♯10 純白の槍
『何も今日に限って現れなくてもいいだろうに・・・・!』
リームダルは呟きながら自らの鎧骨格・噴槍型の手を背中に回し、鏃型の背部装甲を取り外した。手に持った装甲から瞬時に長い柄が伸び、一本の大槍へと形を変える。
リームダルの声と槍を地面に突き立てた音を聞き、孝曜とプラシエの金縛りのような硬直がわずかに和らいだ。
《・・・また会ったな、リームダル。しばらくオノデラの姿を見てないが、死んだか?》
(! リームダル隊長を・・・いや、フォートレスのことを知ってる・・・?)
現れた威圧感の主・マディオンの声が、孝曜にも聞こえる。
フォートレス製の通信機とは異なる、水中を通したようなくぐもった声。アムジィ戦での様子と合わせて推察するに、スワンプマン同士はこうして鎧骨格越しでの会話ができるらしい。
《悪いが、今日も私が相手だ。お前のような戦闘狂の相手を、人間である小野寺に毎回任せるわけにはいかないのでな》
《戦いに、人間もヴィブムスも関係ない。ただ強者との戦いだけが俺の心を満たし、昂らせる・・・だがお前との戦いは、昂りより苛立ちが勝る。俺と同じ噴槍型を操る腕を持ちながら、いつまでも他者を気に掛けて本気を出そうとしないからだ》
戦いが全てと宣うマディオンの鎧骨格は、盾と見紛うばかりに大きな刃の側面に4つの穴が空いた、大槍を傍らに携えている。頭部装甲が透き通らんばかりの白色であること以外は、リームダルと全く同型の鎧骨格、噴槍型だ。
(隊長と同じ鎧骨格・・・!!)
《我々の戦いは、敵の殲滅が全てではない。無辜の人々を守るのがフォートレスの使命、部下を守るのが隊長である私の責務だ》
《つまらぬ御託を・・・まぁ良い、やることは変わらぬ。来い》
マディオンがリームダルとの問答を打ち切り、大槍の穂先をリームダルに向け、静かに構える。
(残ってる敵は・・・駆蹄型か)
リームダルがプラシエの方に視線を向け、撃ち漏らした敵鎧骨格を確認する。
駆蹄型は、馬の蹄のように丸く突出した足の後部にブースターのような機構を持った、加速力に秀でるB級鎧骨格だ。手強さとしてはプラシエの敵ではないが、胸晶型の性能やプラシエの戦い方の癖を加味すると相性はあまりよくない。
『プラシエ、孝曜と協力して残った1体を速攻で仕留めろ。マディオンは私が抑えておく』
『は、っはい!』
手短に指示を出し、リームダルはマディオンが待ち構える岩山の頂上へと駆け出した。
「そうだ、まだ敵がいるんだ・・・!」
マディオンに釘付けになっていた視線を孝曜もようやく逸らし、本来の標的へと向き直る。ほぼ同じタイミングで敵の駆蹄型も立ち上がり、プラシエも構えに力を込め直して勝負を再開しようとしていた。
『孝曜、挟み撃ちにしよう。踵のブースターをよく見て』
「わ、分かった!」
岩山の頂上で発せられた噴槍型の槍同士の衝突音を合図に、孝曜の腰甲型とプラシエの胸晶型が、敵を挟むように左右に散開する。敵の駆蹄型はすぐにその場から跳び退り不利にならない位置取りを維持しようとするが、孝曜は慌てず行動パターンの観察に専念した。
(乗り手の自我が薄いなら、動きは単調になっていくはず…)
腰甲型の盾を広げて逃走ルートを牽制しつつ、胸晶型から逃げ回り続ける駆蹄型を凝視する。
プラシエが注目するように言った駆蹄型の踵のブースターは、前方に加速するときは軸ごと足首の後ろに向き、後退・急制動を掛けるときはやや前方に向くため馬蹄型の爪先の装甲に隠れる。また左右の可動域が狭いためか、左右方向への加速の際は脚自体を大きく外に向けている。
つまり、足を見ていれば加速のタイミングと方向が分かる。
