#18 悪気はなかった
「おはよう宏和! 今朝のスタガ観た!?」
朝、機動部隊宿舎の廊下で、プラシエの元気な声が上がる。
彼女の言う"スタガ"とは、この地域で毎週土曜の朝にテレビ放送されているヒーローアニメ「STAR GUARDIAN」のことだ。
概要としては、"星の力"を身に宿す主人公スバルが宇宙の侵略者から地球を守るという王道なもの。プラシエはこれをいたく気に入っており、彼女が鎧骨格での戦闘において派手な見栄切りや必殺技に拘るのはこのアニメの主人公を真似ているためである。
これを毎週欠かさず視聴した上で、プラシエに勧められて以来視聴を続けている花岡と語らうのが、プラシエの毎週土曜の恒例行事となっている。
とはいえ、STAR GUARDIANは子供向けアニメであり、実際のところプラシエほどの熱量を花岡も持っているか、というとそうでもない。
「おう、観たよ。とうとう四天王の一人が出て来たな」
「『"守護者"とは大層な通り名だが、力が物言う一対一の戦いではどうかな!?』とか言ってたけど、やっぱスバルが負けるはずないんだよね!!」
敵の軍勢に主人公が一人で立ち向かい、大技で一挙に撃退するというシーンが多かったこれまでのストーリーから一転、幹部クラスの強敵との一騎討ちという新たな展開に、プラシエはひとしきり盛り上がる。
そうして感想戦が終わらないうちに、2人の足は食堂にたどり着いた。
そこで目に入ったある人物の姿に、プラシエは違和感を覚える。
食堂の窓側の席で、孝曜が静かに朝食をとっていた。
「あれ? 孝曜だ。朝からいるなんて珍しいね」
「ん? ああ、昨日作戦終わりに佑樹(※対外班の神田)が拾ってきたんだよ。だから昨夜から泊まってたんだな」
「佑樹が? そういえばそんなこと言ってたっけ」
花岡に説明され、孝曜が土曜の朝からフォートレスにいる理由を思い出したプラシエ。彼女はそのまま、嬉しそうに孝曜の席に駆け寄っていく。
「おっはよう孝曜!!」
「んぶっ!!?」
大きな声で挨拶すると同時に、孝曜の肩を勢いよく叩いた。
背中越しのプラシエの視点だと気付かなかったが、孝曜はその時ちょうど味噌汁を飲んでおり、背後から急に衝撃を受けた孝曜はひどく咳き込む。
「プラシ・・・エ゛ッホゲホゲホッ、ゴホッ!!」
「土曜の朝から会うなんて珍し・・・えっと、大丈夫?」
「ゲホッゲホッ・・・グッ・・・!」
「・・・こ、孝曜?」
続いていた咳が不自然に止まる。
しばらく黙り込んだあと、孝曜は椅子ごと床に倒れ込んだ。
「えっ!? ちょっ、孝曜!! だ、誰か! 医務班ーッ!!」
「誤嚥による窒息、酸欠ね。喉に詰まらせてたものは既に吐き出させたから、安静にしてればそのうち起きるでしょう」
医務班長の角田が言う。
医務室のベッドで静かに眠っている孝曜から、向かいの椅子に座って半泣きで縮こまるプラシエに移された角田の視線は、その隣から彼女の顔を見上げるコハクと同様、呆れの情をこれでもかというほど含んでいた。
「・・・いつだったか、孝曜よりは精神年齢が上だと言い張ってたスワンプマンは誰だったかな」
「・・・はい」
「そもそも人間もスワンプマンも無いわよ、食事中にいきなり驚かせたら危ないに決まってるじゃない。身体弱いヒトだと誤嚥が原因で肺炎になったりもするんだからね?」
「はい・・・ごめ゛ん゛な゛さい゛・・・」
軽はずみな行動が大事になってしまったことに対する動揺と孝曜の容態に対する不安から、プラシエは反省の意を口にしながらポロポロと涙を流す。
「もう・・・本当に子供みたいね」
「その謝罪は、孝曜が起きたら本人にしなさい。いいね?プラシエ」
「あ゛い゛・・・」
