#25 渇望が生んだ獣
バイルゥに続き、クロベルもトーマの凶悪な攻撃力に倒れた。
トーマの胸晶型は孝曜の腰甲型の熱線により激しく損傷しているが、戦闘能力の衰えは未だほとんど感じられない。
「隊長・・・! よくも先輩と隊長を!!」
「ばっ、馬鹿! 頭を出すな!!」
敬愛するバイルゥとクロベルを倒され我を失ったヒライアが、腰甲型の陰から身を乗り出し胸晶型に向かって熱線銃を乱射する。孝曜が制止するが一切聞き入れる様子はなく、なおも腰甲型の盾を押しのけ銃を撃ち続ける。
《腿銃型の女ぁ・・・! お前が一番弱いんだよ!! 腿銃型でできることなんか、胸晶型ならお遊びにもなんないんだよ!!》
浴びせられる熱の銃弾をものともせず、トーマは指鉄砲を撃ち返す。
トーマの怒りからか初撃より弾速が増している上、胸晶型のコントロール能力により、防御しようとした腰甲型の盾を掻い潜り腿銃型の頭を正確に捉える。
「ううっ!!」
「ヒライア!!」
《雑魚は死んでろ・・・!! さて、腰甲型・・・僕を倒すことも、味方を護ることもお前にはできないってことを思い知らせながら、じっくり焼き殺してやるよ・・・!!》
致命傷を負った仲間の鎧骨格を抱える孝曜に、怒りと狂気に染まったトーマが迫る・・・。
(ヒライア・・・!!)
痛みに朦朧とする意識の中、バイルゥは後輩のピンチを遠巻きに見ていることしかできずにいた。
(くそっ、くそっ・・・!! 悔しい、鎧骨格がB級でさえなければ、まだ戦えるのに・・・!! 足刃型・・・何で足刃型なんだ!! 何でB級なんだ!!)
バイルゥはこれまで、自分の戦闘スタイルが足刃型の性能にマッチしていると信じ、ひたすら己を鍛え続け、技を磨き続けてきた。間違いなく、B級鎧骨格を操るスワンプマンとしては上位に入る実力を得ている。
しかしそれでも、トーマの胸晶型―――A級鎧骨格の圧倒的な性能の前には手も足も出なかった。
(リームダル隊長に鍛えられて! プラシエに励まされて! 孝曜に焚きつけられて!! これ以上何が足りないのよ!!)
いくら自己研鑽を重ねても、越えられない壁がある。厳しい現実に打ちひしがれるバイルゥ。
『鎧骨格がB級だから勝てないなんて、そんなことないよ! ルゥは強いもん! 自分を信じて修行し続ければ、誰にも負けないくらい強くなるよ!』
いつだったか、力不足に悩んでいることをプラシエに相談した時の返答が脳裏によぎる。
(・・・いらない、そんな綺麗事! 今はとにかく、トーマを倒せるだけの力が欲しい!! ヒライアを、みんなを助けられる力が!!)
バイルゥは、勇気や希望といった小綺麗な感情など一切無しに、ただただ純粋に"力"を欲した。
その時、身体の奥底から、全身に巡る銀漿が沸騰するような急激な熱量を感じた。
「―――!!」
《さぁ、選べ!! 僕を撃つためにその女を見殺しにするか、その女と一緒に灰になるか!!》
孝曜に向けられた胸晶型の掌に、凄まじい熱量が集中する。
見ているだけでもジリジリと目と肌が焼かれるそのエネルギーの総量は、孝曜の腰甲型の熱線も、ともすればプラシエのスターライト・ビームをも上回る。
(一瞬でも盾を降ろしたら、その瞬間にヒライアが撃たれる・・・! でも、アイツを倒すにはもう一度熱線砲を撃つしか・・・!!)
