第138話 その頃パーティー煌く剣戟では5
とある地方の街(sideグリード)
もうあれから何日経ったのだろう。
毎日毎日、時間が止まったような何も無い牢獄で、冷めたスープと硬いパンを食うだけの日々を過ごしている。
この俺、グリードは優れた剣士でS級冒険者だったはずだ。前は華やかな王都で好き勝手やっていた。
支援役をしているパーティーメンバーの金をちょろまかし、毎晩のように夜の街で遊び惚け、気に入った女がいたら強引に酔わせてモノにする。
俺は勝ち組で何でも許されると思っていた。
弱い奴を踏みにじり搾取することでさえもな。
カンッ!
「クソッ! ツイてねえぜ! 俺はS級冒険者だったはずなのに。何だこのザマは。これじゃ完全に負け犬じゃねーか!」
空になった金属製の器を壁に投げ付け、誰も居ない鉄格子に向かって言い放つ。
いくら言っても誰も返してくれねえのだがな。
「ああ、もう全てが懐かしいぜ……。ラルフ……あいつ、今何してるんだ。エリート気取りでいけすかねえ男だけどよ。サラ……酒癖は悪ぃが、良い女だったよな。そしてアキ……くっ、認めたくはねえが……あいつの支援魔法は……」
カツンカツンカツン――
一人で喋っていると、誰かが歩いてくる足音が聞えた。まだ次の食事の時間ではないはずだが。
カツン! ガチャガチャ!
看守が俺の牢屋の前まで来ると、腰に下げた鍵を取り錠前を開け始めた。
「な、何だ! 俺を何処に連れて行く気だ! ま、まさか、処刑……。たた、助けてくれ! ほんの出来心だったんだ! あの馬車に乗っていた令嬢が領主様の娘だなんて知らなかったんだ! 助けて! 助けてくれぇえええ! うひぃ!」
「うるさい! 騒ぐな! 安心しろ、恩赦だ!」
「へっ……恩赦?」
俺は緊張の糸が切れたように、冷たい石の床にへたり込んだ。
(恩赦だと? 国王陛下の号令で刑の軽減や免除が行われるってやつだよな。前にあったのは百年前の魔王討伐の時だって聞いたが……)
俺は足枷を外されながら、看守に尋ねてみた。
「恩赦って、何かあったのかよ?」
「お前は知らんのか? まあ、ずっと牢屋の中だったしな」
「は?」
俺が聞き返すと、看守の男は目を輝かせて話し出す。
「百年ぶりに勇者が誕生したんだ。魔王軍を打ち破り我が国に平和と繁栄をもたらした勇者がな」
「えっ、ゆ、勇者……だと」
茫然と佇む俺に、その看守が衝撃的な名前を出す。
「勇者アキ様だ! 類稀なるスキルと誰も思いつかないような奇抜な戦略で、見事、魔王軍を壊滅させたんだぞ。しかも、返す刀で帝国軍まで戦闘不能にしたんだ。巷はアキ様の噂で持ち切りだぞ」
「アキ……まさか……あのアキか……」
「何だお前、アキ様を知らんのか。閃光姫というパーティーを率いて、竜族の姫とハイエルフの少女と魔族女性を従えてるんだ。更に魔王や竜王まで堕として、自分の女にしちまったって話だぜ。ははっ、信じられねえ話だろ。人には真似できねえ凄い偉人だぜ」
俺は頭が真っ白になったまま牢屋を出た。
久しぶりに見た外の景色は、何もかもが鮮やかで目が痛い。太陽の光が眩しくて、俺は目を細めた。
ショックがデカ過ぎて何も考えられねえ。
「あのアキが……そんな……バカな……」
信じたくないが事実なのだろう。こうして俺が恩赦になったのだから。
荷物持ちの雑用係だと思っていた男が、まさか勇者になるだなんて。
「負けた……完全に負けた……。ああ、惨めだ……自分より下だと思っていた男に……ここまで完璧に負かされるだなんて。認めたくねえ!」
俺のプライドが邪魔をする。だが、男としても冒険者としても完全に負けている。天地ほどの差を付けられて。
強がっても自分が無様になるだけだ。
「認めたくねえが、こうも差を付けられると認めるしかねえ! アキはとんでもねえ男だ! ちくしょぉおおおお!」
ガサッ!
