#24 歪な煌めき
「あのふざけた色・・・間違いない。昨日のアイツだ」
敵の姿を確認し、クロベルは警戒を強めながら、鎖鞭型の腕を軽く振り下ろした。その身振りに合わせて、手首に空いた前腕装甲の隙間から鎖分銅のような武器がジャランと垂れる。
「よう、昨日はよくもウチの隊員をやってくれたね。今日はたっぷりと礼を返させてもらうが、先に名前くらいは聞いておこうじゃないか」
《・・・僕は、トーマ。身の程も知らずにかかってきたのはあの脚盾型の男の方だろ?》
胸晶型から返ってきた声は、幼さすら感じさせる少年のような声。
「2日連続で支部を狙いに来といて、よく言うよ。しかも単騎とは、よっぽど腕に自信があるらしい」
《バカな取り巻きなんか、幾ら居ても邪魔なだけだよ。近くに湧いてたら僕が消してたところさ。今頃、お前達の仲間の機械人形の相手をしてるんじゃない?》
トーマの検知報告のすぐ後、中米支部の壱機隊と思われる別部隊とのやり取りが通信越しに聞こえた。恐らくトーマのいう通り、同時刻に出現した他の敵性ヴィブムスと接敵したのだろう。
「そうかい。じゃ、遠慮無く4対1で行かせてもらうよ。ヒライアはいつも通り援護射撃、バイルゥは私と一緒に前衛、コーヨーはロザートの代わりにヒライアのフォローを頼む。胸晶型は元々多対一が得意な外骨格だ。油断せずにかかるんだよ!」
「「「了解!!」」」
孝曜の腰甲型が盾を、ヒライアの腿銃型が銃を構えたと同時に、前衛の2人が目標に向かって駆け出した。
《鎖鞭型に足刃型、腰甲型に腿銃型か・・・その構成でどうやって僕を倒すつもりなのかな?》
トーマの胸晶型の、胸の結晶が朱く光りはじめる。
「牽制します!!」
胸晶型が動き出すより早く、ヒライアが熱線銃で機先を制する。胸晶型は熱を纏った手で易々と熱線を弾くが、それがクロベルにとっては充分な隙を生む。
「バイルゥ、合わせろ!」
掛け声と同時に、クロベルが鎖鞭型の鎖を胸晶型に向かって素早く伸ばす。寸分の狂い無く胸晶型に達した鎖はその右腕を絡め取り、鎖鞭型に引っ張られて胸晶型の体勢が崩れる。
その一瞬の隙に放たれた足刃型の蹴りが、無防備になった胸晶型の右腕を切り落とす―――はずだった。
足刃型の脚から突き出した刃が胸晶型に接触する瞬間、"ジリッ"という、焼けた鉄棒を冷水に突っ込んだような音が一瞬、クロベルとバイルゥの耳を突いた。
「!? 何だ、今の手応えは・・・」
間合いは充分詰まっていた。ガードされたわけでもなく、蹴りは届いたはずなのに、胸晶型の右腕は依然、肩に付いている。
バイルゥが反射的に足刃型の脚に視線を移すと、鎌のように突き出していたはずの刃が、根元から3分の1ほどを残して折れたかのように失くなっていた。
《脚が無事でよかったね? B級の銀漿で作った付け焼き刃が、僕に届くと思った?》
「まさか・・・今の一瞬の接触で溶かされたっていうの・・・!?」
足刃型の刃が届くまでの間に、高出力の熱エネルギーが胸晶型の上半身を覆っていた。やっていること自体はB級外骨格の肩壁型と大差ないが、このトーマの胸晶型は出力と集束力の次元が違う。
《ほぉら、お前もいつまでも僕に触れてると・・・!!》
動揺するバイルゥを尻目に、胸晶型が右腕に巻き付いた鎖を掴む。熱エネルギーが掌を通じて鎖に流れ、着火した導火線のように鎖を伝う。
「うっ!?」
熱が鎖鞭型の腕に到達する寸前、クロベルは鎖を切り離す。鎖は地面に落ちるのも待たずに融解し、煮詰まった銀漿の塊に成り果てる。
「ちっ・・・!」
《・・・薄々察してるだろうけど、言ってやろうか。決定打が足りないんだよ、お前達。そっちの腰甲型が出てくるんならまだしも、鎖鞭型と足刃型じゃいつまで経っても僕には届きもしない》
「・・・仕方ないね。コーヨー、交代! 私がフォローに回・・・」
相性の不利を認め、後衛の孝曜にクロベルが交代の指示を出そうとする。
しかし、その声を一筋の閃光が遮った。
「うわっ!!?」
腰甲型に向かってまっすぐ飛来したそれを、孝曜はギリギリで防ぐ。
トーマの胸晶型の右手で作られた指鉄砲の先から放たれた鋭い熱線は、腰甲型の盾の表面を深く抉った。
《出てくるのを許すとは言ってないんだよねぇ・・・! さあ、精々みっともなく足掻いてくれよ。4対1でも勝てない力の差を噛み締めさせながら、僕がゆっくり踏みにじってやるからさァ・・・!》
