#17 土俵際
『すまん緑門、1匹そっちに抜けた!!』
「! 全部向こうで片付くかと思ってたんだがな・・・!」
前線で戦う小野寺からの通信。
緑門の防衛戦仕様機のメインカメラに、商店街の中央通りを突っ切り一直線にこちらに向かってくる、B級鎧骨格・肩壁型の姿が映った。
「緑門さん、俺が止めます」
同じく中央通りに立っていた孝曜の腰甲型が、真正面から肩壁型を迎え討つべく数歩前に出る。緑門の防衛戦仕様機は孝曜をいつでも援護できるよう、盾とマシンガンを正面に構えた。
肩壁型はそれでも走るコースを変えず、まっすぐに突っ込んでくる。
「通れると思うなよ・・・!」
孝曜は盾を広げて腰甲型を走らせ、肩壁型との距離を詰める。
そして、盾の腕を伸ばして肩壁型の胴体を両側から鷲掴みにし、そのまま抱え上げた。肩壁型は持ち上げられたまま踠き続けるが、抜け出すことはできない。
「・・・ふう。さて、ここからどうしたものか・・・」
肩壁型の動作と攻撃を封じたところで息をつき、孝曜は思案する。
目の前にいる肩壁型も、前回の出撃で戦ったB級鎧骨格たちと同じ銀色の頭。つまり乗り手に自我はない。
しかし、人間(の姿をした者)が中に乗っていると分かっている以上、掴んだ胴体を握り潰すのは孝曜の本意ではない。
先日の出撃でのプラシエの戦い方を鑑みれば、熱線による攻撃であれば、乗り手を殺さずに鎧骨格の装甲だけを吹き飛ばすことは不可能ではないと思われる。プラシエは技こそ派手だが、軽率に相手を殺すような性格には見えない。
しかし、腰甲型の熱線の威力を加減できるかどうかが、自分でも分からない。
孝曜が初めて熱線砲を使ったアムジィとの戦い。あの時は追い込まれていたこともあり、全力の熱線を放った。
今はあの時よりは冷静だが、もしあの時と同じ出力で放ってしまえば、肩壁型のコクピットを乗り手諸共に吹き飛ばしてしまう可能性もある。
決心が付かず悩む孝曜。
しかし状況は、孝曜の決断を待ってはくれない。
《石部、そいつは"肩壁型"だ! 取り押さえるなら肩を押さえろ!》
「肩・・・?」
緑門の言う肩壁型の肩は、上腕と一体化するような形で大きく膨らみ、ヒト型と呼ぶにはアンバランスなシルエットを形作っている。
その肩が、緑門の警告とほぼ同時に、バキンと音を立てて縦に割れ、その中から赤熱する"芯"のようなものが露出した。
《まずい・・・!》
緑門が焦りの声を漏らしつつ、肩壁型に照準を合わせたマシンガンの引き金を引く。
しかし、その弾丸は肩壁型の肩を中心に発生した、熱エネルギーによる球状のバリアによって、肩壁型の体に着弾することなく溶け落ちた。
肩壁型の上半身を熱バリアが覆い、さらに肩壁型の体を掴む腰甲型の盾の腕にも接触してじわじわと灼き始める。
「っ!! こいつ・・・!!」
《防衛戦仕様機の装備じゃ無理か・・・! 石部、早く熱線を撃て!! 腰甲型が無事でもお前が倒れるぞ!!》
「くっ・・・」
緑門の警告を受け、孝曜は迷いを振り切り熱線の発射態勢に入る。盾の腕を腰甲型本体の腕で支え、盾の腕の表面装甲が展開し、機体の熱エネルギーを盾に集中させる。
しかし、孝曜自身には無い"もう一対の腕"への熱が、幻肢痛のように孝曜を苛み、熱線を撃つために必要な集中を著しく妨げる。
「ぐっ・・・!!」
この状態では、熱線は使えない。かといって肩壁型を下ろしてしまえば、腰甲型の代わりに町が焼かれてしまう。
灼熱の結界に呑まれ体力を蝕まれる中、孝曜の脳裏に先日の初陣の様子が浮かぶ。
孝曜はA級鎧骨格腰甲型に乗っていながら、油断によりB級鎧骨格である爆腕型に倒された。
バイルゥとの模擬戦を含めれば、孝曜はすでに二度、格下と言うべきB級鎧骨格に苦汁を舐めさせられている。
「俺は・・・また負けるのか・・・!?」
高熱で意識が朦朧とする。孝曜は、自らの三度目の敗北を想起した。
《いや、よくここまで耐えた。お前の勝ちだ》
孝曜の意識を繋ぎ止めたのは、緑門とは異なる誰かの声だった。
岩に鑿を打ち込むような強い金属音が、辺り一帯に鳴り響いた。その直後、肩壁型と腰甲型を包んでいた熱の結界が揺らぐように消え失せ、拘束を振りほどこうと盾に加えられていた力がふっと抜ける。
「えっ・・・?」
腰甲型の盾の両腕の間から、肩壁型が力無く滑り落ちる。地面に落ちた肩壁型の体は、縦真っ二つに分かれていた。
視線を腰甲型の足元から正面に戻すと、そこには片手剣を唐竹に振り下ろした姿勢のまま静止している、小野寺の指揮官機の姿があった。
「小野寺隊長・・・」
『隊長、その剣エネルギー切れたんじゃなかったんですか?』
『キューヴィエ本体のバッテリーに繋ぎ直したんだ。それで何とか間に合ったが、今度こそエネルギー切れだ。もう一歩も動けん』
小野寺の指揮官機からは、ST特有の駆動音が聞こえない。
「助かった・・・隊長、大丈夫ですか?」
《こっちは大丈夫だ。前線は今しがた安芸山たちが片付けた。お前こそ大丈夫か》
