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ボーン・フロム・シルバースワンプ(連載)  作者: プサン・エトアル
第1話 銀は沼より出でて沼より深し
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#2 瑞鐘池の骸骨兵

「・・・あれ?」

 気付けば、孝曜は池を回り始めた入り口に辿り着いていた。

 おかしい。いくら背の高い雑草が生えていようが、すれ違うような距離まで近づけば足音や草をかき分ける音で気付く。かといって、晶が孝曜に何も言わず池から離れていくはずがない。

「・・・どうなってる・・・!?」

 沼に落ちた? そのまま上がってこない?

 嫌な汗が止まらない。

 しかし、ここで自分が取り乱してはいけない、と孝曜は自らに言い聞かせ、冷静さを保ちながら耳を澄ます。

「・・・?」

 困惑する孝曜の耳に聞こえたのは、ゴボゴボという、粘度の高い液体が地の底から湧き出るような不快な音。

 反射的に振り返ると、沼の淵に立つ晶の姿があった。

「あぁ、晶・・・!」

 違和感はあるものの、自分の嫌な予感が杞憂であったことにひとまず安心し、駆け寄る。

 しかし、孝曜の足はすぐに止まった。

 脳裏に浮かぶ、瑞鐘池の昔話。

 スワンプマンの話を聞いた時、瑞鐘池に行こうと言ったのは、確かに孝曜だった。孝曜自身、瑞鐘池の昔話が実話だと本気で信じていたわけではない。

 しかし、今目の前に立っている晶が、池を周る前まで隣に居た親友だということを、孝曜はなぜか心の底から信じることができなかった。

「・・・孝、曜」

「晶・・・? 聞こえてたんなら、返事してくれよ・・・なぁ・・・?」

「・・・『アキラ』・・・俺の、名前・・・?」

「・・・? そうだよ、名前。大丈夫か? 具合悪いなら、ちょっと休んでから家に・・・」

「違う・・・俺は・・・うぐっ・・・」

 不可解な疑問を口にしたかと思うと、晶は苦しげに呻き始める。

「!? おい、どうした!」

 孝曜が晶の背中に手を触れようとした、その時

ーーーゴポゴポゴポゴボボボボボッ

 晶の足元の地面が罅割れ、銀色の液体が大量に湧き出した!

「何だ、水銀!? うぐっ!!」

 孝曜はその水圧で押し流されたが、晶が銀色の波に完全に飲み込まれるのを見逃さなかった。

「ぶはっ・・・晶!!」

 間欠泉のように湧き上がる銀色の液体の勢いは衰えず、晶を助け出そうにも近づくことができない。

(まずい。俺が池に行こうなんて思いつきで言ったせいで)

 孝曜は自分の軽はずみな言動を後悔した。

 しかし、たった今起こった水銀らしきものの噴出が、ただの自然災害ではないということを、孝曜はすぐに思い知らされる。

「・・・・・・え・・・?」

 孝曜の目の前に、骸骨に甲冑を着せたような姿の、銀色の巨人が立っていた。

 晶を飲み込んだ水銀のような液体は、重力に逆らって宙を昇り、硬化して巨大な人型を成したのだ。

「・・・何だ、この・・・化け物・・・!!?」

 自らの正気さえ疑う異常な現象と悍ましい巨人の姿に、孝曜の体は俄かに震え始める。

 同時に、孝曜は思い出した。家を出るときには思い出せなかった、昔話の続き。


 ―――土塊と化した男の死体を目撃した村人たちは、神様に頼んで元の男を返してもらおうと瑞鐘池に向かった。しかし願いも空しく男の体はとうに腐り果ててしまっており、それを知った村人は神を懲らしめようといきり立つ。すると神は池の中から巨大な骸骨を呼び出して操り、村人衆の首魁を叩き潰した後、逃げていく取り巻きを尻目に眠りについた―――


