#21 星屑の瞬き
必ずアムジィを倒すと誓ったプラシエは、自分の胸晶型とアムジィの背爪型が向かい合うという構図に、今朝放送されていたSTAR GUARDIANの一幕を重ねていた。
宇宙からの侵略者の大群に、これまで常勝無敗を収めてきた"守護者"スバル。
しかし、ある日現れた侵略軍四天王の、他の敵とは一線を画する力に、スバルは苦戦を強いられた。
『ククク・・・思っていた通りだ。貴様は一対多数の防衛戦は得意でも、強敵との一騎討ち、特に私のような"速さ"に秀でる敵を相手取る戦いは不得手なのだろう? 格上にはどうあがこうと勝てないという事実を大人しく受け止め、ここで倒れるがいい』
『・・・いや、まだだ! 僕は敗けない!! たとえどんなに小さな星屑だろうと、その一筋の閃光は必ず未来に届くんだ!! くらえ、必殺!!』
「『スタァァァァダストッ!! フラァァァァァッシュ!!!』」
熱エネルギーを収束した両手を振りかぶり、叫びと共に正面に突き出す。
放たれる熱線は両手の五指に沿って十条に分かれ、その全てが背爪型に殺到する。
「拡散弾・・・いや、追尾弾!!?」
アムジィは熱線の追尾性能の高さを即座に見抜き、強行突破の考えを捨て回避に専念する判断を下した。
まず3発、続く2発、身を翻しさらに3発・・・。
「逃がすかぁぁぁ!!」
残りの2発を背爪型が跳躍して躱したのと同時に、プラシエは胸晶型の両腕を再び動かす。
手綱を繰るようなその動きに合わせて、通過した熱線がUターンし、背爪型の背後を捉えた。
「がッッ・・・!!」
熱線の雨が背爪型に降り注ぐ。
「はぁ、はぁ・・・どうだ!!」
爆煙が広がる中、鳴り止んだ衝撃音の代わりに、金属が焼けるようなシュウシュウという音が流れる。
「・・・フッ・・・仕留め、損ねたな・・・?」
「!!」
アムジィの声。そして、背爪型が動く気配。
「今の技、初めて使ったんだろ・・・? 命中精度は中々のものだったが、威力が足りないな・・・!」
煙が晴れた先には、五体満足で立ち上がる背爪型の姿があった。
しかし、背爪型の武器である両肩の副腕が、原型を留めないほどに溶けている。本体が無事なのは、副腕で熱線を防いだためか。
「しかし、よくもまぁこの練度の技を恐れずに放てたものだ。その度胸とこの副腕の有り様に免じて、今は勝負を預けるとしよう。他の連中も集まってきているようだしな」
「他の・・・?」
『プラシエ隊員、聞こえますか? まもなくリームダル隊長とバイルゥ隊員がそちらに合流します』
アムジィの発言を裏付けるかのように、観測班からの連絡が入る。
おそらくリームダルからもその旨の報告があったのだろうが、アムジィとの一騎討ちに集中していたプラシエの耳には届いていなかった。
「プラシエと言ったな。次に一騎討ちする機会があれば、コウヨウのついでじゃなく正面から相手してやるよ」
「あ、待っ・・・!!」
プラシエが制止する間もなく、背爪型はあっという間に液状化し、胸晶型の足元を抜けて偽装スギ林の奥へ消えていった。
「さて、プラシエ隊員」
「・・・はい」
局長室。
アムジィとの戦闘終了後、リームダルとバイルゥの活躍により敵の増援もないことが確認された後、支部に帰投したプラシエは黒澤に呼び出しを受けた。
「なぜ呼び出されたか、分かるな?」
「・・・局長の指示を待たずに、演習場でアムジィと戦ったからです・・・」
執務デスク越しに座る黒澤は、感情の読めない眼で真っ直ぐにプラシエを見据える。
言い逃れの余地もない一対一の状況に、返答自体はしっかりとしながらもプラシエはすっかり縮こまっていた。
「一番はそれだな。それと、石部くんが倒れた件についても、無罪放免という訳にはいかん。弐機隊の貴重な戦力が、一時的にとは言え急に動かせなくなったのだからな」
「そう・・・ですよねぇ・・・」
「支部局に被害を出さずにアムジィを撃退したのは称賛に値するが、それは結果論でしかない。独断でリスクの高い戦闘に臨んだという事実を鑑み、第弐機動部隊隊員プラシエを厳重注意処分とする」
「はい・・・」
淡々とした黒澤の宣告の後、局長室に重苦しい沈黙が流れる。
しかし、数拍置いてプラシエはその宣告の違和感に気づいた。
「・・・ん? 厳重注意処分?」
「何か?」
「え、それだけですか? 出撃停止とかじゃなくて?」
「それが望みなら、そうするが」
