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第46話 ある下級貴族少女の悲劇(三人称視点)

 王都から遠く離れた、とある東の街に下級貴族の美しい少女がいた。名をイレーネと言う。


 イレーネは森に山菜を摘みに行った時、突然現れた魔物に襲われてしまう。

 そこに颯爽と現れたのは竜族の男。空や海よりも青い甲冑を着た騎士のような姿だ。


 竜族の男は、一刀のもとに魔物を両断し少女を助けた。


「あ、ありがとうございます。貴方は……」

「名乗る様な者ではありません。ただの東国の騎士です」


 何か事情を抱えていそうな騎士の男。イレーネは、その強くも優し気な男の表情に魅入られる。

 運命を感じた二人が恋に落ちるのには、さほど時間がかからなかった。


 隠れて逢瀬おうせを重ねる二人は、やがて愛の結晶を授かることになる。


 だが、その男には、人には言えぬ事情があった。


「イレーネ、私はどうしても人族の街で暮らせぬ理由がある。そして……キミを竜族の街に連れて行く訳にもいかないのだ……」


 苦渋に満ちた男の表情を見たイレーネは悟った。この人には重要な使命があるのだと。


「大丈夫よ、私は人族の街で生きるから。貴方との愛の結晶であるこの子と」


 そう言って、イレーネはお腹をさする。


 男は腰に差してある剣を抜くと、それをイレーネに渡した。


「その子が大きくなったら、必ずこの剣が守ってくれるはずだ。これは、私と子供を繋ぐ絆だから」


 二人は、別々の道を歩み戻って行った。別れを惜しむよう何度も何度も振り返りながら。




 それからしばらくして、街で娘を生んだイレーネに悲劇が待ち受けていた。


 美しい女性であるイレーネに、領主の息子アレクシスが目を付けてしまったのだ。


 あの手この手でイレーネを自分の女にしようと企むアレクシス。しかも最悪なことに、アレクシスを慕う貴族の女、伯爵令嬢アマンダの恨みを買ってしまう。


「イレーネは竜族と密かに結託し、この街を襲う計画を企てていたのですわ! なんて恐ろしい女! イレーネは人族の裏切り者です! その証拠に、彼女の子供は竜族の血を引いているじゃありませんか!」


 アマンダはデマを流し、イレーネをおとしいれ破滅させる計画を立てた。イレーネさえ居なくなれば、アレクシスの興味は自分に向くと信じて。


 その噂は瞬く間に街中に広がり、デマを信じた領主によりイレーネの実家、グランサーガ男爵家の爵位は剥奪されてしまった。


 失意の中、心無い誹謗中傷を受け続けたイレーネの両親は他界してしまう。


 一方、グランサーガ家を破滅に追い込んだ悪女アマンダは、その狡猾こうかつな性格を活かしアレクシスに取り入り結ばれた。

 領主を継いだアレクシスと共に、裏であくどい商売をして巨万の富を手に入れる。



 そして、平民となり一人で娘を育てていたイレーネは、苦労がたたり体を壊してしまった。


 今わの際にイレーネは娘であるレイティアに伝えた。


「コホッコホッ……わ、私の愛しいレイティア……。もう……お別れみたいなの。あなたを残してこの世を去る私を許して」


「ママぁ……」


 イレーネの娘レイティアは、その美しい瞳を大粒の涙で溢れさせる。


「そんな顔しないで、レイティア。いい、よく聞いて。こ、これから一人になると……悪い人が近付いてくるかもしれないの。き、気をつけてレイティア。本当に優しい人ならば、助けた見返りに弱みにつけ込むようなことはしないわ。それを覚えておくのよ」


 イレーネは娘の身を案じていた。自分が居なくなったら、心無い者たちがレイティアを狙うのではと。


「だ、大丈夫よ、レイティア。私が居なくなっても……か、必ず、あなたを大切に想ってくれる人が現れるはずよ……」


「ママぁ、やだよぉ……」


 離れたくないと縋るレイティアに、イレーネは抱えていた青い剣を手渡す。


「レイティア、この青い剣は、きっとあなたを守ってくれるはずよ。きっと、きっとあなたを導いてくれるはず……。コホッ、コホッ!」


「ママっ! ママっ! いやだよ! 私を置いていかないで! ママぁああああぁ!」


 そしてイレーネは二度と目を開くことはなかった。




 一人ぼっちになった少女レイティアは誓う。

 これからは一人で強く生きなければと。


「私は……私じゃダメだ、もっと強くならないと。涙が零れてしまわないように。全ての悲しみや理不尽を跳ね返すくらいに」


 レイティアは上を向いた。

 涙が零れないように。


「そうだ、今日から私じゃなくボクと言おう。一人で強く生き抜く為に。もし、本当にボクを大切にしてくれる人に出会えて……結ばれたのなら、その時は……この身も心も全て捧げても良い。その時こそ、ボクは私に戻るんだ」



