#13 束の間の日常
過去幾度もフォートレスの機動部隊を退けてきた、記録上最強の敵性スワンプマン・マディオンに遭遇するという想定外の事態に見舞われながらも、孝曜の初任務は無事に成功を収めた。
水曜日の午後、孝曜は連絡用の支給スマホを受け取り、対外班員の車で送られいったん家に帰ることとなる。
フォートレスに孝曜のような子供が参入するケースは非常に稀(人間の職員は全員18歳以上もしくは身寄りのない者。スワンプマンは寄生宿主が行方不明者として扱われるため所在の秘匿以外に煩雑な情報処理を必要としない)で、さすがに中学校を中退させるわけにはいかないということで、この運びとなった。
明くる木曜日の朝。孝曜は実に5日ぶりに中学校に登校した。
孝曜が教室に入ると、入室に気づいた何人かのクラスメイトがチラリとこちらを見た後、それがしばらく休んでいた孝曜であることに気付いて二度見する。またその一部は、孝曜の容態を本気で心配していた様子で声をかけてくる。
「石部! 久しぶりじゃん!」
「おう、おはよう」
「入院してたって聞いたぞ。もう大丈夫なのか?」
「ああ、怪我自体は大したことなかったんだ。検査も結局何もなかったし」
「そうなのか、よかった・・・けど、水原は・・・?」
「!」
クラスメイトの口から出た晶の名前に、孝曜はとっさに反応しそうになるが、冷静にそれを抑え込む。
「・・・行方不明、なんだってな」
ヴィブムス、特にスワンプマンについてはフォートレスから箝口令が出されている。下手なことを言わないように、孝曜は晶の行方を知らない体で通すことにした。
「石部は心当たりないのか? どこ行ったのかって」
「・・・いや、俺は気付いた時にはもう病院にいて・・・どのタイミングから晶がいなかったのかも覚えてねぇんだ」
「・・・そう、か・・・石部も分からないんじゃ、俺たちにできることはないな。早く見つかるといいけど・・・」
晶を探すアテもなく、ただ晶の無事を祈るしかないクラスメイトたち。
そんな中、停滞した状況に一石を投じるクラスメイトがいた。
「いや、諦めるにはまだ早いよ。石部くん、事故直前のこと、覚えてる範囲でいいから教えてくれない?」
男子達の間に割って入ったその女子生徒、藤田の手には、ペンと手帳。確か彼女は、新聞部の部員だったはずだ。
「・・・学内新聞の記事にするの?」
「あっ、ううん違うの。記事のネタにするつもりはなくて・・・ビラを作ろうと思ってさ。ほら、『探しています!』みたいな、たまに役場とか警察署の入り口に貼ってるじゃない」
「あぁ、なるほどなぁ・・・うーん・・・」
「事故の時にショックなことがあったとかなら、無理に思い出さなくてもいいよ。でも、水原くんに帰ってきてほしいのは、わたしも皆も同じだから」
ヴィブムスのことを知らないクラスメイトに、できる限り晶のことは追わせたくない。
だが、ここで断るのも彼女の目には不自然に映るだろう。孝曜と晶が幼少から付き合いのある親友であることは、同じ小学校から進学してきたメンバーならほぼ全員が知っている。
「・・・わかった、協力するよ。当日の服装とかだよな?」
「! そうそう、些細なことでもいいから」
瑞鐘池に行くまでの時点の情報なら、与えたところで大した進展はないだろう。そう踏んだ孝曜は、情報収集用のビラ作りに協力することにした。
晶に関する話題は藤田の独壇場となり、最初に孝曜に声をかけた男子たちは一転蚊帳の外に。
彼らは藤田に後を任せて自分の席に戻ろうとしたが、その内の一人がやや穿った意見を口にした。
「でもさ、ちょっと変だと思うんだよな。瑞鐘池のあたりで地滑りがあったっていっても、ニュース見た感じだとそこまで大規模じゃなかったんだよ。石部が助かって水原だけが埋もれてるなんてことあるのかな」
「埋もれっ・・・ちょっと佐々木くん!」
歯に衣着せぬ佐々木の言葉を聞き逃さなかった藤田が振り返り、佐々木を咎めた。
「だって、土砂災害で行方不明っつったら埋もれたからだろ。そうじゃなくて、むしろあの規模で埋もれるはずないのに何で見つからないのかって・・・」
「そういう問題じゃないでしょ! 石部くんが一番水原くんを心配してるはずなのに、そんな不吉なこと・・・!」
無神経なことを言ってしまったと気づき、佐々木がバツの悪そうな顔をして孝曜を見る。
「・・・悪い、石部」
「・・・いや、気にすんな。それより、現場に行って探そうなんて思うなよ。小規模でも土砂災害には変わりねぇ、俺らみたいな素人が行っても危ないだけだ」
「お、おう・・・」
「ほら、もうこの話は終わり。誰か理科と英語のノート貸してくれよ。次の授業までに写すから」
やや強引に話を切り上げ、ごく普通の学生として振る舞おうとする孝曜。
藤田の指摘通り、平静を装いながらも心中は決して穏やかなものではなかったが、その思惑は他の生徒達とは異なる所にあった。
(・・・晶は死んじゃいない。でも、次会う時に話すのはあくまでアムジィだ。学校の皆が深入りしたら命に関わる。この件は俺とフォートレスだけで片付けないと・・・)
今の晶は、人間を敵視する異種族。その行方を、一般人に尻尾の先でも掴ませるわけにはいかないのだ。
5日ぶりの学校生活は、思っていた以上にいつも通りの平凡な一日で、休学中に先に進んでいた授業内容に付いていくのにやや苦戦したこと以外は大した問題もなく、下校の時刻となった。
変化があったのは、復学翌日の金曜日、朝のホームルームでのこと。
「・・・うん、こんなところかな。私からの連絡は以上です。最後に何か、お知らせとかある人はいますか?」
いくつかの連絡事項を共有した後、〆に担任が生徒達へ問いかけると、すかさず藤田が手を挙げた。
「はい、藤田さん」
「新聞部からのお願いです。水原くん捜索のビラを作りました。放課後予定のない人はビラ配りの協力お願いします。引率として新聞部顧問の島田先生が一緒に来てくれますが、人数次第ではもう一人二人、他の先生にも同行をお願いする予定です」
ハキハキと話す藤田の手元には、孝曜が提供した情報を中心に記載された、目撃情報を求めるビラの束が用意されている。
「あら、もうできたのね。でもそういえば、行方不明の届け出はもう警察に出してあるって聞いたけど?」
「それはそれ、これはこれですよ。警察の人たちも探してはくれるでしょうけど、ポスターは多分警察署か交番にしか貼ってないし、わたし達はわたし達で出来ることをしたいんです」
「うん、居ても立ってもいられないものね。私も出来る限り協力します。今日からやるの?」
「はい、とりあえずまずは蔵山商店街ででも」
「分かりました。人数増えそうなら教えてね、車出すから」
「ありがとうございます。新聞部からは以上です」
藤田が着席し、他に共有事項がないことを確認して、ホームルームは終了する。
直後、10人弱の生徒が藤田の席に集まり、わいのわいのと彼女を取り囲む。協力の申し出だろう。
藤田は皆の勢いに驚きながらも人数を数えて参加者の名前をメモし、教室を出ていこうとする担任を呼び止めに行った。
(あの人数即決かよ。良い奴らだな、皆・・・)
晶のためにすぐさま動いてくれたクラスメイト達に、孝曜は心の中で感謝した。




