#3 戦う決意
第1機動部隊長・小野寺は、目の前で起こった想定外の出来事に少なからず動揺していた。
「・・・観測班、映像見えてるよな? 2体目が出た、分析急いでくれ」
そして、小野寺以上に動揺した声が通信機から聞こえる。
『隊長、反応は1体じゃなかったんですか・・・!? まさか観測班の検知に不備が・・・』
「・・・検知報告から鎧骨格が出るまで、やけに時間が空いたなとは思ってたんだよ」
『え・・・?』
困惑する部下に答えを与えるように、観測班からの返答が届く。
『こちら観測班、分析完了。対象は背爪型と腰甲型。今回先に検知していたのは、今現れた腰甲型の方だったものと思われます』
「やはりか・・・さっきそこにいた黒髪の少年、伝導回線の会話に割り込んできただろう? おそらく彼は元々スワンプマンだったんだ。そして検知報告を受けてから我々がここに到着するまでの間に、彼の"友達"がここでスワンプマンになり、たまたま先に鎧骨格、背爪型を出した。その背爪型を俺たちが勝手に、先んじて検知にかかった個体の鎧骨格だと勘違いしてたんだ」
『そんな・・・スワンプマンが今の今まで検知網をかいくぐって生きていたっていうんですか?』
「断言はできんが、そう考えるのが一番納得できるだろう? どちらにせよ、今までにない実例だ。腰甲型を優先として、両対象の確保を試みる」
『り、了解!』
部下に方針を示し、小野寺は通信チャンネルを対ヴィブムス用周波数帯、通称"伝導回線"に再度切り替える。
《そっちの腰甲型に乗っているのが、さっきの黒髪の少年だな?》
水中音質(仮)で、ロボットのパイロットが孝曜に声をかける。
「イリ、アム・・・?」
《これから我々は、ヴィブムスという異種族になった君の友達の身柄を確保する。動けるなら、君にも協力してほしい》
「は!? こっちは何が起きてるのかも全然わかってねえのに・・・!」
《躊躇うのも分かるが、君の友達は殺す気で来るぞ。俺も君もな》
「えっ・・・」
《詳しい説明は、戦闘が終わってからだ。戦えないなら、せめて邪魔はしてくれるなよ!》
ロボットは剣を構えなおし、晶の骸骨兵に向かって駆け出す。対して晶の骸骨兵は両肩の後ろから刃状の五指を備えた一対の腕を展開し、ロボットと切り結ぶ。
骸骨兵が繰り出すのは、人間の剣術には見られない不規則な軌道での斬撃の雨。対するロボットは戦闘経験の多さを感じさせる剣捌きで以て応戦する。
先ほどまで隣にいた親友が、骸骨兵を自在に操って謎のロボットと熾烈な剣戟を繰り広げている。
(晶・・・どうなっちまったんだ一体・・・でも、本当に別人になっちまったんなら、俺も戦わなきゃ・・・!)
晶と同じく骸骨兵の中にいる今、自分には何ができるのか。
それを確かめるべく、自らの骸骨兵の身体を観察する。晶とロボットの戦いが膠着している今がチャンスだ。
(イリアム、とか言われたな。骸骨兵にも種類があるのか・・・?)
