第56話 聖域へ
「先ずは東の聖域に向かい竜族の街に行ってみよう」
俺は皆の顔を見ながら言った。
何とか東の森まで逃げた俺たちだが、このまま王都まで戻っても状況は変わらないかもしれない。
このままでは、上級貴族に反逆した罪人として処断されるかもしれないのだ。
ここは何としても辺境伯の悪事を暴かねば。
だが、俺たちだけでグロスフォード辺境伯の悪事を暴くのは難しい。だから竜族に協力を仰ぎたい。
奴隷取引の現場を押さえ、できれば城で酷使されていた少女も助けたい。
俺は聖域の街に行く提案をした。
「うーん、そうだね……」
レイティアは複雑な顔をする。
「ほら、もしかしたらレイティアのお父さんに会えるかもしれないぞ」
「ボクのお父さんに……。一度も会ったことないから実感が湧かないな」
レイティアにとっては生まれる前に別れた父親には複雑な心境なのだろうか。
「それって、レイティアちゃんとの結婚の報告に行くってことなの? アキちゃん」
突然発したアリアの一言で場が凍る。
「け、結婚!」
「はうっ♡ 恥ずかしい」
俺が驚きの声を上げるが、レイティアの方が満更でもないように見える。俺の思い過ごしだろうか。
クネクネクネクネ――
「け、結婚なんてまだ早いよぉ♡ でも、アキ君が望むのなら、ボクは尽くしてあげたいなって思ってるけど♡ ううっ♡」
「えっ? あ、あの、レイティア?」
いつもぶっきらぼうなのに急に乙女になるレイティアが可愛い。体をクネクネして恥ずかしがっている。
そんな顔を見せられたら、俺の胸のドキドキが止まらないのだが。
「アぁキぃちゃぁ~ん!」
アリアがハイライトの消えたような目で迫ってきた。
「レイティアちゃんと結婚するの? 新婚さんなの? 子づくりするの? 私を捨てるの? ねえ? ねえ?」
「アリアお姉さん、いえ、アリア女王様、捨てないから! 落ち着いてください」
結婚と言われても、まだ実感が無い。そもそも女性経験が乏しい俺には分からないのだ。
「なら私も結婚してくれるよね?」
「えっ!?」
「結婚してくれるよね?」
「は、はい…………」
アリアの迫力に圧されて同意してしまった。
「うふふふっ♡ もう逃げられないよ、アキちゃん♡」
「あ、あれ? これ詰んだ?」
助けを求めようとシーラの顔を見るが、彼女はジト目で俺を睨んでいた。
ガシッ! ガシッ!
「えっと、シーラ……何で俺の足を蹴ってるんだ?」
「あんたアホなの?」
「くっ、自分でも何をやってるのやら」
「重婚よ! 重婚!」
ナデナデナデナデ――
「ふへぇ♡ って、こらぁ! 誤魔化すなぁ」
困った俺はシーラを撫でて可愛がりながら歩き出す。
結婚の話は取り敢えず置いておこう。考えれば考えるほど結論が出ない。
◆ ◇ ◆
東の森を進み続け、日が傾いてきたところで食事の時間になった。
「待っててくださいね。今用意しますから」
いつものようにスキルで料理を作る。俺のスキルがあれば、長期の冒険でも大量の食料を用意する必要がないから助かる。
「あんたのスキルって本当に万能よね」
俺に抱っこされているシーラがつぶやいた。
あの後、駄々をこねるシーラを大人しくさせる為に抱っこしてギュッギュッしているのだ。
まあ、予想通り両側からレイティアとアリアの圧が凄いのだが。
そんな呑気な雰囲気の中、何かの気配に気付いたシーラが叫ぶ。
「気をつけて、何か来る!」
「何だ! 何も見えないそ」
周囲を見渡しても何も無い。
たぶんエルフ族の聴覚や長年の勘で察知したのだろう。
ザッ! ザッ! ズシャ!
