#9 正義の星
(うわああああ怖ぇええええええ!!!)
上空80mからの飛び降り。風を切って自由落下する孝曜は恐怖心を抑えきれなかった。
数千mという超高度から飛び立つスカイダイビングは、地面が遠すぎて距離感がつかめず逆に怖くない、という話を聞いたことがある。だが、今回のジャンプは飛び降りた直後から地面が目の前にある。ぶつかるまで猶予幾許も無い。
《早く腰甲型を呼べ!!》
「!! ッ来い!!」
リームダルの声に即座に反応し、銀漿を呼び寄せる。輸送機の後方から溢れ出した銀漿が重力に従って流れ落ち、落下する孝曜に追いつき身体を包み込んだ。
(早く、早く!! 腰甲型!!)
数秒後、重い衝撃音が周囲に響く。砂埃が晴れると、両手両足を地につき何とか着地した腰甲型の姿がそこにあった。
「こっ・・・こんなの、毎回しなきゃいけねえのかよ・・・!」
『・・・よし、ヘッドギアの通信も問題ないな。立てるか?』
「隊長!! さっき『高い』って言った手前アレですけど、80mは低いんじゃないっスかねえ!? 飛んでから着地まで10秒もないじゃないスか!!」
『飛び立つと同時に銀漿を呼べば間に合う。慣れろ』
『最悪鎧骨格が間に合わなくても銀漿自体は間に合うから、怪我はしないよ』
「堪ったもんじゃねえよ、ったくよォ・・・!!」
形式ばったフォートレス・ハックの様子からは想像だにしなかった無茶苦茶な出撃方法に、孝曜は悪態をつきながら腰甲型を立ち上がらせる。
リームダルとプラシエの反応が素っ気ないのは、彼らにとってはこの出撃方法が常態化しているから―――否、それだけではないことに、孝曜はすぐに気づいた。
「・・・!」
孝曜たち弐機隊の前方、採石場の跡地と思われる禿山の中腹に、複数の鎧骨格がうろついている。数は4、出撃前の観測班の報告と一致する。
「もう、いる・・・!」
『市街地からはまだ遠いが、放置すれば被害が出るかもしれん。ここですべて仕留める』
「説得とかはしないんですか? アムジィの時みたいに」
『ああ、今回は必要ない。奴らの頭を見てみろ』
「頭?」
前方に見える4体の鎧骨格は、姿かたちは少しずつ異なるが、頭部装甲はすべて銀色。
『スワンプマンが明確な自我と名前を持っていれば、鎧骨格の頭や肩の装甲に色が付く。奴らのように鈍い銀色の頭の鎧骨格には、話が通じるスワンプマンは乗っていない。あれの中身はゾンビのようなものだと思え』
「ゾンビ・・・」
味方の鎧骨格の頭に視線を移してみると、リームダルの鎧骨格は緑、プラシエの鎧骨格は青に色付いている。思い返せば、バイルゥの足刃型の頭も鮮やかな赤色をしていた。
『隊長、まずはあたしが行きます!』
『・・・お前、局長に釘刺されたの忘れてないだろうな?』
『だ、大丈夫ですよ! ちゃんと加減します!』
『加減というかだな・・・まぁいい、行け』
威勢のいい声で進言するプラシエに対し、リームダルは諫めつつもプラシエに先鋒を任せることにした。
『よーし・・・!』
プラシエは意気揚々と隊の先頭に歩み出る。
胸晶型という名前らしいプラシエの鎧骨格は、鎧のように装甲が突出した箇所が少なく、マッシブながらもスマートなシルエットをしている。腰甲型や背爪型の副腕に類する追加の武器は持っていないが、胸に光る半透明の結晶のような部位が目を引く。
重い足音に気づいた敵鎧骨格の顔が一斉にこちらを向く。
対するプラシエは彼らに向かってまっすぐに腕を突き出した。
『覚悟しろ、人々の安寧を食い尽くさんとする亡者たちめ! このプラシエの胸晶型が、一等星の輝きで以て成敗してくれる!』
堂々としたプラシエの啖呵。それに対するリアクションは亡者と評された敵鎧骨格たちからも、後ろで見ていた孝曜とリームダルからも無く、一時の沈黙が場を包む。
「・・・・・・え、っと・・・?」
『・・・まぁ、あいつなりのルーティーンだ。ああいうのに憧れてるらしい』
アムジィ対小野寺の時とは全く異なる開戦の合図に呆気に取られる孝曜だったが、ひとまず敵方は青い頭の胸晶型を敵と認識したらしい。
地を蹴り、低木を踏み倒し、胸晶型に殺到する。
「一気に来た!」
『よーっしゃ来ぉい!』
一度に襲い来る4体の敵の姿に孝曜は焦りの声を上げたが、プラシエは少しも怯まず、気合の声を上げて迎えうつ。
最初に襲い掛かってきた鎧骨格を張り手一発で叩き伏せ、次に近づいていた鎧骨格の腕を掴んで力任せに抱え上げた。
『どっ・・・せーい!!』
そのまま一回転し、遠心力を乗せて掴んだ鎧骨格を投げ飛ばした。宙を舞った概算10mの巨体が残りの2体を巻き込み、3体まとめて岩山に叩きつけられる。
『ここだ! 喰らえっ!!』
プラシエは倒れた3体に向かい、胸晶型の拳を勢いよく胸の前で突き合わせた。続けざまその腕を交差させると、胸晶型の胸の結晶が突然輝きを増す。
そして胸晶型が両腕をバッと左右に開いた次の瞬間、
『スタァァァァライトッ!! ビィィィィィイイイーム!!!』
プラシエの渾身の咆哮と共に、腰甲型が背爪型戦で放ったような高出力の熱線が胸晶型の胸から放たれ、視界を埋め尽くした。
「おおっ!?」
思わず顔前を手で覆う孝曜。投げ飛ばされた1体の半身と投げに巻き込まれた2体の全身の装甲が、迸る閃光に飲まれ吹き飛ぶのがかろうじて視認できた。
「すげぇ・・・」
『・・・よし、あと1体!』
閃光が収まった後、最初に張り倒した残りの1体を倒そうと、プラシエは再び構える。
リームダルと孝曜の出る幕はない―――という判断に至ろうとしたその時、観測班からの通信が入った。
『リームダル隊長! A級の反応が1つ、ものすごい速さでそちらに接近しています!』
『何・・・!?』
観測班の緊迫した声からほとんど間を置かず、強い衝撃があたり一帯を揺るがした。
「うわっ!!」
何が起こったのか分からず、慌てて周囲を見渡す孝曜。衝撃の原因は、すぐに見つかった。
いや、"そこにいる"と分かった。
「っ・・・!!」
目視せずとも分かる、"それ"は岩山の頂上からこちらを見下ろしていた。
アムジィ戦の時に感じた刺すような殺意はまだ感じないが、純粋な気迫だけでこちらの動きを制してくる。少しでも動けばやられるとさえ思える威圧感に襲われ動けなくなっているのは、残された敵とプラシエも同様だった。
(な、何だ、アイツは・・・あいつが出てきただけで、さっきの衝撃が・・・!?)
『・・・マディオン・・・!!』
"それ"の名を呼ぶリームダルの声色は、隠しきれない焦りを含んでいた。