「さて、後は私が看とくから、2人は部屋に戻りなさい。医務室は健康な人が押し掛けるような場所じゃないわ」
事務仕事に戻るため部屋の隅のデスクに着く角田。
退室を促されたコハクは医務室を出ようとするが、プラシエは孝曜の側に座ったまま動かない。
「プラシエ?」
「・・・あたし、ここに居ます。孝曜が起きるまで」
「訓練とかないの?」
「今日は午後からです」
「・・・居るのはいいけど、別にやることも何もないわよ」
「大丈夫です・・・爺ちゃんは先戻ってていいよ」
「はいはい、落ち着いたらプラシエも戻るんだよ」
やれやれ、というような様子でコハクはプラシエを残して医務室を出ていった。
「・・・」
医務室が静寂に包まれる。
角田が言った通り、部屋に居残るプラシエにできることが特にあるわけでもなく、角田が書類にペンを走らせるサラサラという音だけが滑らかに流れる。
「・・・はぁ・・・」
「反省なら自分の部屋でもできるでしょ」
「そうですけど・・・起きたらすぐに謝りたいし・・・」
「貴女のその様子じゃ、起き抜けに肩揺さぶったりしそうで怖いわね」
「うっ・・・し、しませんよそんな事・・・」
「まぁ、はしゃぐ気持ちは分からなくもないわ。久々に歳の近い仲間ができて嬉しかったんでしょ? ルゥ以来って考えると1年ぶり・・・いえ、もっとかしら」
「はい・・・」
新たな仲間を喜ぶのは悪いことではないと思いつつ、図星を突かれたプラシエは少しバツが悪そうにはにかむ。
「壱機隊の子達ともすぐに仲良くなったし・・・今回はちょっとやりすぎだったけど、貴女の明るさは、私たち大人からすればありがたいものよ。お陰様で、若い子が新しく入隊しても心配は要らなそうだわ」
「大人からすればって、あたし子供だと思われてます?」
「あら、何か異論でも?」
「ないです・・・」
一時のテンションで孝曜を気絶させた手前、何も言い返せない。
またも沈黙が流れそうになったところで、プラシエは孝曜について気になる点があったことを思い出した。
「・・・あ、そういえば孝曜が入隊してすぐの身体検査も医務班でやったんですよね? 何か分かりましたか?」
「ん? そうねぇ・・・人間にしてはちょっと平熱が高いのと、血液中にほんの少しだけ銀漿の成分が含まれてたけど、それくらいかしら。総合結果としては人間と判断するしかないんだけど、それなのにどうして鎧骨格を扱えるのか、その理由は結局分からずじまいね」
「そうなんですか・・・先生はどう思います?」
「どうって言われても、私には検査結果以上のことは分からないわ。その辺りのことは、弐機隊の貴女やコハクの方がよく分かるんじゃない? 今は分からなくても、これからね」
「・・・そうですね。戦い続きになると孝曜も辛いだろうけど、あたし達が仲間として支えてあげたいです。人間とヴィブムス・・・孝曜とあたし達スワンプマンが、互いのことを本当に理解できるまで・・・」
2つの種族が戦闘以外の方法で交流できる日が来ることを願い、プラシエは静かに呟く。
その時、廊下に面する扉を通して、けたたましい警報音が聞こえてきた。
「!! 出現警報・・・!!」
プラシエは反射的に椅子から立ち上がるも、孝曜のことが気に掛かり一瞬躊躇する。
しかし、すぐに決心し、角田に告げる。
「先生、あたし行きます。孝曜をお願いします」
「心配に思うんなら、怪我せずに帰ってきなさい。起きたらすぐに謝りたいんでしょ?」
「はい!」
医務室を飛び出していくプラシエの背中を、角田は優しく見送った。
「・・・まぁ、スワンプマンが戦闘で"怪我"することなんてないんだけどね。鎧骨格の構造上、負うとすれば治療の難しい重度の"熱傷"・・・無茶だけはしちゃ駄目よ、本当に・・・」