#4 痛み分け
先手を打ったのはアムジィの背爪型。刃の腕が風を切る音とともに孝曜の腰甲型に襲い掛かり、盾にぶつかって激しい金属音を立てる。
「っ・・・おお、平気だ・・・ちゃんと防げてる」
さらにアムジィは連撃を仕掛ける。人の剣とも獣の爪とも異なる斬撃が頭上から、左右から、あるいは死角から迫るが、孝曜は腰甲型の防御的な性能にものを言わせてすべて紙一重で防いでいく。
《腰が引けているが、その割にはうまく防ぐじゃないか。だが副腕も自由に操れないようでは、俺には勝てんぞ!》
「!!」
再び上段から振り下ろされようとした刃に対し盾を構えた時、意識の逸れた下段から背爪型本体の腕による貫手が腰甲型のガードの隙間を縫って迫る。
「うぐっ!!」
刃は両方とも盾で防いだ。貫手は――――胸部に届く直前で、腰甲型自身の腕で受け止めている。
「ヒントをくれてありがとよ・・・! わざわざ手に持たなくても使えるんだな、この盾は!」
背爪型は刃の腕を操るのに、本来の腕で支えたりはしていない。ならば腰甲型の盾の腕も同じように独立稼働できても不思議はない、孝曜は咄嗟にそれに気づいたのだ。
《・・・フッ・・・!》
掴まれた腕を振りほどき、刃の腕で掴んだ腰甲型の盾を支点にしてグンッと本体を持ち上げる。背爪型は体勢を崩した腰甲型を飛び越え、その背後に着地する。
連続した衝撃音が轟いた。孝曜が振り向きざま突き出した左の盾をアムジィが刃の腕で叩き落した音と、カウンターの左の刃を盾で防いだ音だ。
《反応も早い。とても人間の動きとは思えないな》
「俺は人間だ、そこは意地でも曲げないぜ。俺が"鎧骨格を動かせる人間"なら、晶もそうかもしれないって言えるからな」
《・・・まだアキラの名を呼ぶか。鎧骨格に"乗っているだけの人間"と"自在に操るヴィブムス"の違いを見せつけなければ、その考えは変わらないようだな!!》
アムジィの攻撃はさらに激しさを増していく。孝曜は構えた盾を反撃に回す余地も失い、やがて防御自体が追いつかなくなり徐々にダメージを受けていく。
「くっ・・・」
ガードの漏れた手足や頭部を刃が掠め、装甲の表面を削り飛ばす。
その痛みは腰甲型を操る孝曜自身にも如実に伝わっていた。
《理屈で鎧骨格を動かしている奴が、本能で動かすヴィブムスに敵うか!!》
「ぐあっ!!」
ガードが空いた腰甲型のボディに背爪型のミドルキックが深々と突き刺さる。山の木々をなぎ倒し、腰甲型は数十m吹き飛ばされる。
「痛ってぇ・・・くそ・・・!!」
《劣勢になれば焦り、隙を生じるのも人間の弱さ・・・とどめといこうか》
孝曜自身も主張する通り、孝曜は人間のまま鎧骨格を操縦している。その感覚を身体に馴染ませる暇もなく極度の緊張状態で戦い続けた孝曜の心身の疲労は、もはや体勢を立て直すことができない域に達していた。
アムジィは刃の腕を貫手の形に構え、倒れた孝曜の腰甲型にゆっくりと近づく。
《させるか!》
孝曜を仕留めさせまいと、小野寺のロボットが横合いから切りかかる。貫手の刃がとっさに振り上げられ、剣と衝突して火花が散る。
《くっ・・・戦いに割り込む気概もない機械の分際で、ここぞとばかりに邪魔を!!》
《悪いが、こちらの目的は決闘じゃなく確保だ。突ける隙は突かせてもらうさ。全力でな!》
小野寺機は初撃から用いていた剣に加え、もう片方の手に銃を持っている。斬撃と銃撃の波状攻撃で攻勢を仕掛けるが、なおもアムジィは一進一退の攻防を続ける。
