第115話 帰る場所
目を覚ますと、そこは楽園だった。
「ふぁ……これは……何だ? 柔らかくて良い匂い……」
何か柔らかなものに包まれ、極上の心地よさだ。きっと天国だろう。
(ん? 天国……だと? 待て待て待て! まさか、俺は!? いやいや、そんなはずはない! これは夢だ!)
ムニッ!
目の前の柔らかなものを軽くつねってみた。夢なら覚めるはずだ。
ムニッ! ムニッ!
「あっ♡ アキ君っ、ダメだよぉ♡ こんなとこで」
レイティアの声が聞こえる。やはり夢の中だろうか。
「んんっ、ううぅん」
寝返りを打ち逆向きになると、そこにも柔らかなものがあった。甘く蕩けるような匂いがする。
「これは禁断の果実かな?」
ムニッ! ムニッ!
「んあぁん♡ アキちゃんのエッチぃ♡」
アリアの声がした。これもきっと夢だ。
「そうか! 夢なら何してもOKだよな。このところお姉さんたちの添い寝で色々溜まってるし、ここは思い切りやらせてもらおう」
ムニムニムニムニムニムニ――
「あっ♡ アキ君っ、らめぇええええっ♡」
「アキちゃん♡ アキちゃん♡ アキちゃぁぁん♡」
ゲシッ!
「こらぁ! アタシの胸だけ触らないとか失礼だしぃ!」
「痛っ!」
ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ!
シーラの声がしたと思ったら、誰かが俺を蹴っているような。
徐々に目の焦点が合ってゆくと、そこには小さな足で俺を踏んでいるシーラが居た。
「えっ? 俺は……どうしたんだ?」
ふと、俺を挟んでいる両側の柔らかなものに視線を移すと、そこにはあられもない姿のレイティアとアリアが寝ていた。
「えっ? えええっ!? うっわぁああああああ! ふ、服を着ろぉおおおお!」
やっと目が覚めて本調子に戻った。
どうやら俺は、あれから一日中眠ってしまい、今は馬車に揺られて王都リーズフィールドに向かっているところらしい。
俺たちの馬車を警護する王国騎士や、たまに見回りに来る帝国騎士が、妙に礼儀正しく丁寧なのが変な感じなのだが。
今も馬車の外には王国騎士が俺にお伺いを立てているのだ。
「勇者アキ様、お目覚めですか。何かご要望が有りましたら、何でも申しつけください」
「い、いえ、特に何も……」
俺が断ると、その騎士は深く頭を下げてから離れてゆく。
「あれっ? いつもの『この冒険者風情が!』とか『思い上がるなよ、若造!』って反応を期待してたのだが」
俺のつぶやきに、馬車の中に居るレイティアとアリアとシーラ、それにジールが苦笑いをする。
「ボクたち……王侯貴族待遇になっちゃったんだよ」
皆で顔を見合わせてから、レイティアが代表して話始める。
「あれから帝国軍は停戦を受け入れて兵を引いたんだよ。圧倒的に強い勇者パーティーの力を見せつけられたのだから当然だよね」
「それは良かった。まあ、ちょっとやり過ぎたかもしれんが……」
「しかも、目の前であんなのを見せられたらね。黒竜王や白竜王、そして魔王がアキ君の女に……ぐぬぬ!」
そこでレイティアの眉間がピクピクする。
「コホンっ、アキ君の女になったと宣言したからね。もう帝国も王国も大変さ。アキ君を怒らせたら世界が滅ぶってね」
「な、なるほど……。確かに世界を滅亡させる力を持つ竜王を敵に回したくはないよな」
直接手を貸さないと決めていた竜王の二人だが、こうして戦争を止めるのに協力してくれたのだから有難い。
いや、単にカツカレーが食べたいだけかもしれないが。神にも等しき至高の存在は、何を考えているのか理解不能だ。
「それで、その噂の竜王や魔王はどうしたんだ?」
「国王陛下が乗ってきた王室御用馬車に乗ってるよ」
「まさにロイヤル待遇!」
シロやクロに馬車を明け渡し、普通の馬車に乗ったエゼルリード・ガウザー陛下を思うと、何とも言えない不思議な気持ちになる。
ついでに、一緒に持ち上げられて慌てているアルテナを想像すると、つい口元が緩んでしまうのだが。
ガヤガヤガヤガヤ――
外が騒がしくなって窓から覗くと、そこには噂の王室御用馬車が近づいて来るのが見えた。
「おい、あれって?」
俺の予感が的中した。
「これ、我はカツカレーを所望である!」
「わらわも空腹じゃ! アキを連れてくるのじゃ!」
豪華な造りの馬車からシロとクロの声が聞こえる。馬車の周りで騎士たちが慌ただしく動いているのも見えた。
「もう少々お待ちくださいませ。すぐに王都に到着します」
「竜王様方に於かれましては、王城にて晩餐会の予定もありますので」
晩餐会と聞いたシロが余計に怒ってしまう。
「我は晩餐会よりアキの料理が食べたいのだ! アキの料理が出ないのなら、うっかりアストリア王国を滅ぼしてしまいそうであるぞ」
「「「ひぃいいいいいい!」」」
騎士たちが一斉に悲鳴を上げる。
料理が気に食わなくて国を滅ぼされたのではたまらない。
(しょうがない竜王だな。俺が何とかするか……)
馬車が横並びになったところで、俺は隣の馬車に向けて叫んだ。
「シロさん、クロさん! 大人しくしてないとカツカレーは作りませんよ!」
ガタンッ!