すぐにそれは現れた。圧倒的強者の余裕だろうか。敢えて分かるよう真正面に音を立てて降り立ったのだ。
「おい、お前らは何者だ! ここが東海青竜王様の聖域だと知っての狼藉か!」
目の前に現れた女が声を発した。
気の強そうな顔をした騎士のような身なりの若い女だ。ただ何かが違う。人とは違う圧倒的なパワーを感じる。
たぶん竜族の戦士だろう。
「俺たちは人探しをしているんだ。竜族と敵対するつもりはない」
俺は両手を広げ敵対する意思が無いことを示す。
「ほう、人族が竜族の聖域で人探しとな。白々しい嘘だな」
「嘘じゃない。本当に探してる竜族の男がいるんだ」
その女は気の強そうな顔に笑みをたたえる。
「ならば力ずくで聞いたらどうだ? 暇していたんだよ。お前、ちょっと私と戦ってみろ。私に一撃でも入れられたら何でも言うこと聞いてやるぞ。ふふっ」
余程自信が有るのか、その女はハンデまでくれるようだ。ただ、お姉さんたちが黙っていないのだが。
「アキちゃん! 変なフラグ立てないで!」
「そうだぞアキ君! 何でもするならボクに……」
「アキっ! エッチなのはダメなんだからね!」
一斉に怒り出した皆を、俺が落ち着かせるいつものパターン。
「おい、話をエッチな方に持って行くな……」
緊張感の無い話を続けている俺たちに、その女は言い放つ。
「ふっ、生きていればの話だがな。私は上位竜の竜騎士だ。人族が私に勝てるはずがなかろう。まあ、生きていたら胸くらい触らせてやっても良いがな」
女が剣を抜く。
「皆は下がっていてくれ。せっかく出会えた竜族なんだ。この人に街まで案内してもらおう」
三段階覚醒した今の俺なら、上位竜とも互角に渡り合えるかもしれない。
「よし、スキルを使うぞ!」
【付与魔法・肉体強化極大】
【付与魔法・魔力強化極大】
【付与魔法・防御力強化極大】
【付与魔法・魔法防御力強化大】
【付与魔法・攻撃力上昇大】
【付与魔法・素早さ上昇大】
【付与魔法・クリティカル上昇大】
【付与魔法・獅子心王】
「行くぞ!」
俺のステータスが驚異的上昇をする。特に三段階覚醒した魔族の加護が凄まじい。
「なっ、何だそれは! まるで上位魔族のような身体強化だとっ! お前……本当に人族か?」
驚く竜族の女戦士を見据えながら、俺はゆっくりと剣を抜く。
「ふっ、俺を舐めるなよ。S級支援職の力、見せてやんよー!」
ズガンッ! ドガッ! ズバババッ!
「ぐっはぁああああっ!」
俺は女にぶっ飛ばされて地面を転がる。
勢い勇んで飛び掛かったものの、竜騎士女の実力は想像以上で手も足も出ない。
驚異的に上がった俺の防御力で相手の攻撃を防いでいるのだが、一方的にやられているだけである。
(ああああああぁ! 恥ずかしい! 超恥ずかしい! 皆の前で大見栄を切ったのに、手も足も出ないなんてアホみたいだぁああああ!)
ドカンッ! ズガガッ!
「ほらほら、どうした人族の男っ! もう終わりか!」
「ぐはっ! 何だこの強さは」
「当たり前だ、私は上位竜だと言ったぞ」
「そ、そんなに強いのか……」
「まあ、上位竜に勝てる人間など勇者パーティーくらいだな」
そんなの聞いてないぞ。
こんな序盤で強キャラとか。
「アキ君っ!」
「アキちゃん!」
「アキぃ!」
皆の声が聞こえる。
(マズい、このままだと皆が加勢し始めるかも……。こんな強い相手と戦ったら……)
「ほらほら、そろそろ決着をつけてやる。人族にしては強かったが、まあ私の相手ではないな」
「……っせない」
「は? 何か言ったか?」
「俺の女には手出しさせない!」
俺の脳内で皆が傷付けられる想像をしてしまった。こうなった俺は誰も止められない。
「俺は負けない!」
「おいおい、確かにお前は強い。人族としてはな。だが上位竜には勝てるはずがない」
「やってやる。俺は皆を守るんだ」
俺は思い出した。まだ試していないスキルが残っているのを。
「そ、そうだ、これが有った。これならどうだぁああ!」
【特級魔法・魔族の叡智・強化魔鎧外骨格着装】
「ぐぁああああああ!」
その瞬間、俺の体が燃えるように熱くなった。
グゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
ガキッ! ガキッ! ガキッ!
想像を絶するような、まさかの展開だ。濃密な魔素が俺の体を包み込んだ。異形の甲冑を装着するように。
そこには、まるで支配級悪魔のような恰好になった俺がいた。
 




