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ボーン・フロム・シルバースワンプ(連載)  作者: プサン・エトアル
第1話 銀は沼より出でて沼より深し
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#5 フォートレス・ハック

 戦闘の後、去っていく晶を止められないまま意識を失った孝曜は、見覚えのない病室のベッドの上で目を覚ました。

(・・・ここ、どこだ・・・病院・・・?)

 孝曜が生活する祖父の家の近くで入院設備があるような病院というと、家から車で30分ほどの場所にある総合病院が浮かぶが、ここがその病院の一室ではないということはすぐに分かった。

 起き抜けでいまいち頭が働かないながらも部屋を見回していると、ちょうど誰かがドアを開けて病室に入ってきた。

「お? 目を覚ましたか。どこか痛んだりはしてないかい?」

 身長に対してサイズが大きく袖が余るコートを着た、見た目10歳ほどの白髪の少年。

「いや、特には・・・えっと、ここはどこの病院?」

「病院? ああいや、ここはウチの医務室だよ。戦闘を終えた小野寺隊長が、そのまま君をここまで運んできたんだ」

「医務室・・・小野寺? 誰?」

「まぁいろいろ疑問はあるだろうが、詳しくはウチの局長が話してくださる。案内するから、ついてきなさい」

「・・・・・・?」

 外見の幼さに対し非常に落ち着いた口調で話す少年に促されるまま、孝曜はベッドを降りて病室を出ていく。


 無機質で殺風景な廊下に、二人分の足音がかすかに響く。

(・・・ちょっと不気味だな。いやに綺麗だ)

 ブーーーーン・・・という機械的な鈍い音がどこか遠くから聞こえ続けており、病院にしてはやはり異質な雰囲気を感じる。

 しばらく歩き、孝曜を連れた少年がある一室の前で足を止めた。ノックをして中に声をかける。

「局長、件の少年をお連れした」

「ん、ご苦労。入ってくれ」

 扉の向こうからの返事を聞いた少年が入り口横のボタンを押すと扉が開き、会議室のような部屋の奥に、この施設の責任者と思わしき白髪の壮年男性が座っているのが見えた。そこからやや離れた席には、やや傷んだ髪をオールバックにした目つきの鋭い男性と、鮮やかな青い髪をサイドボリュームのあるミディアムボブにした女性が座っている。