その一声で馬車が大きく揺れ、窓から輝く銀髪と艶やかな黒髪が飛び出した。
「こら、アキよ! 早く料理を作れ! 早うせぬか!」
「おい、シロよ、アキを怒らせるとカツカレーが出てこぬぞ」
「ぐぬぬぬ……致し方ない。悔しいが我慢か」
「そうじゃ、我慢すればカツカレーがより美味になるのじゃ」
二人はカツカレーで大人しくなったようだ。周囲を警護している騎士たちがホッと胸をなでおろしている。
「ふうっ、カツカレーで国が守られたか……。しかし、カツカレーで言うこと聞く竜王とか……安いもんだな」
こうして、俺たち閃光姫一行は、王都へと帰還するのだった。
「おい貴様ぁ! 一人忘れているぞ! 私も頑張っただろ! あ、頭をなでろぉ! な、ナデナデして……ください。うぐぅ!」
そういえばもう一人居た。さっきから俺に構って欲しくてウズウズしている竜騎士が。
◆ ◇ ◆
王城で祝賀会を開きたいのと話を断り、俺たちは真っ直ぐ屋敷へと向かっている。
馬車が屋敷の前に差し掛かると、大勢の人が待ち構えているのが見えた。
「あれって、ノワールとミミだ。あとギルドの皆も」
窓から顔を出すと、皆が手を振って応えてくれた。
「アキ様!」
「お兄ちゃん!」
「おーい!」
「アキさん!」
ガタガタガタ――
屋敷の正面で馬車が止まる。
馬車から降りようとステップに足を掛けると、皆が一斉に集まってきた。
「アキ様ぁああぁっ!」
「お兄ちゃん、会いたかったの!」
ぎゅぅぅーっ!
少し目に涙を浮かべたノワールとミミが抱きついてきた。きっと寂しかったのだろう。
「アキ様、アキ様ぁ、ご無事で良かった」
「ノワールちゃん、ちゃんと留守番して偉いね」
ノワールの頭を撫でてやる。
「ううっ、ぐすっ……アキ様が心配で……戦争に巻き込まれ行方不明だと……」
「そんな情報になってたのか?」
「でも、アキ様が勇者になって魔王を従えたと聞いた時はビックリしました」
「それは俺もビックリだ」
ミミも俺に抱かれながらクリっとした目を輝かせる。
「お兄ちゃん凄いの。勇者になったの」
「ありがとう、ミミちゃん」
「ミミ、良い子にしてたから添い寝してほしいの」
「それは……もっと大きくなってから」
ミミの顔がションボリする。ちょっと心が痛んだ。
(添い寝と言っても変な意味じゃないよな。ミミは孤児だから、きっと親の愛に飢えているんだ……)
「た、たまにお昼寝なら……」
「いいの? わーい!」
「うん、よしよし」
「えへへ~」
頭を撫でてやると、ミミが満面の笑みになった。
ミミを抱っこしている俺のところに、歴戦の戦士のような男が近寄ってきた。
ギルド長のガイナークさんだ。
「アキ、やったな。勇者になるなんて、お前さんは凄い男だよ」
「ありがとうございます、ガイナークさん。勇者は仮ですけどね」
「ははっ、相変わらずお前さんは欲が無いな」
「いえ、面倒事を避けたいだけですよ」
笑いながらガッシリと握手をする。
やっぱりガイナークさんは力強く優しい手をしていた。
「ふふっ♡ アキさん、道中の野営ではお仕置きされちゃいましたか? ずっと一緒のテントなんですよね」
受付嬢……エイミィがニマァっとした目になった。
「おい、アリアに変なプレイを伝授するのはやめてくれ」
「ふふっ、それはできませんよ」
「まったく、でも、ノワールとミミの世話をしてくれたのは感謝してるよ」
「お安い御用ですっ」
続いて武器屋のオヤジがやってきた。
「オヤジさん、強化してくれた武器は役に立ったよ」
「アキ……おぬし、やっぱり世界征服しおったか……」
「せかっ、しし、してないから! あれは誤解だ」
「前々から只者ではないと思っておったが、まさかここまでとは」
オヤジさんは髭を揺らしながら何度も頷く。困ったオヤジだ。
ぽんっ!
エイミィがノワールとミミの頭に手を置く。
「それよりアキさん、無事に帰還したお祝いの準備をしてますよ。ノワールちゃんとミミちゃんが準備してくれたの。偉いわね」
エイミィに褒められて二人が笑顔になった。
「えへっ」
「えへへ~」
二人の笑顔を見ていると、あの激しい命のやり取りをしたクエストから生還した実感が湧いてくる。
(俺の帰りを待っていてくれる人たちが居たんだ。それは、とても嬉しいことなんだよな。小さなパーティーでも、俺にとっては王城での祝賀会より大切なんだ)
「行こう、レイティア、アリア、シーラ」
「うん、アキ君っ」
「アキちゃん」
「アキっ」
と、もう一人居た。
「ジール」
「ウッホォオオオオ! 私の名を呼んでもらえるだけで泣きそうに嬉しいぞぉ!」
「大袈裟だぞ」
こうして、俺たちは誰一人欠けることなく家に帰ったのだった。
ただ、この後に竜王と魔王までパーティーに参加し、少々パニックになったのだが。
皆様いつもありがとうございます。
アキ一行も無事に家に戻り、第3章も終了になります。
引き続き第4章に入り、お姉さんたちの溺愛も激しくなる予想が……。
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