〈9〉
横浜の神奈川県警察署~川崎水族館~と来て、次は新潟上越だ!
「許さん!」
ほどなく、帰宅してこの予定を告げた妹を引きずって、〈城下印章店〉店主で兄の城下行嶺氏が駆け込んで来た。
行嶺氏は妹より12歳上、僕とは3歳違いとなる。長身痩躯、妹とよく似た赤毛。眼鏡(最近のお気に入りはスタイリッシュなAQ22509madeinSABAE)をかけている。
「女高生の大切な妹を男と一緒に週末旅行などさせるわけにはいかないっ! 上越の温泉なら――僕も同行するぞ!」
「あ、やっぱり? そうですよねー」
「呆れた、何言ってるのよ、兄さん。誤解も甚だしいわ。私と新さんはね、推理の謎解きで深く結ばれた関係なんだから!」
「ち、ちょっと、来海サン、その表現はまずい――」
僕も反応したが行嶺氏はもっと敏感だった。
「ギャー、結ばれただと? な、なんて言葉を使うんだ! じゃ、……そうなのか? いつの間に? ゆ、許さん!」
「もうっ! 変な邪推はやめてよ! 私が言いたいのは――」
メンドクサイ兄の相手は妹に任せて。
週末目指す場所が、何故、新潟の上越か?
謎の手紙2通目の文言、〈ハンカチ落とし〉は〈布〉に通じる――
しかも、有島刑事が見せてくれた、和路氏の死亡時の写真は背後から着物=布を掛けられていた。その布、越後上布の産地が新潟上越なのだ。
この推理はかなり大雑把で強引かもしれない。が、兎に角、少しでも引っかかった事、気になった物は見過ごさず探ってみる、それが僕、画材屋探偵のモットーである。
僕たちが選択したルートは、まず新幹線(早朝6時発のぞみ88号)で東京へ。東京着はほぼ10時(9:57)。そこから上越新幹線とき315号(10:16発)に乗り換え越後湯沢着(11:34)。
想像以上にあっという間の旅だった。特に東京からだとほぼ1時間で着く。そして、これは予想した通り――
越後湯沢は一面の雪・雪・雪……未だ冬寂の中にあった!
失礼、一度この言葉を使ってみたかったのだ。ミステリマニアが僕の売りだけど、『冬寂』はSFの名作〈ニュー・ロマンサー〉W・ギブソン(著)の秘密のコード。おっと、脱線してしまった。要するに、そのくらい、降り立った白銀の世界は美しかった!
本筋に戻ろう。
駅前の有名温泉旅館(行嶺氏のチョイス)で荷物を下ろしてから、僕たちは再びJR上越線の普通電車に乗車、二駅先が塩沢だ。目指す〈塩沢つむぎ記念館〉は駅から歩いてすぐの場所にあった。
「ほんとにここでいいのか、名探偵? 看板の表示は〈つむぎ記念館〉だが?」
「あ、ホントだ。〈つむぎ〉と〈越後上布〉はどう違うの? 私、ワカラナイ」
「だから、そういう諸々を見聞するために現地まで来たんだよ。兎に角、見学しよう!」
館内に入るや、物珍しそうにあれこれ覗き込んでいた三人連れ――僕と来海サンと行嶺氏――に、親切な館員スタッフが声を掛けてくれた。
「ご興味がありそうですね?」
「僕たち、〝越後上布〟について最近知ったばかりなんです。凄く美しい織物ですね!」
僕が代表して返答する。
「羽のように軽やかで、雪のような光沢、風のようにしなやか……本当に素晴らしいです」
「お褒めいただきありがとうございます。ちょうど良かった! 今日はこの地を代表する名織主が当館に在中しています。直接お話を聞かれてはいかがでしょう? 曽祖母、祖母、母、そして彼女と四代に渡る素晴らしい織子さんです」
館員が声を張り上げる。
「おーい、トゥレーさん!」
呼ばれてやって来たその人を見て僕たちは吃驚した。年齢は20代、うら若い女性だ――
「ようこそ、塩沢つむぎ館へ!」
僕たちの驚きを察しつつ、にこやかに挨拶してくれた。
我に返った僕は頭を搔きつつ正直に明かす。
「あ、すみません、いや、その、地元を代表する織子さんと聞いて、もっと年配の方を想像しました――」
「しかも、外国の方かと」
これを言ったのは行嶺氏。
「ああ、この名ですね? よく誤解されます」
胸に下げたIDカードを摘まんで微笑む四代目織主さん。
「始めまして。私は村上冬麗と申します。地元の旧い仲間は呼びやすいんでついつい〝トゥレー〟って言っちゃうんです」
清涼な雪の香りがする、村上冬麗さんはそんな人だった。