躊躇している間にも、胸晶型の熱量はみるみる高まっていく。
《・・・いや? こっちを撃った方が面白いか・・・!?》
今にも孝曜とヒライアを焼き尽くそうと向けられていた胸晶型の掌を、トーマはいきなりクロベルの方に向けた。
「!!? やめろォオオ!!」
《ハハハッ、いい声だ!! さぁ、守りたかった仲間が死ぬのをそこで見―――》
トーマが愉悦を隠そうともせず笑い、クロベルを焼き払おうとした、その時。
《・・・・・・?》
トーマが、掲げていた右腕に違和感を覚える。
悲痛に叫ぶ孝曜に向けていた視線を、クロベルの鎖鞭型の方に向ける。
その視界に映るはずのものが、そこにはなかった。
鎖鞭型に向かって伸ばしていた胸晶型の右腕の、肘から先が失くなっていた。
《なっ・・・何が起きた!?》
トーマが声を上げた直後、その背後で"ガンッ"と音を立てて、切断された右腕が宙高くから地面に落下する。
腰甲型からは一切目を離していなかった。
B級鎧骨格の腿銃型にこのような芸当ができるはずがない。
鎖鞭型は先ほど薙ぎ払った時に胴体を寸断している。動けるような状態ではない。
足刃型も―――
そこまで思考を巡らせて、トーマははたと気付いた。
視界の端で、ゆらりと何かが動く気配がする。
そこにあったのは、獣のように低い姿勢から胸晶型を睨み付けながら、先端に刃の付いた長い"尻尾"を揺らす、1体のA級鎧骨格の姿だった。
《長尾型・・・!!?》
「何だあの鎧骨格・・・いつの間にあそこに・・・いや、あの赤い装甲は・・・!?」
困惑するトーマをよそに、何かに気付いた孝曜はとっさに、最初に倒されたはずのバイルゥの足刃型を探す。
どこにもいない。消えた足刃型の代わりに、赤い頭の長尾型がトーマを見据えている。
「バイルゥの鎧骨格が、変わった・・・!?」
新たな鎧骨格、長尾型を操縦しているのはバイルゥなのか。孝曜たちの声はバイルゥにも聞こえているはずだが、彼女の返事はない。
真相を確かめる暇も与えず、長尾型はその場から跳躍しトーマに跳び掛かる。
《消え―――!?》
トーマの視界から長尾型が消え、胸晶型の向こう側に着地したと認識した時には既に、胸晶型の右肩から脇腹にかけて袈裟懸けに深い傷が走っていた。
振り返りながら長尾型は尻尾を素早く振り、刃に付いた胸晶型の銀漿を振り落とす。
「速い・・・!!」
《がはッ・・・この野郎ォッ!!》
想定外の反撃に狼狽したトーマは、クロベルの始末も孝曜への報復も全て後に回し、完全にターゲットをバイルゥに切り替えた。
クロベルの鎖鞭型を胴薙ぎにした熱エネルギーの鞭が再び振るわれる。
バイルゥはそれを難なく躱し、胸晶型に向かって駆け出す。
鞭の攻撃は一度の薙ぎ払いでは終わらず、トーマの手振りに合わせて波のように何度もバイルゥに襲い掛かるが、掠りもしない。流麗に鞭を掻い潜りながら、胸晶型に肉薄する。
《何でだ!! さっきまでB級に乗ってたヤツが、今A級になったからって何でこんな急に強くなる!!?》
ここに来て、トーマの声に焦りが混ざり始める。
「・・・『何で』じゃねぇ、鎧骨格の方がようやくバイルゥの実力に追い付いたんだ! やっぱりバイルゥは強かったんだ!!」
燻っていたバイルゥの実力が遺憾なく発揮される光景に、孝曜は思わず仲間としての喜びの声を上げる。
長尾型が胸晶型の目の前に到達すると同時に、目にも留まらぬ速さで刃の尻尾を振るった。
まず鞭を振るっていた左腕が切り飛ばされ、再生しかけていた右腕、距離を取ろうと動いた両足までもが地に落ちる。
《ぐぁっ・・・ま、まだだ!! 首と胴が繋がっていれば胸晶型は十分戦え―――うぐっ!!?》
四肢を失いほぼ身動きが取れない状態でも威勢を損なわないトーマだったが、胸晶型の首に長尾型の尻尾が巻き付き、言葉を遮られる。
