#16 蔵山駅戦線
「あっ!!」
駅の方角で発生した骸骨の化物とロボットたちの戦いから、走って逃れていた学生たち。
その中で、集団からやや遅れて走っていた藤田が声を上げた。ドサッという痛々しい音に、近くを走っていた佐々木がすぐに気付き振り返る。
「藤田! 大丈夫か?」
「痛っ・・・膝打った・・・!」
転んだ拍子に膝を強打したらしい。立ち上がろうとする藤田だが、足に上手く力が入らず再び地面にへたりこんだ。
「こりゃ走れねぇな・・・ほら、おぶってやるから! 急げ!」
「ごめんね・・・」
新聞部顧問の島田は還暦近い老体のため、人一人背負って走るのは無理だ。そう判断した佐々木は、自分が藤田を運ぼうと彼女の側に屈んだ。
その時、一際大きい衝撃音が二人の耳に届く。
反射的に駅の方に振り向くと、駅の駐車場に停められていたであろうバイクが、怪物とロボットの戦闘の余波で宙高く跳ね上げられた様子が目に映った。バイクは激しく乱回転しながら、商店街の中央通りを突っ切って佐々木と藤田へと迫る。
「きゃああああ!!」
「危ない!!」
自分と同等以上の大きさの金属塊が襲い来る光景に対し逃げることもままならず、悲鳴を上げる藤田。佐々木は背負った藤田ごと近くの建物に逃れようとするが、間に合わない----
しかし、グシャッとバイクが派手にひしゃげる音こそしたものの、佐々木たちが覚悟した痛みを感じることは終ぞ無く、何かが近くを通過したことによる風だけが届いた。
「・・・? あれ、何ともない・・・」
自分達が無事だったことに気付き、伏せていた目線を上げる。
二人の目の前にあったのは、駅の向こうで暴れているものによく似た、銀色の骸骨の巨人の姿だった。
その頭は黒い兜のようなものに覆われているが、そのような些細な違いを気にする余裕は藤田たちには無い。
「ひっ・・・!!」
「き、来た・・・!! 殺される・・・!?」
怯える二人。
しかし巨人は右手に掴んでいたバイクを、道路の反対側に投げ捨てた。二人に対する敵意や殺意は感じられない。
「あ・・・さっきのバイク・・・」
「・・・もしかして、俺達助けられたのか・・・?」
「佐々木と藤田さん、だよな? さっさと逃げてくれ、足元にいつまでも居られると危ないから・・・!」
クラスメイトを窮地から救った鎧骨格の乗り手、孝曜は二人に避難を促す。
《鎧骨格からの声は普通の人間には聞こえないよ、石部くん》
「あ、そうか・・・って、誰っすか?」
STとオステオンの間で通信をするための周波数帯「伝導回線」を通して、孝曜に壱機隊員を名乗る声が届く。
孝曜が周囲を見渡すと、通りを一つ挟んだ向こう側に、重装甲のSTが1機、駅の方向に向かって機関銃を構えて立っているのが見えた。
《壱機隊の緑門って者だ。それより、弐機隊に出撃命令は出てないはずだが?》
「・・・局長にも言われましたよ、出るなって。でも、クラスメイトが巻き込まれてんのに黙って逃げろなんて、俺には無理でした」
《・・・そうか。まぁ何にせよ、今から前線に出ても隊長たちの邪魔になる。俺と一緒にここで防衛線を張るんだ》
「やっぱり、『スワンプマンは市街戦に加わるな』ってことですか?」
《それもあるが、腰甲型の性能的にも"守る戦い"の方が得意だろう?》
「・・・そうですね。わかりました」
前線を壱機隊に任せ、孝曜は町の防衛に並ぶことになった。
蔵山商店街防衛戦前線、蔵山駅裏手。
観測班によって事前に検知されたB級3体・C級6体の敵性鎧骨格の内、B級2体とC級2体を小野寺、C級4体を安芸山、残るB級1体を花岡が相手取っていた。
C級鎧骨格・指兵型は各個の力より数で押してくるタイプの敵であり、B級以上に比べれば特筆する性能も個体差も無い、いわば雑兵。
幾度もの戦場を潜り抜けてきた小野寺や乱戦を得意とする安芸山の敵ではなく、双方既に残るはあと1機ずつというところまで数を減らしていた。
花岡はこの3人の中では最も若手だが、それでも冷静に戦えばB級鎧骨格相手に一対一で後れを取るほど弱くはない。