「はい、ちょっと火傷したぐらいのもんです。でも・・・あんなに勇んで出てきたのに、役に立てなかった・・・」
敵を全て撃退し、駅の向こうから手を振る壱機隊のSTの姿を見ながら、それに対しほとんど何もできなかった自分を孝曜は悔いる。
《いや、よくやったさ。俺一人では、まぁ町に抜けられることはなかっただろうが、バリアの熱で延焼して被害はもっと出ていただろう。それをお前が全て守りながら、隊長が来るまでの時間を稼いだんだ。お前の勝ちだよ》
客観的ながらも優しい緑門の言葉に労われ、孝曜は自信を取り戻すことができるような気がした。
「・・・ありがとうございます。次は、もっと完璧に守ってみせます」
戦闘が終了し、対外班による被害状況の確認や周辺住民のケアなどの事後処理が始まった。壱機隊のSTも、完全にエネルギーを使いきった小野寺の指揮官機以外は、瓦礫の撤去や物資の運搬などの重作業を手伝っている。
緑門いわく、居住区近くで戦闘が行われた場合は毎度こうしてSTが事後処理に参加し、住民には"自衛隊と提携するロボット工業会社"か何かだと思われているらしい。
その中に鎧骨格が混じると住民が不安がるということで、孝曜は先に現場を離れることとなった。
「さて、じゃあ・・・どうしようかな、山の麓にでも行くべきか」
鎧骨格から降りるところを一般人に目撃されないよう、人目に付かない場所を探す孝曜。
その時、支給スマホに着信が入る。表示されている発信元は黒澤ではなく、対外班と書いてある。
「はい、石部です」
『あ、もしもし石部くん? 対外班の神田です。ほら、水曜日に支部から君のご実家まで車で送った』
「ああ、神田さん。どうしたんですか?」
『今腰甲型から降りるところでしょ? 地図送るから、ピンが刺さってる所に行ってから腰甲型解いてくれるかな』
神田がそう言った後、孝曜のスマホに蔵山町の地図が表示される。その中で目的地を示すピンが刺さっている場所に孝曜は覚えがあった。
「・・・瑞鐘池?」
『そうだ、そこに君の腰甲型のタンクが置いてある。あの辺はしばらく人が寄り付かないだろうからね』
孝曜が蔵山商店街を離れ、虚蔵山の瑞鐘池に向かうと、孝曜の銀漿タンクと、見覚えのある自動車が一台停まっていた。
孝曜が腰甲型を銀漿化してタンクに戻し、地表に降りたのを見計らい、神田が車から降りて孝曜に声を掛ける。
「やあ、お疲れ」
「お疲れさまです。どうしたんですか、わざわざ」
「迎えに来たんだよ。今日金曜日だから本当なら明日来るつもりだったんだけど、もう戦闘の事後処理ついでに拾っていこうってね。ご実家と学校には病院の体で連絡いれとくからさ」
「はぁ。急っすね」
「明日また来るのも二度手間だしね。あと、今お友達のところに合流したら色々問い詰められると思うよ。避難中にいきなりはぐれたんでしょ」
「まぁ・・・そっすね。じゃあ、お願いします」
孝曜が納得したのを確認し、神田は実家と学校への対応を対外班に、銀漿タンクの輸送を輸送班に連絡した。
それを終えて孝曜と共に車に乗り込んだ時、神田がふと、孝曜のズボンの後ろポケットに捩じ込まれたビラの束に気付いた。
「石部くん、それは?」
「え? ああ、これは晶の・・・えっと、アムジィの元の姿の、捜索用のビラです。学校では行方不明者ってことで通ってるんで」
「そうか。そのビラ、1枚もらえるかい?」
「意味あるんですか? 晶とアムジィは別人なんでしょ」
「あるさ。フォートレスでアムジィの顔を知ってるのは君だけだ。でも、これで皆に人相を共有できる。特にボクら対外班は、もしかしたら生身で遭遇する機会があるかもしれないしね」
「なるほど・・・じゃあ、とりあえず1枚。見かけたら、よろしくお願いしますね」
神田は孝曜からビラを1枚受けとり、ダッシュボードにしまった。
「しっかし君は、話題に事欠かないな。フォートレス全体で見てもダントツ若い中学生で、人間なのに鎧骨格を使えて、入隊して初めての出撃でマディオンに出くわして、今回は市街戦に無断出撃ときたか。とんだ騒がせ者だよ」
「・・・悪目立ちしてますよね、俺」
「ははっ、まぁいいんじゃない? プラシエなんかも、入隊してすぐの頃はもっと何というか、じゃじゃ馬だったよ。山火事起こして謹慎食らったりさ」
「謹慎・・・」
「でも、失敗しても、局長や隊長、みんなが助けてくれる。ヒトを守る強い意志があるなら、それを信じて戦えばいいさ」
「・・・はい」
孝曜は市街戦への無断出撃を咎められないか気に病んでいたが、神田はそれを笑ってフォローした。
その後も、他の隊員や職員の普段の様子など、戦いに身を置き続けていては知ることのできないような他愛ない話を聞きながら、日が沈み夜の帳に包まれつつある日本支部局への道を走る。
孝曜の意識はやがて、戦いとは無縁な車の揺れを優しく感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。




