#12 壱機隊のお約束
「・・・」
フォートレス・ハック第1機動部隊宿舎。
弐機隊宿舎との間にある休憩所で、隊長の小野寺辰生が支給スマホの画面を睨み付けるように静かに眺めていた。
流れている映像は、先ほど任務完了の連絡が入った、弐機隊の戦闘の様子。
壱機隊のSTのカメラアイは、捉えた映像を観測班へのリアルタイムで中継する機能を備えている。それに対し、弐機隊の鎧骨格はカメラを取り付けることができないため、代わりに輸送班が管理するドローンによって空撮が行われ、戦闘の映像が支部に共有されることになっている。
(石部・・・この、戦いに熟れた感じは何だ? シュミレーション訓練を積んだ壱機隊員でも、初戦はこう上手くは戦えない。やはりただの"オステオンを扱える人間"ではない・・・?)
プラシエの助言があったとはいえ、30秒にも満たない間に駆蹄型の特性を把握し、爆腕型にイリアムの頭を吹き飛ばされてもすぐに復帰し、あまつさえプラシエを瞬殺するマディオンの槍さえも受け止めてみせた孝曜。
15歳の人間という自我を主張しながら、鎧骨格による戦闘を現役隊員と同等の水準で乗り越えてみせた孝曜の力量とイリアムの性能に、小野寺は違和感を禁じ得なかった。
マディオンの噴槍型が映像内から姿を消し、リームダルの完了報告によって映像が締め括られようとしたところに、小野寺の背後から何者かが声を掛ける。
「よォ辰つぁん、さっきの弐機隊の映像かぁ?」
「トビ・・・」
日本支部整備班長、猿飛大成。薄汚れた作業着にボサボサの髪、ズレた丸眼鏡という服装からズボラそうに見えるこの男は、小野寺と同時期にフォートレスに加入した人物であり、付き合いの長さから「辰つぁん」「トビ」と渾名で呼び合う。
「マディオンが出たらしいじゃんか。リームダルに出番取られちまって残念だったなぁ」
「別に俺はマディオンの担当でも何でもない。それより、よくもまぁそんな他人事みたいに言えたもんだな! 俺が出撃できなかったのは誰のせいだと思ってるんだ!?」
間延びした喋り方でマイペースに軽口を叩く猿飛に対し、小野寺はまるでスイッチが切り替わったように怒気を露にし、詰問する。
傍目に見れば、小野寺が出撃し損ねたことをヘラヘラとからかう猿飛の態度が気に障ったように見えるが、猿飛が普段からこういう態度であることも、小野寺が怒る本当の理由も、このやりとりを何度も見かけている壱機隊なら周知のことだ。
「出りゃぁよかったじゃんよぉ。別に局長に止められたわけじゃねぇだろぉ」
「テストもしてない新作持って出撃なんてできるか! 性懲りもなく勝手に俺のキューヴィエを換装しやがって!」
「まぁそんなキレんなってぇ。上手いパイロットが使った方が良いデータ取れるに決まってんじゃんよぉ」
「無断で換装するのをやめろっつってんだ!! 戦闘配備じゃない時に局長と俺に申請を出せ!!」
「面倒臭ぇんだよぉ、辰つぁんも局長もどうせ承認ボタン押すだけだろぉ」
「押すわけねえだろ!! 大体何だ今回のアレ! 打面が爆発するハンマー!? バカか!! あんなモン危なっかしくて使えるか!!」
猿飛は整備班のリーダーであると同時に「開発主任」の肩書きも持っており、新しいSTやその武装の開発に関する権限を有する。
新規の武装が開発された場合、テスト用ST「ヴェサリウス」に装備させて性能試験を行うのが原則だが、猿飛はより実戦的なデータを得るためと称し、小野寺が乗る指揮官仕様ST「キューヴィエ」に装備させるのだ。
いつも、小野寺に無断で。
「・・・またやってるよ、隊長とトビさん。もう隊長が折れた方が早いんじゃねえの?」
「でもまぁ、実際猿飛さんが悪いだろ。毎回出撃直前になって『換装しといたぞォ』だもんな」
「隊長のことを信頼してるからこその換装でしょうけどね。僕、武器が変わっても隊長が負ける所なんて想像できませんよ」
「それよりさ、隊長が使わねぇんなら俺が使いてえよ、あのハンマー。チラッと見たけど、猿飛さんはロマンが分かってるなって思ったぜ」
「やめときなよ。いつも花岡くんの近接戦仕様機が一番損傷激しいじゃない」
壱機隊宿舎側の廊下から、隊員たちが団子のように顔を縦に並べて二人の喧嘩を覗いていた。上から安芸山、緑門、紋瀬、花岡、斑井の5人の壱機隊員だ。
「じゃあそれはまた今度でいいや。ところでこれ見てくれよぉ」
「あぁ?」
隊員たちが物陰から見ているのを知ってか知らずか、猿飛は何らかのデータが細かに記載された書面を取り出し、小野寺の目の前でひらひらと見せびらかす。
「"アンキロ"が対重装甲型だとすりゃあ、こいつは対熱エネルギー型だ。前に話してたアレがようやく形になったから、データ持ってきたんだよ」
「・・・ほう」
また新たな武装の仕様書。手に取り、内容に目を走らせる小野寺の表情が、徐々に苛立ちから期待へと変じていく。
「これが正式採用されりゃあ、花岡の手綱握る手もちったぁ楽になんじゃねぇか?」
猿飛の視線が、小野寺の後方に向けられる。その先に隠れていた壱機隊員たち、特に名指しされた花岡は、小野寺に気付かれて小言を食らう前に廊下の向こうに静かに引っ込んでいった。
「・・・このスペックが事実なら、流石だな。だが、エネルギー消費が大きすぎる。近接戦仕様機や防衛戦仕様機には装備できないな」
「ああ、本格的に運用するなら、それこそ試験機を元に専用機を新造した方がいいなぁ。だから、ひとまずは辰つぁんの指揮官機に持たせる」
「お前なぁ、また・・・」
「大マジだぜぇ、俺は。だから今言ってんだろぉ?戦闘配備じゃない時によぉ」
「・・・はぁ。調整は完璧にしとけよ」
「任せとけってぇ。ロマンも案外バカにならねぇって思わせてやるからよぉ」
小野寺が折れる形で、猿飛との水掛け論は一応の決着を見せた。
一方、静かに退散した隊員たちは。
「ま、仮に隊長が換装したまま出撃したとして、うまく動けないようならサポートするのが俺らの役目だ。他人事と思わずに気合入れようぜ」
「隊長、ストレスで体調崩さなきゃいいんですけど・・・」
「お、ダジャレ?」
「隊長の体調・・・」
「いや、違うから。やめて?」
猿飛に振り回される小野寺。それを眺めて勝手に結束を強める隊員たち。
これが第1機動部隊の平常運転である。