高い壁の門を抜けると、そこには一人の男が立っていた。この俺を待つ奴なんて誰も居ないと思っていたんだがな。
その男が、俺の顔を見て肩をすくめる。
「グリード、この牢屋に入ってると聞いてな。迎えに来たんだ」
そこに立っていたのはラルフだった。
「ラルフ……俺を待っていてくれたのか! 嬉しいぜ」
「勘違いするな! この厄介者めが!」
「なっ!?」
てっきり迎えに来たのだと思った俺は、愕然として立ちすくむ。
「まだ借金が残ってるんだ! 恩赦になると聞いたから来ただけだ! グリードも借金返済を手伝え!」
「お、おい、嫌だ! ムショ帰りで女遊びがしてえんだ」
「そんな金は無い! 借金返済の為に身を粉にして働け!」
「嫌だぁああああぁぁー! 女遊びがしてぇぇー!」
ズルズルズルズルズル――
俺はラフルに首根っこを掴まれ引きずられる。
「ラルフ、一体いつになったら借金が返し終えるんだ!」
「冒険者資格を剥奪されたから、地道に働いて、あと数年……いや十年だな」
「嫌だぁあああああああああああ!」
こうして俺は、ラルフと二人で借金を返済する羽目になっちまった。昔のように遊び惚けたり女をモノにもできやしねえ。
悔やんでも悔やみきれねえぞ。
◆ ◇ ◆
王都リーズフィールドの酒場(sideサラ)
「ちょっとぉー! もう一杯! うぃいっ」
今日も私は飲んだくれている。
こんな私だけど、昔はS級パーティー煌く剣戟の魔法使いサラと言えば、誰もが知っている冒険者だったのよ。
国家冒険者になって成り上がり、金と権力を手に入れ、貴族の御曹司や金持ちの騎士と結婚して幸せになるはずだった。
誰もが憧れる地位と名誉と金を手に入れるはずだったのに。
「はぁああぁ……アキぃ……まさか勇者や貴族になっちゃうだなんて……」
ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ――
酒を一気に飲み干した。
「くやしぃいいいぃいいっ! アキが超優良物件になるなら、私が色仕掛けで言いなりにしとけば良かったぁああああ! あいつ地味だし童貞っぽいし、あんなに成り上がるなんて誰が分かるってのよ!」
くだを巻いている私のところに、酒屋のオヤジがやってきた。
「サラ、飲み過ぎだぜ。その辺にしときな」
「うっさいわね! 呑まなきゃやってらんないっつーの」
「他に男を探せば良いだろ」
他の男? 私はね、そんじょそこらの男じゃ納得しないのよ!
「ダメよ! アキより金持ちでアキより成り上がった男なんて居ないでしょ! 私が相手にするのは、アキのようにハイスペで、アキのように勝ち組の男なのよ!」
「こりゃ重症だな」
オヤジは両手を広げ、「やれやれ」と言って戻ってしまった。
「あああぁああ! 私がアキに近付こうとすると、あの魔族女が妨害すんのよ! もうっ! 何なのよ! あの女……」
アリアとかいう魔族女を思い浮かべたらイライラしてきた。
あの女は私より美人で、私よりスタイルが良くて、私より胸が大きくて、私より強くて、私よりずっとずっとアキに気に入られている。
「うっぎゃぁああああああ! 私のバカバカバカぁああああ! 何でハズレスキルとかバカにしちゃったのよ! てか、アキもアキよね! ちょっとバカにされたくらいで私を嫌わなくても。男なら女の我儘を聞いて、金を貢いでナンボでしょ! 男は女に尽くして現金自動支払機になるもんでしょうが! 私に金を全額貢いで楽させなさいよぉおおおお!」
「こりゃ一生ダメそうだな」
酒屋のオヤジの一言が飛び込んできた。
ムカつく。
こうして、今夜も私は愚痴と嫉妬を酒で流し込んでいるのだった。
出迎えご苦労と思いきや、単に借金を払わされるだけだった。
奴らは地道に支払い続けてくれ。
サラは……どうしたものか。
男を金づる扱いする女では無理そうです。