 少年が一礼した後、孝曜に振り返る。

「奥に座っているのが局長、黒澤殿だ。入りなさい」

「・・・はい」

 ここがどういう施設なのかはわからないが、局長と呼ばれた人物を筆頭に、ここにそろっている面々がそれなりの重役であることは孝曜にも何となく理解できた。

 孝曜が部屋に入り、局長に促されて向かいの席に腰を掛ける。孝曜を連れてきた少年も、その隣の席に着く。

「いきなり知らない場所で目覚めて困惑していることだろうとは思うが、ひとまず我々は君に害をなす存在ではない。そこについては安心してくれ」

「はぁ・・・そうですか・・・」

「ここは『フォートレス・ハック日本支部局』、私は局長の黒澤だ。まずは君の名前を教えてほしい」

「・・・石部孝曜、です」

「ふむ。では石部君、君は昨日、何かしら異常な事件に遭遇したはずだ。覚えているか?」

「昨日? え、あれから丸一日経ってるんですか?」

「そうだ。それで、君が意識を失う直前までに目撃したことを、君の言葉で説明してもらいたいんだ。思い出せる範囲で構わない」

 事件から存外に時間が経っていることに驚きながらも、孝曜は瑞鐘池での出来事を順を追って説明した。


 親友の晶が水銀のような液体に飲み込まれ、昔話に出てくるような骸骨兵を呼び出したこと。

 巨大な人型ロボットが現れ、不可解な問答の後に晶と戦い始めたこと。

 自分も骸骨兵に乗せられ、戦いの果てに晶を見失ったこと。


「・・・うむ、記録と相違ないな。記憶の欠落などもないようで何よりだ」

「あの、晶は一体どうなったんですか? 俺も鎧骨格(オステオン)?とかいうのに乗ってましたけど、晶は完全に別人にみたいになってて、もう何が何だか・・・」

「そうだな、君が気にするのはやはり友達の現状だろう。しかし、正しく理解してもらうにはこちらも諸々説明する必要がある。難しい話になるが、焦らずに聞いてくれ」

 黒澤は孝曜を巻き込んだ数々の事象を説明するべく、昨日の戦闘記録映像と補足資料を投影するプロジェクターの電源を入れた。

 最初に表示されたスライドには、

FORces To suppRESS Hostile Argenti Creatures

の文字が表示されている。

「我々『フォートレス・ハック』は、ヴィブムスという生物の研究・敵性スワンプマンの撃退を目的として活動する専門組織。この施設はその日本支部局だ」

「ヴィブムス・・・そういえば晶とあのロボットが確かそんな事・・・」

「正式名称、『アルジェントゥマ・ヴィブムス』。君の親友を襲った、アメーバ様金属生命体だ」

「!! もしかしてあの、水銀みたいな・・・?」

 瑞鐘池の散策中に湧き出した、銀色の液体が思い浮かぶ。

「そう、あれが"ヴィブムス"だ。そしてヴィブムスが人間に成り代わった姿を"スワンプマン"、彼らが形成する巨大な外骨格を"オステオン"と呼ぶ」

「スワンプマン・・・じゃあ・・・晶は本当に・・・」

「・・・そうだ。君の親友はもう、人間ではない。アムジィというスワンプマンだ」

「・・・!!」

「ヴィブムスに襲われスワンプマンになった人間は、上書きされる形で元の人格を失う。元に戻った例は過去にはない」

 親友が、帰ってこない。

 残酷な事実を突きつけられ、孝曜の顔から血の気が失せる。

「・・・続けるぞ。スワンプマンが他者を捕食しようとしたり、敵意や恐怖などの強い感情を抱いた時、銀漿の塊がスワンプマンの直下目掛けて地下を移動する。その際の反応をフォートレスの観測班が検知し、機動兵器『サプレストルーパー』を運用する第1機動部隊が現場に向かい接触を図る。そこに座っているのが、アムジィと君の元にも派遣した、日本支部第1機動部隊の隊長だ」

「・・・小野寺だ。ひとまず君が無事に目を覚まして安心しているよ、石部君」

 オールバックの男性が席を立ち、孝曜に手を差し伸べる。握手を求めているのはわかるが、孝曜はそれに応じるほど平静を保ててはいなかった。

「・・・アンタ・・・俺が気絶したとき、アンタのロボットはまだ動けただろ・・・何でアムジィを追わなかった・・・?」

「・・・君の保護を優先した」

「その理由を聞いてんだよ!! 俺が敵じゃないって分かってたんなら、俺なんか放っといてアムジィを追うべきだったんじゃねぇのか!!?」

 孝曜は怒りのままに声を荒げ、立ち上がって小野寺を睨みつける。

 小野寺の隣に座る青髪の女性は孝曜の急な態度の変わり様に驚いたのか、目を見開いて身体を強張らせているが、小野寺は動じずに答えを返す。

「そのアムジィとの戦いのために、君を仲間に引き入れるべきだと判断したんだ」

「あァ・・・!?」

「君には、今までのスワンプマンと異なる点が多い。君はスワンプマンとしての能力を持ちながら、石部孝曜という人間としての自我を保っている。さらに言うなら、君が昨日の戦闘の最後に放ったあの熱線、我々の知る腰甲型(イリアム)にあのような機能はない。例外だらけの君がアムジィに接触を続ければ、アムジィにも例外が発生するかもしれない・・・そう思ったんだよ」

「例外・・・」

 小野寺の意図を察してか否か、孝曜の怒気がわずかに緩む。

「そうだ。親友が目の前でスワンプマンになり、あまつさえ刃を向けられたことについては、心中察する。だが、スワンプマンが人間に敵対するか味方になるかは個体差でしかない。君の説得次第では、アムジィは味方になりうる・・・突き詰めれば、水原晶の人格が戻る可能性も、ゼロではないのかもしれない」

「・・・!」

 孝曜が抱いた絶望に、一筋の光が差した。

「とまぁ、これは俺個人の考え。どう思いますか、局長?」

「・・・あぁ、概ね私も同意する。とはいえ石部君、期待させて悪いが確証は一切ない。君でなくても説得できるかもしれないし、逆に君がいくら説得しても敵のままかもしれない。だから私は、君自身の意思を尊重する。君はどうしたい?」

 話の主導を返された黒澤が、孝曜の意思を確かめようと問い掛ける。

 孝曜の答えは、既に決まっていた。

 

 幼い頃から、原因不明の過剰免疫と体温異常により頻繁に床に伏していた孝曜。

 周りの人間、特に小学校低学年当時のクラスメイトは「病気は伝染るもの」という安直な偏見に囚われ、孝曜から離れていった。

 成長につれ寝込む頻度も減り、中学校に進学して約2年半が経った今でこそクラスメイトとは当たり障りなく接しているが、幼少期から変わらず親しく接し続けたのは、祖父の兼吉を除けば、晶ただ一人だった。

 その幼少期の孤独を埋めてくれた、唯一の親友と言える晶が、いなくなるかもしれない。

 取り戻せるか、否か。その可否を、他人任せにはしたくない。

 

「・・・俺は、晶を取り返す。戦いが怖いなんて言ってられるかよ」

孝曜の眼にこもった決意を、フォートレス・ハックの面々は確かに受け取った。

「・・・フッ、私が見込んだ通りの男だな。ようこそ、フォートレス・ハックへ」


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