《ぐっ・・・こ、この・・・!!》
締め上げられた状態でなおも胸の結晶に熱エネルギーを集中させる胸晶型を、バイルゥは尻尾を振り上げ上空に投げ上げた。
《こ・・・この女がぁあああああ!!!》
そして、落下してきた胸晶型の胴を目掛け、渾身のハイキックを叩き込んだ。
トドメの一蹴の衝撃は凄まじく、胸晶型の装甲が容易くひしゃげ、胸部の結晶にヒビが入り、袈裟懸けの傷に沿って上体が裂ける。
トーマはメキシコの荒野の空を大きく吹き飛び、断末魔を上げることすら叶わず倒れた。
「・・・・・・」
日米混合部隊を苦しめた強敵を倒し、しかしそれでも動かなくなった胸晶型を見つめたまま黙りこくっているバイルゥ。
「・・・バ、バイルゥ・・・?」
孝曜は勝利の安堵と共に、一抹の不安を感じる。
あまりの強さと変貌ぶりに、バイルゥの人格が失われていないか、と勘繰ってしまう。
しばしの沈黙の後、バイルゥは胸晶型に向かって再び長尾型の歩みを進め始める。
尻尾の刃の切っ先が、改めて胸晶型に向けられる。
「! 待て、もういいんだ!! バイルゥ!!」
いかに大きな被害を出した強敵であろうと、元々は人間であり、人格は上書きされていても対話の余地はある。有色の鎧骨格に乗るスワンプマンは極力殺さず確保・収容するのがフォートレス・ハックの原則。
それをバイルゥが破ろうとしているということに気付き、孝曜は慌てて止める。
しかし、声を掛けても長尾型の足は止まらない。
「やめろ!! ルゥ!!!」
傷ついた腰甲型を動かし、長尾型の両肩を掴んで止める。
「殺しちゃだめだ! いくら相手がアレでも、それをすればアンタは・・・!!」
必死に訴える孝曜。
だが、孝曜は長尾型から漂い続けていた殺気が、ふと和らぐのを感じた。
「・・・ちょっと集中しすぎてたみたい。ありがとう、もう大丈夫よ」
「ルゥ・・・」
「・・・あら? 孝曜、私のこと『ルゥ』なんて呼んでたかしら」
「あっ・・・い、嫌なら、『バイルゥ』に戻すけど・・・」
「・・・別に、好きにしたら。プラシエとコハク翁に呼ばれ慣れてるし、気にしないわ」
胸晶型の残骸は、銀漿の循環が途絶えたことで装甲が過熱され溶解し、銀漿の液溜まりとなっていた。そして、その中にはカプセル状の銀漿塊が浮かんでいる。
これは胸晶型の能力に由来するものではなく、全鎧骨格に備わっている脱出機構のようなものであり、融点の違いによりコクピットに相当する胸付近だけがこうしてカプセル状に溶け残り、機体全体を構成していた銀漿に押し流される形で搭乗スワンプマンを戦場から離脱させる仕組みになっている。
フォートレスはカプセルが流される前にSTや鎧骨格でそれを拾い上げ、銀漿をタンクに分離して回収することで敵性有色ヴィブムスの収容を完了する。
トーマが入ったカプセルと胸晶型を形成していた銀漿は無事に回収され、中米支部の収容室へと運ばれていった。
翌日、鎖鞭型を大破させられたクロベルと、1回目の襲撃で負傷していた男性弐機隊員ロザートが無事に目を覚ました。二人に比べ比較的軽傷だったヒライアは、バイルゥの鎧骨格が進化を遂げ逆転勝利を収めたことに興奮冷めやらぬ様子で、「カッコイイ」「素敵」とバイルゥを延々囃し立て続けていた。
そして午後、別れを惜しんで泣きじゃくるヒライアを先頭に中米支部弐機隊員総出で見送られる中、孝曜とバイルゥは帰国の途につく。
「しかしルゥ、戦闘の最中にいきなり鎧骨格が変わるなんてな。念願のA級になったことだし、もう負けても言い訳にはできねぇな?」
「随分生意気な口利くようになったわね。孝曜こそ、ちゃんと鍛えないと置いてくわよ? 名実ともに弐機隊の一番下の後輩なんだから」
機内で起こる、二人の軽い舌戦。
それは、バイルゥの劣等感と孝曜の隔意が解消された、何よりの証拠だった。




