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〈22〉


 かつて少女探偵が潜りこんだ洞窟のように薄暗い画材屋店内で、僕は作成したファイルを朗々と読み上げた。

「アイスマンは新石器時代の農民とみられる。父系DNAは現代イタリア・サルデニア島近隣の地中海の島々の住人に受け継がれている。更に2013年には性染色体の塩基配列から子孫の確率が高い15名のオーストリア人が見つかっている……

 アイスマン当人は、髪と目は茶色/身長160cm/体重50㎏/年齢46歳前後

 所持品は ①リュックサック

      ②草で編んだ鞘とフリント石の短刀

      ③銅製の斧。この斧は純度99,7%! このことから当時のアルプス近辺で既に高度な精錬技術が存在していたことが証明された。

 身に着けていた衣服類は 

      ①熊皮の帽子

      ②色々な獣皮を縫い合わせた外套とベルト。

       このベルトに薬草入り小袋を吊り下げていた。

      ③熊皮底の靴。中には暖を取るための藁が敷かれ、

       靴紐にキノコが結んであった」

「問題の――このキノコね?」

 やっと辿り着いた、とばかり来海サンが写真を手に取る。

「そう、このキノコ、カンバタケは食用ではない。寄生虫除去の薬と思われる。このキノコが有するポリポレン酸が寄生虫に効果があるとのこと」

 僕は咳払いをしてから、

「というわけで――ここからアイスマンの病歴披露に突入するぞ。アイスマンは、携帯していたキノコから寄生虫に悩まされていたようだ。腰椎すべり症という腰痛持ちだった。これは背中や足に彫られた刺青の場所が腰痛に効くツボと一致するからだそう。ピロリ菌にも感染していたらしい。面白いのは、乳糖不耐症因子も見つかったってさ」

「牛乳を飲むとお腹を壊す、アレ?」

 吃驚して目をぐるっと廻す来海サン。

「酪農王国アルプス近郊に住んでるのに?」

「いや、そもそも古代人の多くがそれらしいよ。ヨーロッパで乳製品の飲食が広まったのは実は古代ローマ時代、ローマ人の侵攻以降なんだってさ」

 話が横道にそれ過ぎた。が、もう少し続ける。

「胃の内容物から、アイスマンは死の数時間前に薬草、ヒトツブコムギ、アカシカ、アイベックス(野生の鹿)の獣脂を食していた。だが、僕を何より驚かせたのはアイスマンの死因なんだ」

「死因?」

「アイスマンは発見当初は、見つかった場所が場所――氷河だけに〈凍死〉と思われていた。しかし最新の研究情報によると」

 ここでまた指を立てながら説明する。

「 ① 右手親指と人差し指に裂傷があり

  ② 左肩に矢を射られた痕もあった(2001年放射線科医によるX線調査)

  ③ 後頭部は打撃による脳出血を起こしていた(2007年CPL断層撮影)

 この頭部の傷がとどめの一撃なのか、矢を受けて倒れた際、地面の岩で砕いたのかは定かではない。とはいえ、死因は〈自然死〉ではなく、何者かとの闘争の果ての〈他殺〉と断定された。これをどう思う?」

 ピューと来海サンの口笛が響く。

「つまり、手紙の主は和路氏の死因とアイスマンを重ねて暗示している(・・・・・・)ってこと?」

「僕もそれを思った」

 話しは大詰めだ。いよいよ核心部分へ突入する。

「ここまで長々とアイスマンについて語って来たけど、今回の第4の手紙に関する僕の推理はこうだ。和路氏の死因についての(ほの)めかしから、手紙の主は〝その場〟――和路氏の書斎にいたのではないかと強く感じるんだ。和路氏の死体の傍らに立ち、和路氏の宝箱から失われた物、それ(・・)を持ち出した人物こそ、手紙の書き手なのではないだろうか?」

 息を整える。

「だとすれば、当然その物体が何なのかも手紙の主は知っている。もっと言えば、和路氏に危害を加えた張本人こそ、謎の手紙の送り主なのでは? これは物凄く重大なことだぞ。〈犯人〉が僕ら〈画材屋探偵〉に手紙を送っていることになるのだから!」

 勿論、今の段階では証拠もなく、何一つ、証明できないのだが。それでも僕は自信を持って言い切った。

「いずれにせよ、もうあとちょっとだ。頂きは見えて(・・・・・・)来ている(・・・・)

「気をつけてよ、新さん。結局、アイスマンは山頂をこえられなかったんだもの」

「!」

 僕の最高の相棒は澄んだ声で繰り返した。

「アイスマンも頂きを見ながら、結局、アルプスは超えられなかったのよ」

 鋭い指摘だ。ひょっとして手紙の主はそのことも暗示しているのか? 僕たちは謎を解明できない、答えに行きつけないということも?

 それに、よくよく考えたら、手紙の主が〝何故僕に手紙を送り続けているのか〟その意図や理由、目的すら明白ではないのだ。

 今となってはこのことこそが〈一番の謎〉という気もして来た――

 突然、ピクリとアルバートが頭を上げる。続いて、


 ドンドンドン……


 店の扉を激しく叩く音。

 僕が飛んで行って鍵を開けるのももどかしく押し入って来たその人――

 行嶺氏が叫んだ。

「我が城下家の門限は過ぎた! 迎えに来たぞ、来海!」

「兄さん……」

 ということで、今夜の報告会はこれにて終了、解散となった。

 来海サンは、東京駅で僕が見つけたお土産、西光亭の〈くるみクッキー〉――リスの箱絵が超可愛いい――を胸に、兄と愛犬に両脇を固められて帰って行った。



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