「うえぇいやいやいや、結構です! この度の処分、重く受け止め精進します!」
「・・・今日最後に放ったあの新しい技、よく編み出した。攻撃範囲の広い大技しか使えないのでは、ハッキリ言って扱いに困ると思っていたが、あのような技が使い分けられるのなら作戦の幅が広がる。それを加味してのこの処分だ」
「あ・・・ありがとうございます!!」
普段なら滅多に聞けない、"必殺技"に対する称賛の言葉。新技を褒められ、プラシエの表情がぱっと明るくなる。
「まぁ、あえて何かしらのペナルティを課すとするならば・・・石部くんにしっかり謝っておけ。自分が寝ている間にアムジィが現れたと知れば、彼は黙っていないだろう。彼からすれば、貴重な説得の機会をひとつ逃したといえる状態だ」
「! 確かに、そうか・・・」
「私からの話は以上だ。このまま医務室に行って、石部くんにしっかり怒られてこい」
「はい、失礼します!」
孝曜に不満をぶつけられると分かっているはずであるにも拘わらず、プラシエは笑顔で局長室を出ていく。
「・・・はぁ。我ながら、随分甘くなったものだ・・・」
廊下を走るプラシエの軽やかな足音を遠く聞きながら、黒澤はいつの間にか自分が軟化しているのを自覚し、一人苦笑した。
その時、部屋のドアを誰かがノックした。
「ん? 誰だ?」
「リームダルです。少しお話よろしいでしょうか」
「・・・? 入れ」
プラシエと入れ違いに入室したのは、弐機隊長リームダル。
作戦終了後の諸報告は通話で完了とするのが常なので、リームダルが今ここにくる理由に黒澤は心当たりがない。
「話とは? プラシエの処分なら、隊の運用に支障が出ないようにはしたつもりだが・・・」
「いえ、プラシエではなく、バイルゥのことで少し」
プラシエが医務室の扉を開けると、ベッドの上で上体を起こし、スマホに視線を落とす孝曜の姿が目に入った。
「孝曜!」
「よう、終わったみたいだな」
孝曜のスマホの画面には、プラシエが局長室にいる間に編集が済み隊員に公開された、プラシエ対アムジィの戦闘の様子を収めた映像が映し出されていた。
「アムジィが出たんだってな。俺が寝てる間に」
孝曜が目を覚ましたことに安堵し、涙目でベッドに駆け寄ったプラシエだったが、孝曜の言葉を聞いて医務室に来た目的を思い出す。
「あ・・・ご、ごめんなさい! 孝曜、アムジィと話ができるチャンスを・・・」
「そうだな、あんたに今朝背中叩かれてさえなけりゃ、俺がアムジィと戦えてたはずだ。というかそれ以前に苦しかったっての、飯喉に詰まらせてよぉ」
「うぅ・・・」
「・・・まぁでも、話を聞く限り、俺が危ないと思って戦ってくれたんだろ? ありがとうよ、追い払ってくれて」
「え・・・?」
「『え?』じゃねぇよ。何回も言わねぇからな」
「・・・うん」
つい直前まで溢していた恨み節は、原因が原因なだけに正論ではあるものの、機動部隊員としては幼稚とも思える孝曜の本音。
しかし、その後に続いたぶっきらぼうな感謝の言葉も、間違いなく孝曜の本音だった。
「・・・プラシエ? 青春してるところ悪いんだけど、もう一人謝らないといけない相手がいるんじゃない?」
「え?」
孝曜のことで頭がいっぱいになっていたプラシエに、デスクに着いていた角田が不意に声をかけた。
きょとんとするプラシエに、角田は入り口すぐ横のソファを指し示す。
心理的死角になっていたそこに腰掛けていたのは、赤く腫れた左の頬に氷嚢を当て、不機嫌そうな顔でプラシエの背中を見つめる花岡だった。
「あっ・・・」
「・・・・・・」
「・・・ごめんね?」
「・・・そうか。バイルゥの焦りも尤もだ。プラシエが対A級戦力として動けるようになれば、鎧骨格の性能的に一歩劣るバイルゥは確かに戦果を挙げにくくなるかもしれん」
リームダルの相談を聞き、バイルゥの今後の在り方について思案する黒澤。
「はい。勿論、日々の鍛練は私が惜しまず指導しています。ですが、私が教えられるのは身体作りと、格闘の基礎技術程度のこと。戦術以外で性能差を覆すほどのアイデアを与えるのは、私の手では難しく・・・」
「何か、良い意味で刺激を与えられればいいのかもしれないが・・・」
少し静かに考えた後、黒澤はデスクの引き出しから資料を取り出す。
「少し、支部から離してみるか。最低限、"彼女"に会えば気分転換にはなるだろう」
「その資料は・・・」
「ああ。中米支部の構成員リストだ」




