表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボーン・フロム・シルバースワンプ(連載)  作者: プサン・エトアル
第1話 銀は沼より出でて沼より深し
2/28

#1 スワンプマン

「肉体も記憶も性格も、元の男性と全く同じ、完全なコピーと言える存在が、死んだ男性に代わって家に帰り、代わって今まで通りの生活を送る。周りの人々は、男性がコピーに成り代わったのに誰も気づかない。これが『スワンプマン』です。これは怪談や都市伝説と言ったものではなく、一九八七年にアメリカの哲学者が考案した思考実験と呼ばれるもののひとつで・・・」


「・・・何これ?」

「いや、分かんね。俺はこんなの録画した覚え無いんだけど・・・」

 中学生の少年・石部孝曜(いしべ こうよう)が生活している祖父の家の、少し前に買い替えたテレビ。

 娯楽に乏しい田舎住まいで、かといって電車で片道1時間ほどかかる街にその都度出掛けるほど行動的ではない孝曜は、日中学校にいる間、気になる番組を録画するよう祖父に頼んでいた。

 土曜日、約束していた通り親友の水原晶(みずはら あきら)と一緒に録画した番組を見ようとテレビの録画一覧を開いたところ、孝曜も晶も知らない番組が一本録画されていた。祖父が自分の興味で録画したのだろうか。

「俺が勝手に消さないように、わざわざマークまで付けてら。意外と機械強いんだな爺ちゃん」

「何だっけ、『スワンプマン』? 聞けば聞くほどオカルトだよな。お爺さんこういう系むしろ嫌いそうなイメージだったけど」

「そうだな。でも、オカルトじゃなくて思考実験っつったよ。要はただの空想」

「聞いたことはあるような気がするな。男が死んで、近くの沼でコピーが生まれて、男に成り代わる・・・みたいな話だろ。で、その完コピ男は果たして元の男と同一人物として考えていいのかどうか、っていう」

「・・・うーん・・・」

 何気なく目に入った番組のテーマに対し、考え込む孝曜。

「・・・本気で考えてんじゃん」

「え? あ、いや、つい」

「これさ、一概に言えないと思うな俺は。例えば、男が自分の友達で、成り代わる瞬間を目撃した場合・・・とか」

 晶が出した、例のひとつ。

 気楽に笑い飛ばせばよかったものの、孝曜が何も返さなかったせいで、一瞬の静寂が流れる。

「・・・だから、マジになんなってば。こっちが気持ち悪いだろ」

「いやっ・・・別に・・・」

「で、そう思わないかって」

「俺は・・・コピーの自覚によるかな。コピーが本人のつもりなら本人として接するし、そうじゃなきゃ新しく生まれた別人として接する」

「ヒトってそんな器用じゃないと思うけどね」

「結構ドライだなお前」

「お前は特に」

「やかましいわ」

 問答を打ち切り、孝曜がテレビのリモコンを取って番組の再生を止める。

 元々観ようとていた番組の方へカーソルを動かし、再生ボタンを押そうとした指を止め、再び孝曜が口を開く。

「・・・何か引っかかってたんだけど、思い出したわ」

「は? 何が?」

「東の方の山に『瑞鐘池(みずかねいけ)』ってあったじゃん、今は沼地だけど。俺、瑞鐘池の昔話聞いたことあんだけど、それがスワンプマンの話に似てたんだ―――

 "山仕事の最中、倒木に巻き込まれて足に大怪我をした木こりの男が、家族のもとに帰りたい一心で瑞鐘池に眠る神様に祈りをささげた。すると神様は男の足を治すのではなく、五体満足な男の複製を産み出し、男の代わりに里に帰らせた。男が山で死んだと村の皆が気づいたのは、その何年も後に複製が死んで土塊に戻った時だった"

 ―――ってさ」

「・・・はぁ」

「スワンプマンの思考実験を考えた哲学者、何でわざわざシチュエーションを『沼』にしたと思う? 外国ならドッペルゲンガーとか、成り代わりってモンに関しちゃ有名な例が他にもあるだろ」

「お前もしかして、実話が基になってるって言いてえの? 日本の、しかもこんなド田舎の昔話が?」

「流石に瑞鐘池が発祥だとは思ってねえよ。でもさ、似たような環境・・・どっかの沼地で成り代わりがあったから、スワンプマンなんてもんを思いついたんじゃねえかって」

「そんなまさか・・・」

 晶は呆れた様子で、半笑いで返そうとする。しかし、特に否定するだけの材料も無く、そこから先が続かない。

「・・・行くか。瑞鐘池」

「は!? 今から?」

「気になっちまったんだもんよ」

「だからって別に実際に行かなくても・・・ハァ、言っても無駄か。今日止めても明日また行こうって言うだろお前は」

 孝曜は何でもかんでも首を突っ込むような人物というわけではないが、ひとたび好奇心を刺激されると何が何でも突き詰めようとする。その諦めの悪さを知っている晶は、説得を早々に諦めて孝曜に従うことにした。