「ぐぁあっ!!」
接敵から10分弱。トーマにまともにダメージを与えられないまま、味方に最初の脱落者が出た。
「バイルゥ!!」
「先輩!!!」
足刃型の左脚を熱線で撃ち抜かれて体勢を崩し、続け様に右脚の付け根と首元にも攻撃を受け倒れる。
《無駄にすばっしこくて手こずったけど、まずは一人・・・!》
被弾の寸前に上体を捻り、バイルゥが中に居る胸部への貫通は避けられたものの、右脚は腿から千切れ落ち、バイルゥは機体から伝わる激痛に声を上げることもできずにその場で動けなくなる。
「バイルゥ・・・! くそっ、なんて野郎だ・・・強い・・・!」
肩壁型以上の集束力、肋砲型以上の威力、腿銃型以上の命中精度。
熱エネルギーを武器とするあらゆる外骨格の上位種である胸晶型が、敵に回るとこうも恐ろしい。プラシエの派手な胸晶型しか知らなかった孝曜は、今ここに至るまでその恐ろしさに気付くことができなかった。
(こうなったら、一か八か・・・)
バイルゥという前衛を失った今、作戦を吟味している暇はない。孝曜は銀漿周波数でトーマに盗み聞きされないよう、小声で通信機に話しかける。
「ヒライア、俺の後ろから絶対に出るなよ」
「え・・・?」
「クロベル隊長、足止めに専念してください。俺が最大出力で撃ちます・・・!」
「何を・・・いや、そうか。分かった」
孝曜からの意見に訝しむクロベルだったが、合流前に日本支部から共有されていたデータに記載されていた腰甲型の熱戦砲の情報を思い出し、孝曜の作戦に乗ることにした。
「そういうのは、鎖鞭型の得意分野さ・・・!」
クロベルは鎖鞭型の鎖を強く握りしめる。縒り合された銀漿結晶の繊維束で構成された鎖はそれ自体が熱エネルギーの発振器として機能し、熱エネルギー型鎧骨格の最上位種たる胸晶型とも渡り合える攻撃力を発揮する。
《ここまで散々あしらってきたのに、まだ諦めないか・・・バカだなぁ・・・!》
クロベルは自身の技術と鎖鞭型の機動性を以て胸晶型を拘束する。トーマは最初に腕を絡められた時と同じように鎖に熱エネルギーを伝導させるが、クロベルはそれに対し鎖鞭型のエネルギーを鎖に注ぎ込むことで拮抗状態を作る。
「ぬぅ・・・くっ・・・!!」
《ハハハハハ!! 胸晶型相手に、熱の力比べで勝てるつもりなのかよぉ!!?》
自ら不利な勝負を仕掛けてきたクロベルを嘲笑うトーマ。
「勝てなくてもいいのさ・・・! 時間さえ稼げれば、あとはアイツが・・・!!」
《・・・!?》
クロベルの発言の直後、トーマは視界の外から尋常ではない気配を感じる。
「隊長、離れて!!」
孝曜の腰甲型が盾の腕の表層を展開し、その砲身に熱エネルギーを充填していた。
彼の掛け声と同時に、クロベルが鎖鞭型の両腕の鎖を切り離しその場から飛び退る。
《何だ、あれは・・・!?》
「喰らえ!!」
直後、胸晶型に勝るとも劣らない高出力の熱線が、腰甲型の盾の腕から放たれた。
本来腰甲型からは放たれるはずのない熱エネルギーの奔流がトーマを飲み込む。
《何ッ・・・ぐぁあああああ!!?》
「はぁっ・・・こ、これでダメなら、もう・・・!」
アムジィ戦以来の全力の熱線を使ったことにより、孝曜の呼吸が乱れる。
辺りに立ち込める煙を睨みつけながら、この熱線がトドメとなることを祈る孝曜―――
《・・・熱ッ・・・ちぃいいい!! クソがぁッ!!! 数だけ寄せ集めた雑魚が、僕に何をしやがったぁあぁあ!!!》
煙の中に、ゆっくりと立ち上がる胸晶型の影が見える。
あの威力の熱線が効いていないはずはない。しかし、倒しきれなかった。
「そんな・・・!!」
《テメェ、そこの腰甲型・・・!! 大人しく後ろのチビを護ってりゃよかっただろうに、僕のことも倒そうとするなんて、そんな贅沢なこと考えてたのかァ!? 甘いんだよォ!!!》
痛打を受けたことに対し怒り狂うトーマは、右腕を大きく振りかぶった。
薙ぎ払う腕の振りと同時に、鞭のように伸長した熱エネルギーの束が孝曜たちを襲う。
「マズイっ!!」
孝曜はすぐ後ろに隠れていたヒライアの腿銃型を抱き寄せ、盾で覆い隠す。
熱の鞭は轟音を上げながら腰甲型の盾を大きく抉る。腿銃型の代わりにその一撃で破壊されたのは、
「隊長ッッ!!」
クロベルの鎖鞭型だった。




