#23 異邦の同胞
フォートレス・ハック日本支部から、空路で約12時間。
広大な台地でありながらも起伏が激しく、外部からの安易な侵入を拒むメキシコ高原の只中に、フォートレスの中米支部が存在する。
山中に隠れるように設立された日本支部とは打って変わって堂々と拓かれた敷地に、日本支部から到着した長距離輸送機が着陸した。
慣れない長旅で表情にやや疲労の色が見える孝曜をはじめとする日本支部メンバーを出迎えるのは、輸送機の着陸を誘導した現地の輸送班員の他、目立つ髪色をしたスワンプマンと思わしき機動部隊員たち。
その中の一人が、最初に輸送機から降りてきたバイルゥの姿を認めてすかさず駆け寄ってくる。
「せんぱ~~~い!!!」
「おっ、とと・・・相変わらずねヒライア。元気だった?」
「はい! また先輩に会えて嬉しいです!!」
ヒライアと呼ばれた女性隊員は、外見年齢は孝曜と同じか少し年上程度、髪はウルフカットの黒い地毛に散らすように赤のメッシュが入っている。バイルゥにかなり懐いているようで、彼女に抱きついたままなかなか離れようとしない。
「こらヒライア。日本から来たばかりで疲れてるだろうに、少しは落ち着きな」
「え~?」
「いいのよクロベル隊長。いつものことだし、ヒライアはこの調子でいてくれた方がこっちも元気がもらえるから」
「バイルゥはもうちょっと、ヒライアに厳しくしてもいいと思うけどねぇ・・・」
ヒライアを窘める隊長らしき人物は、日に焼けた肌に山吹色の長髪がよく映える、欧米人らしく長身の女性隊員。向かって右のこめかみから垂れ下がる編み込みの一房だけが、染め抜いたように黒褐色となっている。口調から察せられる彼女の性格は、いわゆる姉御肌といったところか。
バイルゥとヒライアのやり取りに苦笑するクロベルは、バイルゥの後ろに控える孝曜の姿に気付き話題を変える。
「そっちの子は・・・コーヨー、だったっけ。中米支部第2機動部隊長のクロベルだ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします・・・」
「あん? どうした、緊張でもしてるのかい?」
「いや・・・見た目は外国人なのに日本語ペラペラだから、すげぇなって」
当然のように日本語でバイルゥと会話するクロベル達の様子に、孝曜は面を食らっていた。
「ああ、そういえば"弐機隊だけど人間"だって言ってたっけか。ヴィブムスは銀漿を介して情報の交換ができるのさ。スワンプマンの場合、それを応用して相手方の母国語を短時間で習得できる。私やリームダル隊長みたいな古株は皆やってるよ」
「へぇ・・・てっきり誰かに通訳してもらうことになるもんだと・・・」
そういえばこういう時に同行しそうな神田が居ない、と日本を出発してから気付いた孝曜は内心困っていたが、その辺りの心配は必要なさそうだ。
「そういえば、ロザートは? 居ないみたいだけど」
バイルゥの口から、この場にいないメンバーの名前が出る。
それを聞いたクロベルの顔は、先程までの快活さに反して暗いものだった。
「・・・集中治療室だ」
「えっ・・・!?」
「ちょうど昨日のことさ。この辺りに現れたA級に手酷くやられてね。壱機隊が増援に来てくれたから一命は取り留めたが、そのA級には逃げられちまった。近いうちにまたやってくるだろうね」
「ロザートが一方的にやられるなんて・・・相当の強敵ね」
「そうだね。そういうわけで、演習は座学から警戒任務に変更になった。来てもらって早々悪いけど、荷物を宿舎に置いたらすぐに出撃態勢を整えてくれ」
ロザートを倒した敵性ヴィブムスの再出現に備え、弐機隊員たちはあらかじめ外骨格に乗った状態で警戒にあたることになった。
先頭のクロベルの左右後方にバイルゥとヒライアが並び、防御力に秀でる孝曜が殿を務める。菱形の陣形が出来上がったところで、クロベルの声が銀漿越しに聞こえてきた。
「さて、警戒とはいったが、結局は観測班の検知待ちだ。それまでは、中止になった座学の内容を少しでも埋め合わせるとしよう」
「座学・・・ですか」
「外骨格はA級・B級にかかわらず、種類ごとの能力の違いが大きい。出撃の度に場当たり的に対応するよりは、先に能力を把握しておけば格段に危険性が減る。コーヨー、C級の指兵型以外で今まで戦ったことのある外骨格、全部挙げてみな」
「えーと・・・アムジィの背爪型に、マディオンの噴槍型、あとは確か・・・駆蹄型、爆腕型、肩壁型、だったかな」
「ふんふん、まぁ既知種全体の半分ってとこか。あと自分の腰甲型と、日本支部の隊員ならプラシエの胸晶型とバイルゥの足刃型については知ってるとして・・・私の『鎖鞭型』と、ヒライアの『腿銃型』を見るのは初めてかい?」
「はい。見たことないっす」
クロベルの外骨格・鎖鞭型は、背爪型に近い細身のシルエットで、前腕部が籠手のように円筒状に膨らんでいる。ヒライアの腿銃型は、他の外骨格では基本骨格が剥き出しになっていることが多い大腿部が装甲に覆われており、上部に穴が空きポケット状になっている。
「そうか。じゃあヒライア、腿銃型の説明してみな」
「えっ、私がですか?」
「人間と連携して戦う以上、自分だけが感覚的に能力を分かっておけばいいってもんでもない。プレゼンテーションのテストだとでも思ってやってみな」
「うーん・・・腿銃型は軽射撃型のB級外骨格で、太もものポケット部分に拳銃型の末端器官が内蔵されてます。射出する熱エネルギーは掌を通して腿銃型の体内から直接供給するので、実銃のように弾切れやリロードといった事態は起こりません。同じく射撃型B級のコスタに比べて、射撃器官を手に持って扱うため射角の広さや命中精度で勝りますが、熱線の最大威力は集束撃ちができる肋砲型に劣ります」
ヒライアは腿銃型の大腿部装甲のポケットから射撃器官を取り出し、不馴れなりに理路整然と説明する。射撃器官には本物のピストルのような引金や撃鉄といった部位は無く、銃と言われればそう見える、という程度の簡素な外観をしている。握った時に指に触れるグリップの腹側には、引金の代わりに胸晶型の胸のパーツに似た結晶が露出している。
「うん、上出来だろう。見ての通り腿銃型は前衛に向いた外骨格じゃない。戦線では後方支援を担当してもらうことになるから、その辺はよろしく頼む。次に、私の鎖鞭型だけど・・・」
ヒライアの説明をまとめ、クロベルが自機の説明に移ろうとした時、支部から緊迫した様子の通信が入る。話者は英語なので孝曜は内容を理解できないが、ただの業務連絡でないことは雰囲気からすぐに分かった。
「・・・了解。コーヨー、奴さんのお出ましだ。鎖鞭型の能力は実戦を見て学んでくれ」
「来たか・・・!」
通信から数十秒後、腰甲型の視界が1体の外骨格の姿を捉えた。
緑からマゼンタにかけてのグラデーションという派手な色の装甲が目を引くが、孝曜はその姿―――特に、胸部に光る結晶に見覚えがあった。
「あれは・・・胸晶型だ・・・!」