孝曜はその戦いを、歯を食いしばりながら眺めていた。
(・・・くそ・・・手数が違いすぎる・・・あのロボットもすげえ動きだけど、それでも晶の方が速い・・・このままじゃ、いずれ・・・)
重装甲の腰甲型では、背爪型のスピードを上回ることはできない。そもそも孝曜自身が無視できないほど衰弱しており、戦いが長引けば不利なのは火を見るより明らか。
この状況を打開するには、刃の腕を吹き飛ばしながら本体に攻撃が届くような、強力な一撃が必要だ。
孝曜が己の力不足を嘆いた、その時。
「・・・!!」
自分の、ひいては腰甲型の両腕が、急激に熱を帯びるのを感じた。その熱量が何を意味するのか、孝曜の本能はすぐに理解した。
「・・・いける・・・!!」
腰甲型の身体を起こし、盾を両サイドから前に回してグリップを握りしめ、盾の先を背爪型に向ける。
"照準"を合わせている間にも、孝曜の内に燃える熱量はさらに高まっていく。
盾の前半分がバクンと割れ、赤熱する器官を露出した段階で、小野寺が腰甲型の異変に気付き、同時に狙撃ポイントで待機していた部下から通信が入る。
『隊長、腰甲型のエネルギー反応が急激に上昇しています! 離れてください!』
「何だ・・・!!?」
小野寺機がブースターをふかし、その場から大きく飛び退く。
「おおォオオオオオオオオ!!!」
次の瞬間、孝曜の叫びとともに腰甲型から放たれたのは強力な熱線だった。
《!!!》
小野寺機にかかずらい回避が遅れたアムジィの背爪型の左肩から先が、膨大な熱量と閃光に飲み込まれ、跡形もなく蒸発する。
「・・・何て威力だ・・・それに、腰甲型があんな能力を持っていた例など、今までにないはずだぞ・・・!?」
背爪型の装甲を容易く吹き飛ばした熱線の威力、またそれが重格闘型鎧骨格であるはずの腰甲型から放たれたという事実に、小野寺は驚愕する。
「・・・はぁ・・・はぁッ・・・!! どうだ・・・!?」
腰甲型は背爪型に蹴り飛ばされた地点から、熱線の反動でさらに10mほど後退していた。幸運にも、その反動のおかげで照準がわずかに上にぶれ、山一帯を焼き払う大惨事は引き起こさずに済んでいる。
《・・・驚いたぞ、コウヨウ。そんな奥の手を見せてくるとはな》
溶け落ちた背爪型の左肩を右腕で庇いながら、アムジィは孝曜に話しかける。
「・・・晶・・・」
《今回は、痛み分けとしよう。次に会った時もまだ俺を『アキラ』と呼ぶようなら、今度こそ殺す・・・》
アムジィの背爪型は孝曜に背中を向け、どこかに立ち去ろうとする。
「待っ・・・!!」
アムジィを止めようと孝曜が腰甲型の腕を伸ばした時、その腕が自分の熱量に負けて溶けかけているのに気づいた。さらに、自分が居るコクピットも同じように溶け始め、銀色の液体に満たされていく。
「待て、どこに行くんだ、晶!! 晶ぁアアアアア!!」
孝曜の必死の叫び。
しかしそれがアムジィに届くことはなく、孝曜自身の意識とともに銀色の沼に沈んでいく・・・。
『隊長、背爪型が逃げます。追撃は・・・』
「・・・いや、いい。腰甲型の保護を優先しよう。彼が生きていれば、あの背爪型への"銀の弾丸"になりうる」
溶解した腰甲型から孝曜を回収するべく、小野寺は機体を銀色の液だまりに近づける。
「孝曜、と言ったかな。我々は君のことを、君はヴィブムスのことを知らなければならない。人類がヴィブムスに脅かされずに存続する未来を迎えるために」