壱機隊全機が健在で、残る敵は5体。さらに今、小野寺の指揮官機が振るう剣が、B級の胴体を横一閃に両断し、このまま緑川の出番もなく勝敗は決する---かと思われた。
だが、数の力というものはふとした時に、些細な要素を切欠に実力差を覆す。
「おいトビ! これ本当に大丈夫なんだろうな!!」
指揮官機のメインモニターの隅に、エネルギー残量に関する警告が表示された。整備班長猿飛が指揮官機に装備させた試作武装「ステゴ」の内蔵バッテリーが尽きようとしていたのだ。
『んー、思ったよりも短いなぁ。一旦盾の出力切れぇ、剣の方も半分でいいだろぉ』
「くそっ、安易に話に乗った俺が馬鹿だった・・・!!」
ステゴは、高出力エネルギーにより強化される一対の剣と盾である。数値上のスペックは悪くないものの、仕様書に目を通した時点で小野寺が懸念していた通り、出力を維持したままでの稼働時間がかなり短い。
性能の優位を失わないよう、小野寺は仕方なく猿飛の助言に従い出力を落とした。
『なっ!? 野郎、どこ行く!?』
その矢先、通信越しに花岡の叫び声が上がった。
「今度は何だ!!」
STの死角を補うサブカメラで花岡の戦況を確認すると、彼が対峙していたB級鎧骨格が突然向きを変え、商店街の方に走り出したのを画角に捉えていた。
花岡の近接戦仕様機がすぐさまそれを追って動く。
同時に、小野寺を取り囲んでいた敵がそれに反応するように一斉に花岡の方を向いた。
「行かせるか!!」
小野寺は花岡の邪魔をさせまいとステゴの剣を振るう。残る一体のB級の首を落とし、花岡を追おうとする指兵型に向かい剣を袈裟懸けに振り下ろす。
しかし、指兵型の機体に刃が触れる直前、ステゴの駆動音が急激に小さくなった。
「っ!! もう切れるのか・・・!!」
バッテリー切れにより威力を失ったステゴは指兵型の装甲を削るものの、動きを止めるには至らない。
小野寺の間合いから逃れた指兵型が花岡に迫る。花岡は町に向かうB級を追うことに意識が集中しており、後方から迫る指兵型に気付かない。
『宏和君!!』
警告の声を飛ばしたのは、狙撃特化機に乗る紋瀬。その警告からほぼ間を置かずに、スナイパーライフルの弾丸が着弾し、指兵型の頭を吹き飛ばした。
「雑魚に構うな!! 本命を取り逃すぞ!!」
小野寺の口から発せられたのは、賞賛ではなく叱責だった。
もし紋瀬の狙撃があと一瞬でも遅れていれば、花岡は攻撃を受けていただろう。
しかしそれでも、防衛戦というこの状況においては、紋瀬は花岡に迫る指兵型より、街に向かうB級鎧骨格を撃つべきだったのだ。
「斑井、止めろ!!」
紋瀬の狙撃特化機のライフルの次弾装填が間に合わないと判断し、紋瀬のフォローに配置していた斑井に指示を出す。
しかし、斑井の防衛戦仕様機のマシンガンは一目散に町に向かうB級の急所を捉えることができず、機体各所の装甲を一部弾き飛ばす程度の結果に終わった。腕部内蔵の電気スパイクを当てようにも遠すぎる。
『すいません、防衛戦仕様機じゃこの位置からは駄目です!!』
「くっ・・・すまん緑門、1匹そっちに抜けた!! 紋瀬装填急げ!!」
まだこの場に敵が残っている以上、包囲を抜けた1体のために陣形を崩すのは愚策。斑井に深追いをさせないよう、小野寺が紋瀬に指示を飛ばす。
『聞こえますか、こちら観測班。ただ今より、石部孝曜弐機隊員の腰甲型が戦線に参加します。現在位置はJC1-A1の近くですが、緊急出撃につき識別マーカーがレーダーに表示されません。前線に加える場合、モニター側のマーカーと機体色を頼りに誤射を避けるよう注意してください』
「石部が・・・? 何考えてんだ、誰も止めなかったのか? いや、今は不幸中の幸いというべきか・・・」
観測室からの通信に小野寺は訝しむが、今はその例外的な事態を好都合と判断した。
町の最終防衛ラインに立つ緑門、そして急遽参戦した孝曜に、B級最後の1体の処理を託す。
「前衛も残りを片付けたらすぐに追う。それまでは頼むぞ、緑門、石部・・・!」




