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ボーン・フロム・スワンプ(連載)  作者: プサン・エトアル
第6話 衝突する黒曜と紫水
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#26 近づく紫水の影

 8月中旬。

 孝曜が通う中学校の夏休みも折り返しという頃のある日、虚蔵山(うろくらやま)の麓の道路を、孝曜のクラスメイト・佐々木が軽やかに走っていた。

 3年生となった今年、所属する野球部が甲子園出場への切符を逃し、無念を抱えたまま部活動を引退したが、毎朝のランニングは日課として欠かさず続けている。

 元々ランニングのコースとして利用していた虚蔵山麓のこの道は、初夏に発生した地滑り以来封鎖されていたが、蔵山駅での"巨人"騒ぎ以来事件や事故の情報は無く、瑞鐘池(みずかねいけ)周辺を除いてつい先日通行止めが解除された。

 馴染みのある道を久し振りに走れることにささやかな喜びを感じる佐々木だったが、気になることがひとつあった。

(何も見えねぇな・・・)

 この日の虚蔵山は、濃霧に包まれていた。

 秋が深まった頃ならばありふれた光景と言えるが、まだまだ夏真っ盛りのこの時期にこれほどの霧が立つのは珍しい。

 今は早朝であるためまだマシとは言え、気温と湿度の高さによりかなり不快な蒸し暑さを感じていた。

 そんな中、道路の向かいから歩いてくる別の人影が霧の中に浮かび上がった。

 近づくにつれ、相手のきれいに禿げ上がった相手の頭と、彼の前を嬉しそうに歩く柴犬の姿をはっきりと目に捉える。

「おょざーッス」

「おぉ、おはよう。久しぶりだね」

 いつもこの道ですれ違う老人。今日も愛犬タロの散歩か。

 会話のために足を止め、懐っこくすり寄ってくるタロを撫でる。

「通行止めでしたからね。やっぱ慣れた道の方が走ってて落ち着くッスわ」

「通行止め? そうだったかね」

「もしかして、期間中も散歩してたんスか? 危ないッスよ」

「いやぁ、知らんかった。ローカル局あんまり見んから」

「テレビ見てなくても、回覧板とかで教えてもらえるっしょ? まぁ何事もなかったんならよかったスけど」

「過ぎたこととはいえ、心配させたみたいですまんね」

「タロもいるんだし、気を付けた方がいいッスよ。じゃ、俺そろそろ行くッスね」

「うん。佐々木君も怪我せんようにな」

 手を振る老人を尻目に、佐々木はランニングを再開した。

(・・・いやマジで危ねぇな。立ち入り禁止無視して散歩してたのかあの爺さん)

 老人の姿が見えなくなった辺りで、彼の危機感のなさが改めて心配になる佐々木。

 とはいえ気にしすぎる必要もないかと思い直し、霧の中に響く自分の足音だけを聞きながら心静かに走る―――そう思った矢先。

 朝の静寂を、タロの鳴き声が引き裂いた。

「!!? どうした!!?」

 佐々木は老人の身に何かがあったと即座に判断し、来た道を引き返す。

 駆け付けると、タロが何度も霧に向かって何度も吠えている。張り詰めるリードを握る老人の手は、力なく地面に伏せていた。

「爺さん!!? 大丈夫・・・」

 老人の側に駆け寄った佐々木は、言葉を失った。

 タロのリードを辿った根元にあったのは、老人の腕()()だった。片腕を失った老人の身体は、その数m向こうに転がっていた。

「・・・ッは・・・!!」

 猟奇的な光景に、佐々木は尻餅をつく。

 その時、自分の目線が下がった拍子に、タロが吠える方向に誰かが立っていることに気付いた。

 その人物の顔に見覚えがあったことで、佐々木はさらに混乱する。

「み・・・水原・・・?」

 そこに立っていたのは、初夏の地滑りに孝曜と共に巻き込まれ、それ以来行方不明となっていたクラスメイト、水原(あきら)だった。

 衣服は所々傷んでいるが、怪我らしい怪我は見当たらない。頭髪の色が紫がかって見えるのは気のせいだろうか。

「水原お前・・・無事だったんなら、石部に連絡のひとつくらい・・・!」

 晶は倒れた老人のそばに生気無く立ち尽くし、自分の名を呼ぶ佐々木を虚ろな目で見つめ返している。

 倒れた主人を助けるでもなく眺める不審な人物を警戒し、タロが唸る。

 一方で佐々木は、クラスメイトの顔を見て冷静さを僅かに取り戻したのか、あるいは腰を抜かした己を恥じたのか、はっと我に返り立ち上がる。

「いや、それより110番・・・しまった、スマホ家に忘れてきた・・・交番行ってくる! 駐在さん呼んでくるから、爺さんとタロ見ててくれ!!」

 佐々木は、ランニングのコースから逸れて山から離れる道に下り、麓の交番を目指して走り出した。


 その場に取り残された晶ーーー否、アムジィは、走り去った"目撃者"の対処について思案する。

「・・見られたからには殺すべきか・・・? いや、今から追ったら却って目立つか・・・」

 地下から地上に出てきたヴィブムスは、捕食した人間の骨格を借りてスワンプマンとなることで、ケイ素依存だった食性が炭素依存に変化する。

 これにより人間と同じものを食べて生きていけるようになり、フォートレスの施設で人間と共同生活を送れたり、そうでない個体も人間社会に溶け込むことができる。

 だが、外骨格(オステオン)に乗り降りする瞬間を目撃されるなどで社会に潜伏することが困難になった場合、またアムジィやトーマのようにそもそも人間を"敵"あるいは"餌"としてしか見ない個体は、銀漿を主成分とする"本体"を使って人間や動物を捕食する生活を続けることとなる。

 霧に乗じて老人を捕食するつもりで襲ったはいいが、犬に邪魔されて喰い損ね、その上第三者にその様を見られてしまった。騒ぎになれば、これから先この虚蔵山を中心に行動しづらくなるが・・・。

「・・・待てよ、今のヤツどこか見覚えがあるな。この"アキラ"とかいう人間の知人か? であれば、コウヨウを釣り出すならむしろ・・・」

 捕食対象の記憶の残滓にあるような顔見知りなら、因縁の孝曜とも繋がりがあるはず。あえて情報を流させて、孝曜を誘い出すという手もある。

 スワンプマン・アムジィとしての最適行動を選ぼうとする彼の思考を、タロの絶え間ない鳴き声が遮る。

「チッ・・・うるさい。その声でヒトが集まってきても困る。腹の足しにもならんが、お前から先に喰ってやろう」

 老人を襲った銀漿の塊が、無慈悲にタロを呑み込んだ。

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