「瑞鐘池の、骸骨兵・・・!」

 信じ難いことだったが、目の前で瑞鐘池の昔話そのままの出来事が起こっている。

 さらに追い打ちをかけるように、またも常識破りの存在が視界の外から飛び込んできた。

「うわっ!!?」

 山肌を揺るがす衝撃と突風。そして、ガシュウウウウン・・・という大型機械の駆動音。

 風が落ち着き、反射的に顔を庇っていた腕を下ろすと、目算10mはある骸骨兵に、同程度の体格の機械の巨人が向かい合っていた。

「今度はロボット!? 何なんだよ一体・・・!?」

『そこの黒髪の少年! 今すぐ山を下りて避難しろ!』

 ロボットからスピーカー越しの声が発せられる。操縦しているパイロットのものだろう。

 降着姿勢から直立に移行したロボットが、今度は骸骨兵に話しかける。

《そちらのヴィブムス。名前は?》

 先ほどのスピーカー音声とは異なる、水中で聞こえるようなくぐもった声だ。

《・・・アムジィ》

 ロボットの発した「ヴィブムス」、骸骨兵の発した「アムジィ」という謎の単語。

 しかしてそのどちらも、孝曜にとっては些末なことだった。

(今の声、晶!?)

 骸骨兵から発せられた声が、晶のものだったからだ。

 動揺する孝曜をよそに、ロボットは話を続ける。

《そうか。ではアムジィ、オステオンを降りて我々の元に来てくれ。人類はヴィブムスとの和平を望んでいる》

「ちょ、ちょっと待てよ! いきなり出てきてヴィブムスとか和平とか、何なんだお前!?」

《まだいたのか、早くここを離れ・・・》

 骸骨兵との会話に横槍を入れる孝曜に対し、ロボットのパイロットはやや食傷気味に声を返す。だが、その声は途中で止まり、驚きを含んだ声色のスピーカー音声に変わる。

『待て、この会話が聞き取れているのか?』

「は? そりゃ目の前でそんな堂々と会話してりゃ・・・」

 ロボットパイロットの質問の意図が分からず、孝曜はまたも混乱する。

 その返答は、骸骨兵がロボットに組み付いた衝撃でかき消された。

『うおっ・・・!』

《何が和平だ。自分たちの繁栄のために近縁の知性体を根絶やしにし続けてきたのがお前たち人類だろう》

《・・・スカウト失敗か。ならば、敵として対処する!》

 ロボットが骸骨兵を弾き飛ばし、距離が開いた隙に背部に接続された鞘から剣を抜き、構える。

「戦うのか・・・!? やめてくれ! あの骸骨の中にいるのは俺の友達なんだ!!」

『・・・そうか。安心しろ、ガワを壊して大人しくさせるだけだ。ここは俺に任せて、君は自分が無事に逃げ延びることだけを考えろ』

「逃げろったって・・・おい、晶!! 骸骨兵の中にいるんだろ!? 俺はここだ、気づいてくれ!!」

《・・・その名で呼ぶのをやめろ・・・俺はアムジィだ・・・!》

「何言ってんだよ・・・!? アムジィって何の名前なんだ!? お前晶だろ!?」

《お前は俺の存在を否定するのか、コウヨウ!》

 晶はアムジィの名に固執し、頑として晶の名を呼び続ける孝曜に骸骨兵の腕を伸ばす。

「う、わあああああ!!」

 眼前に迫る巨大な手に、孝曜は昔話で叩き潰された村人を―――死を想起した。

 しかし、その想像は"あの"異音によって覆される。

「うっ・・・!!?」

 晶を飲み込んだ銀色の液体が、今度は孝曜を飲み込んだ。

(くそ、次から次へと・・・!)

 銀色の波が引き目を開けたとき、孝曜は自身の視界に違和感を覚えた。

 目線が普段の5倍は高い。

「ま、まさか・・・これって・・・」

 視線を下方に移すと、自分の手を見下ろすかのように、骸骨兵の手が目に映る。晶が乗っている骸骨兵とは別のものだ。

「俺も、骸骨兵に乗せられたのか・・・!?」


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