「分かってんじゃん。茶とタオル持ってくるから先出といて。あ、あと母さんに線香あげとこ」


 孝曜の母・ひばりは孝曜を産んですぐにこの世を去っており、居間にある仏壇に飾られた写真の中で柔らかな笑顔を浮かべている。また、孝曜の父はひばりの死後、幼い孝曜を祖父の兼吉(かねよし)に預けてどこかに去っていったらしい。

 つまり、祖父に育てられた孝曜は両親というものを写真でしか知らない。親の面影を自覚できる点といえば、光を吸い込むような見事な暗さの、母譲りの黒髪ぐらいのものだ。

 孝曜が仏壇に線香をあげ母の遺影に手を合わせた後キッチンに行き、冷蔵庫で冷やしていた麦茶を二本のペットボトルに移し替えている途中、部屋を出ていく物音に気付いた兼吉が声をかけてくる。

「孝曜、出かけるのか?」

「うん、晶と瑞鐘池行ってくる」

「!・・・瑞鐘池・・・」

「爺ちゃん、変な番組録ってたろ? あれ見てちょっと気になってさ」

「・・・気を、付けてな」

「分かってるよ。よし、じゃあ行ってき・・・」

「孝曜!」

 ペットボトルをナップサックに入れ、玄関から走って出ていこうとした孝曜を、兼吉が叫んで呼び止める。

「えっ・・・どうしたの?」

「・・・・・・・・・本当に、気を付けるんだぞ・・・」

 孝曜を心配する兼吉の声と表情は、いつもより重く感じた。

「何だよ、怖いな・・・分かってるってば、深入りはしないようにするからさ」

 兼吉の様子を不思議に思いながら、孝曜は自転車を取りに納屋に向かう。

(・・・そういや、あの昔話って何か続きがあったような・・・どんなだっけ)


 孫の背中を見送った後、兼吉は複雑な表情のまま居間に向かう。ひばりの遺影の前に、孝曜があげた線香が細い煙を伸ばしている。

「・・・瑞鐘池。孝曜が産まれる前、お前が最後に行ったのもあそこだったな。何事もなければいいが、どうにも嫌な予感がしてならんよ・・・」

 ひばりの遺影に向かって座った兼吉は目を伏せ、孫の無事を祈るように両手を合わせた。



 瑞鐘池。みずかねという名前は、この池のある山がかつて水銀の鉱山だったことに由来する。山は水銀鉱山としては何十年も前に廃坑となり、瑞鐘池も水量の減少と泥の堆積により現在は沼や湿地と呼ぶ方が正しい環境になっている。

 孝曜と晶は山のふもとに自転車を停め、池が見える高さまで歩いてきた。

「で? 来たはいいけど何をするんだよ」

「んー・・・とりあえず一周してみるか」

「何も考えずに来ただろお前」

「まあ、たまにはただの山歩きもいいじゃんか。じゃ、俺はこっちから回るから。晶は逆回りで」

「別行動かよ。しかも何を探せってんだ」

「大丈夫だよ、対岸が見えないような大きい池じゃないんだし。何か気になる物があれば合流した時に教えてくれ」

「・・・んっとに、何も考えてねえなぁ・・・」

 思い付きのまま、二人は沼の外周をそれぞれ歩き始めた。


 外周の四分の一ほどを回ったあたりで、孝曜は自分の見通しが甘かったことに気付く。

(くそ、思ったより茂みが深いな・・・足元もロクに見えねえし、ちょっと目を離したら晶を見失いそうだ)

 晶が歩いている反対側の岸に目を向ける。背の高い雑草の間に、晶の頭がわずかに出ている。

(まあ、こんだけ草が生い茂ってりゃ、ぬかるみに足を取られるってこともねえのは救いだけど・・・)

 繁茂するガマやヨシがびっしりと根を張っているためか、沼地にしては足元がしっかりとしている。むしろ葉や茎で目を突かないことに集中した方がよさそうだ。

「うおっ!!」

 そう思った矢先、泥に突っ込んだような重い水音と一緒に、晶の声が上がった。

「晶ぁ? 意外とどんくさいなお前・・・大丈夫かー?」

 呆れながらも、孝曜は晶のところに合流しようと再び歩き始める。

「おーい、大丈夫かってー・・・」

 孝曜が異常に気付いたのは、その後だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