(何だ、思ったより単純じゃないか。後はプラシエの攻撃に合わせて・・・)
胸晶型は格闘戦は得意ではないと言っていたプラシエだが、それでも駆蹄型を徐々に追い詰める。
右ストレート、左ローキック、左フック、右掌底―――
「っ!! ここだ!!」
左アッパーを躱す直前、駆蹄型の踵が隠れた。バックジャンプの前兆だ。
胸晶型から離れようとする駆蹄型の真後ろに盾を伸ばし、行く手を遮る。
「今だプラシエ!!」
『孝曜!!』
予期せず盾に衝突し、駆蹄型の動きが止まる。
孝曜は勝利を確信した。
「うっ!!?」
突然、孝曜の側頭部に、乱暴に掴まれたような重い衝撃が走った。目の前の駆蹄型とは異なる鎧骨格の指が、腰甲型の視界の端に見える。
「しまっ―――」
直前のプラシエの声が連携に対する応答ではなく警告であったと気付いたが、孝曜の抵抗は間に合わない。
視界が、意識が、爆音とともにホワイトアウトした。
『孝曜!!』
リームダルの通信機に飛び込んできた、プラシエの悲鳴に近い叫び声。
反射的に視線を送ると、駆蹄型を捕えた孝曜の腰甲型が、半身の溶け落ちたB級鎧骨格に頭を掴まれていた。
「あの爆腕型、まだ動けたのか・・・!!」
側方に大きく膨らんだ独特の形状の前腕。そして直後に起こった、衝撃と爆発。
肘にかけて大きく突き出したピストンのような機構で取り込んだ空気を圧縮し、掌から放出することで掴んだものを破砕するB級鎧骨格・爆腕型だった。
胸晶型の熱線で半身を失っていたはずだが、その半壊状態のまま孝曜の油断を突き、腰甲型の頭を吹き飛ばした。
「・・・っ!! プラシエ!! 孝曜が作った隙を無駄にするな!! 駆蹄型を倒せ!!」
部下を守れなかった自分への怒りと後悔を噛み殺し、プラシエに指示を飛ばす。
リームダル自身は、フォートレスのデータベース史上最強のスワンプマン・マディオンとの戦いに、区切りを見出すことができない。
《まだ部下の心配か。目の前の戦いに集中しろ》
「・・・黙れ!」
斧槍と表現しても差し支えない巨大な刃と刃が、その鈍重な外見からは想像できない速さで何度も交わされ風を切り裂き、衝突して火花を散らす。
槍の刃に空いた穴の列は熱エネルギーの放出により小型のブースターの役割を果たし、振りの速度と軌道を自在に変化させるが、同じ鎧骨格を操るリームダルとマディオンは互いにそれを理解し、噴槍型の最大のポテンシャルを以て激しい攻防を繰り広げ続ける。
2本の大槍が正面からぶつかり合い、2体の噴槍型の動きが止まった一瞬、激しい打撃音と共にリームダルの視界の端に駆蹄型が飛び込んできた。頭があらぬ方向に曲がっており、地に伏したまま動く気配がない。プラシエが撃破に成功したのだ。
《・・・そういえば、あの黒い兜の腰甲型は初めて見るな。新兵か?》
「そうだ。部下の初陣を邪魔してほしくはなかったんだが」
《何を生温いことを。戦いに他者の膳立てを要するようでは成長の見込みもない》
「・・・」
《奴がここで倒れるようなら、その程度の弱卒だったというだけのこと。死ぬのもそう遠い先のことでは―――》
《死なせないッ!!》
倒れた孝曜を弱者と断じるマディオンの言葉を、プラシエが遮った。
彼女は叫びと共に半壊の爆腕型の頭部を破壊し、倒れる爆腕型を背にマディオンに怒りをぶつける。
《確かにあたしたちは、フォートレスの一員として命を懸けて戦ってる。でもそれは、生きるも死ぬも戦場に求める貴方とは意味が違う! 孝曜だって、腰甲型の頭が潰れただけでまだ死んじゃいない! 生きてる限り、強くなれる可能性は無限にあるんだ!! その希望を貴方に殺させはしない!!》