 ◆ ◇ ◆



 レイティアは、生き抜く為に冒険者になろうと決意した。王都に出て冒険者ギルドに登録をしたのだ。


 しかし、あぶれ者の少女を受け入れてくれるパーティーは見つからなかった。

 声をかけてくる男たちは、皆誰もが発育の良い彼女の体に興味を示したり、暗に体の関係を求められたりするだけだ。


 少女は悟る。母の言う通りだと。見返りに体を要求する男を信用してはダメだ。


 やがてレイティアは、同じようにあぶれ者のパーティーに加入することができた。冒険者歴は長いが危険人物とされているエルフと、魔族の血を引く少女のパーティーだ。


 やっと討伐クエストができると喜ぶのも束の間、個々の戦闘能力は高いはずなのに、準備も連携もつたないそのパーティーは、思うような戦果を上げられない。


 挙句の果てに、ギルドで捕食姫プレデターと噂されてしまう。全員まだ処女なのに。


 借金がかさみ借家も追い出されそうになった。金策を考えながら街を歩くレイティアは、ついに空腹で倒れてしまう。


 レイティアの脳裏には母の言葉が浮かぶ――――


 あの頃から感じていたのだ。温かく美味しい料理を食べられるのは、どれだけ幸せなことなのかと。大切にしてくれる人の存在が、どれだけ貴重なのかと。


「ボクを大切にしてくれる男の子は、本当に現れるのかな……? できたら、ちょっと年下の子が良いかな。ボクのコトを『お姉ちゃん』って慕ってくれるような……。それでいてボクを甘えさせてくれるような人が……」


 その時、目の前に真面目でお人好しな印象の若者が現れた。


「大丈夫ですか?」


 その瞬間、少女の心に予感めいた光が灯る。


(恥ずかしそうにしてボクの胸を見ないようにしている真面目で初心うぶな反応。見返りを求めないお人好しそうな雰囲気。ちょっと年下っぽくて、ボクを慕ってくれそうな予感。これって運命なのでは?)


「こ、これは……ごくりっ……。はぐっ! はむっ、はむっ、うっ、これは意外と……もぐもぐ……美味いじゃないか」


 男の作った料理を食べたレイティアは、じわっと体が温まるのを感じた。そう、美味しい料理は幸せに繋がるのだから。


「申し遅れたね。ボクの名前はレイティアだ、レイティア・グランサーガだぞっ。よろしくね」


「あっ、俺はアキ・ランデルです」


 お互いに自己紹介をした二人は、パーティー閃光姫ライトニングプリンセスへの勧誘の話になる。

 しかし、アキは加入に躊躇ちゅうちょしているようだ。


(この人は他の男とは違う。ボクの体目的で近付いたんじゃない。本当に善意で助けようとしてくれたんだ。ここで逃したら、もう二度と一緒に居られないかもしれない)


 レイティアはアキを逃さないように彼の腕を掴む。

 彼と一緒なら毎日美味しいものを食べられると、少しだけ悪い顔をしながら。


「ぐふふっ! ボクには勝てないよ。ボクは滅茶苦茶強いからね。ほら、聞いたことがあるだろ? 竜族の血を引く女剣士の話を」


「りゅ、竜族の血を引く女剣士……レイティア・グランサーガ……。強過ぎて男に避けられ、万年欲求不満の……」


 かぁぁぁぁ――


 レイティアの顔が熱くなる。男たちから如何わしい視線を向けられるのには嫌気がさしているのだが、実際に男日照りで万年欲求不満なのも事実なのである。

 性欲強過ぎ女子なのだから。


「そそ、それ以上言うなぁああああ!」

 ドスッ!

「ぐえっ」

「か、確保ぉおおおお!」


 アキを手刀で気絶させたレイティアは、彼を担いで家まで連行する。


「あああぁ、や、やっちゃったぁ! どどど、どうしよぉ! も、もう、何とかしてアキ君をパーティーに加入させるしかないよね。無理やりにでも?」


 レイティアは走る。皆の待つ家に向かって。

 この出会いが、彼女の運命を大きく変えるのを知らないままに。



 第2章スタートです!

 これからも悪を断罪しヒロインをデレさせるアキにご期待ください。

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