ……」
「そうだ、その顔だ! 身分卑しき魔族が希望を持つなど許されぬのだ。がははははっ! がぁっはっはっはっはっは! ひゃぁーっはっはっはっは!」
そこでふと、我は思い出す。冒険者の中にいた青髪の女を。
「あの娘……何処となくイレーネの面影が有るような……。美しい……我の女にしたい……」
ドロドロとした欲望が割れの中に灯った。その炎はメラメラと強く大きくなる。
「欲しい……我の奴隷として……我を受け入れなかったイレーネの代わりとして……。くっくっく……ふふっ、あーっはっはっはっは!」
我は青髪の女だけ生かして捕らえると決めた。
もしよろしかったら星やブクマで応援してもらえると嬉しいです。
 




