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〈24〉


「その節は、どうも、お世話になりましたっ」

 額の前で敬礼して、呉の少年は笑った。僕も笑い返す。

「こちらこそ! 貴重な体験をさせてもらったよ。顔を見せてくれて物凄く嬉しいよ。さぁ、座って!」

 どうせ、こんな朝っぱらから画材店にやってくる客なんていない。僕は波豆君をレジカウンターの前に引っ張って行き――波豆君はゴッホの椅子を選ぶ――紅茶と鳩サブレで歓待した。鎌倉土産のそれを立て続けに三枚平らげた後で、更に四枚目を頬張りながら、波豆君は言う。

「その後、和路氏の件はどうなの?」

「うん、まだ解決していないんだよ。それなりに進展はあるんだけど」

「殺人犯の濡れ衣から救ってもらったのに、俺の方は何の力にもなれずスミマセン」

「何言ってるんだ、知り合いになれて、それだけで喜んでるんだぞ」

「ハハハ、店の顧客を一人増やせた?」

「それもある」

「今日は、これを渡したくてやって来たんだ。御礼と言っては何だけど、俺の出来ることと言ったらこれくらいだから」

 クタクタのデニムのショルダーバッグから波豆君が引っ張り出したもの――

 一瞬、息をのむ。

 僕と来海サンの肖像画だった。以前、(うち)で購入した日本画絵具で描いてある。

「タイトルは、ガチ〈画材屋探偵〉ということで」

「大切に飾らせてもらうよ!」

 レジカウンターの横、2脚の椅子を並べた壁の上に。

 続けて僕は言った。

「お願いがある。ぜひ君のサインを入れてくれ」

 照れ臭そうに、でも喜々として波豆君は名を書き込んでくれた。

「ひゃあ! 俺が自分の名を記した初めての作品だ」

「本当か? じゃ、なおさら家宝になるぞ!」

 僕は本心からそれを言ったのだ。

「君には天賦の才がある。どうか、描き続けてほしい」

「あなたからそう言われるとホント、勇気が湧くよ。俺さー」

 ちょっとモジモジしながら、

「この春、4月から美術専門学校へ通おうと決心したんだ。真似っこじゃなく基礎から絵画を学ぼうと思ってる」

「それはいい! 桑木画材店の名に置いて、応援するよ!」

 クソッ、この子は基礎も知らずに今までこんな絵を描いて来たのか――

 正直、僕の胸の中で賞賛と羨望が渦巻く。そう、まさしく今僕らが腰掛けている椅子、その本物(オリジナル)に座った二人――南フランスはアルルの下宿屋の画家たちもこの種の想いに捕らわれたのかもしれない。互いへの敬愛と敵愾(ライバル)心。

 ああ、いつの日か、僕も自分の絵を波豆君に見せられたらいいのだが……

「じゃ、俺、バイトがあるんで」

 帰ろうと立ち上がりかけて波豆君が言った。

「マルトラビエソ洞窟の壁画がどうしたの? 桑木画材店で洞窟壁画風絵画展でも企画してるの?」

「?」

 最初、波豆君が何を言っているのかわからなかった。

 波豆君はレジ脇に置いた紙片に視線を向けたまま、

それ(・・)、ネアンデルタールが描いたヤツでしょ? 俺、原始人の洞窟画ってけっこう好みでさ、母ちゃんを看病してる間もしょっちゅうネットで覗いてたんだよ。特に、このマルトラビエソ壁画が一番気に入ってる。ホラ、子供の手みたいだろ? 思わず自分の手を重ねたくなる。パワフルで、騒々しくて、賑やかで、こっちまで元気回復するよねー」

「――」

 僕が赤い手を凝視している間に気づくと波豆君は店内から消えていた。


 なんてこった、大まぬけだった!

 謎解きを売りにしている探偵(自称)のくせに。青い花――ヤグルマ草で気づくべきだったのだ!


 ネアンデルタール……



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