視点の高さ・広さからして、今孝曜は骸骨兵の目で見ている光景をそのまま視認している。身体を動かす感覚を含め、自分は骸骨兵とすべての感覚を共有していると思って間違いなさそうだ。
そして、その目に映る自分の骸骨兵・腰甲型は、晶の骸骨兵に比べややがっしりとした体形をしている。機動力に劣る代わりに膂力では勝る、という印象を受ける。
(晶の骸骨兵、2対目の腕が出てきた。腰甲型には何か・・・)
あの刃の腕に対抗できる、腰甲型固有の武器といえるものがないか、と思考を切り替えたとき、孝曜は"それ"の存在に気づいた。
(・・・ある)
直接視認してはいない。なぜなら"それ"は腰甲型の背面下方、人間の身体でいう腰の後ろについていたからだ。
それでも孝曜は"それ"があることに、本能的に気づいた。まるで元から自分の持ち物であると知っていたかのように。
"それ"は、晶の骸骨兵の刃の腕と同じく一対備わっていた。「人間の腕の骨のような細い腕の先に、刃状の鋭利な指が5本ついている」という形状のあちらに対し、腰甲型の"それ"は関節から先が盾あるいは手甲のように大きく頑丈そうな形状になっている。盾の裏にはグリップがあり、先端には3本の指が付いているが、盾の先が枝分かれしていると表現した方がふさわしい風体で晶の骸骨兵のものほど器用には動かせそうにない。
(これが腰甲型の・・・俺の武器か)
総じて、晶の骸骨兵に比べ"耐える戦い"は得意そうだが、攻め立てられると反撃に転じにくい性能であるように見える。
(でも、それでいい。俺の目的は晶を殺すことじゃないんだ。"守る力"が強いならむしろありがてぇ)
"アムジィ"を止め、晶を呼び戻す。それだけを望み、孝曜は腰甲型の足を一歩踏み出した。
《!》
出現してからずっと動かなかった腰甲型が歩き出したのに気づき、ロボットは晶の骸骨兵の刃を剣で弾き距離を取った。
剣先を晶に向けたまま、孝曜との間の位置にゆっくり移動する。腰甲型を操縦する孝曜が、戦闘に不慣れなまま晶から先制攻撃を受ければ危険と判断したからだ。
《・・・戦えるのか? 君が敵対しないでいてさえくれれば、戦闘に加わるか否かは問わないんだが》
「分かんねえ。でも、晶がいきなり別人になってこんなガンガン戦ってるのを、俺は黙って見てらんねえ。ただ俺は、あいつと正面切って話がしてえんだ」
《・・・そうか。だがこの状況で対話は難しいぞ。まずはあちらの鎧骨格、背爪型を破壊する》
「オステオンっていうんだな、この骸骨兵は。それで、破壊って・・・死なねえよな?」
《コクピットにあたる空洞は、鎧骨格の胸部にある。それを避けて、例えば四肢を落とせば殺さずに倒すことができる。それが厳しければ首を落とせばいい、気絶させてしまうことにはなるがな》
「・・・わかった」
孝曜は、意を決したように腰甲型の歩みをロボットの隣まで進める。
「・・・よぉ、晶。待たせたな、お前と違ってすぐには順応できなくてよ」
《・・・俺の名は『アムジィ』だと、何度言わせる》
「さっきから何なんだよ、いきなり別人気取りやがって。中二病には1年遅いんじゃねえの」
《お前も鎧骨格を出せるのなら、俺の仲間だろう? それがなぜそんなに人間臭い真似を続けるんだ》
「確かに俺もこのオステオンとかいうのに乗って、今こうやってお前と同じ目線でしゃべってる。でも、俺は石部孝曜、他の誰でもない」
《・・・?》
「そんでお前は水原晶。俺の幼馴染・・・そう思って話してる。妙な名前を名乗るのを無理に止めやしねぇが、晶って呼んで突っぱねられる筋合いは無ぇんだよ。"アムジィ"とかいう悪霊か何かが晶に取り憑いてるんなら、ぶん殴ってでも俺が追い払ってやる」
《・・・『アキラ』はもういない。俺が食ったんだ。俺の自我を認められないなら、好きにしろ。俺がお前を直々に殺して、証明してやる》
晶、もといアムジィは背爪型の刃の腕を、明確な殺意を、孝曜に向ける。
「・・・お前とのマジ喧嘩なんて、いつぶりだろうな。まぁ、お前が晶とアムジィどっちを名乗ろうが、やることは変わんねえ。張っ倒して、そのあと説教だ。爺ちゃん譲りの俺の頑固さ、思い出させてやるよ・・・!」
両腕に構えた盾のグリップを強く握りしめ、孝曜はアムジィを迎え討つ。