〈2〉
「情報源は大切にする、それが僕のモットーだよ」
手紙を受け取った翌日、2月4日。記事が神奈川県と言うことでダメ元で連絡を取った相手が有島刑事だった。
以前、僕は少々お世話になったことがある。
有島六郎氏は30代、穏やかで優し気な風貌ながら190cm近い身長と堂々たる体躯(これは最近知ったのだが剣道六段だそうだ)の好漢である。
「それにしても、渋いヤツに目を付けたな、桑木君。偶然だが、僕が担当していてね。こちらとしても一日も早くスッキリさせたいから教えられる範囲で情報を回してやるよ。もちろん、君の方でも協力してくれるという条件付きだぞ」
「という事は、やはりこの件、事故ではなく事件なんですね?」
有島刑事は神奈川県警・刑事部捜査第一課・強行第2係の課長補佐なのだ。強行係は凶悪犯罪を担当する。
「うむ、公式には未発表だが――」
以下、有島刑事直伝の最新情報に拠ると、
自宅(一階の書斎)で発見された和路功己氏の死因は後頭部打撃に因る頭蓋骨破損、脳内出血死。室内は物色された痕跡があった。和路氏が倒れていた傍らの小箪笥(総桐の二段の和箪笥)の抽斗が上下とも開いていた。これは和路氏自身が〈宝箱〉と称していたことから大切な物を保管してあったと推測される。但し、何が無くなっているのかは不明。というのも、死体の発見者であり、今回の唯一の証言者である家政婦の話では、彼女は書斎に入るのを許されていなかったため、箪笥の中に何が入っていたか知らず、警察も知りようがない。
この家政婦は和路家の離れに住んでいて週に三回掃除等、家事を担当している。和路氏の母親が雇用して以来三十数年、母親が亡くなってからもずっと和路氏は雇い続けていた。
ここまで自身のメモを読み上げていた有島刑事の口調が変わった。
「今回の件では気になる人物が2名いてね」
咳払いをしてから、
「和路氏の友人で事件の前日(1月30日)に来訪していた人物A。もう一人は、和路氏の死亡推定時間前後(1月31日午後7時~9時)に住居前の道の防犯カメラに写っていた人物B……」
和路氏邸は鎌倉で人気の花の寺の道筋にあり一定間隔で防犯カメラが設置されている。
「このBは近くのコンビニ内の防犯カメラにも写っているんだよ。印象的だったらしくコンビニの店員も記憶していた。歳は10代、明らかに取り乱した様子で顔面蒼白だった。清涼飲料水を買って出て行ったが、何か細長い包みみたいなものを小脇に抱えていたそうだ」
「じゃ、ひょっとしてそれが小箪笥から盗まれた物とか?」
「その線は大いにあるな。そこで――」
有島刑事の声が一段低くなる。
「ここからが僕が情報を得る番だ。桑木君、君はなんだってまたこの事件に興味を持ったんだい?」
僕はフェアに手の中のカードを全て有島刑事に見せた。
「昨日、僕の所へ送られてきた手紙にその事件のネット版の記事のコピーが入ってたんです。他に三枚、写真が同封されていて、これが何れも薬師如来像でした。差出人の名は無し、消印は日本橋南郵便局……」
僕は写メに撮ったそれらを全部、有島刑事に転送した。刑事は大いに満足して素晴らしいバリトン――ジョニー・ハートマン張りの、いつ聞いてもヒトに安心感を与えるいい声だ!――で、
「な? 最初に言った通り、情報提供者はお互い大切にしないとな」
その後で思い出したように言い添えた。
「そうだ、桑木君。君、今もまだ海が見えるかい?」
「は?」
「いやね、最近感銘を覚える好い句に出会ってな。それが〈海見えるかぎり青春豆の花〉……どうだ、グッとくるだろう? まぁ、僕から見たら、君なんかまだ青春真っただ中だがね」
「それは……どうも」
言い忘れたが有島刑事の趣味は句作なのだ。
ここでお客が入店して来て、僕は電話を切った。時を置かず再びドアが開く。
今度入って来たのは僕の頼もしい相棒・来海サンだった。彼女の実家は広島駅表側(南口)にある老舗の印章屋だ。僕の店は彼女の通学路に位置するので下校時、必ず顔を見せてくれる。それが僕にとっては嬉しい日課となっている。学校帰りだから来海サンは当然制服姿。黒地にピンクのラインのセーラー服、その手に白い蝶のような封筒をヒラヒラさせている。
「ただいま、新さん! 見て、郵便受けに入っていたわよ」
「!」
一目でわかった。前回と同じ白い洋2号の封筒、消印は日本橋南、印字の宛名、差出人は無記名、中には一行――
〈 ハンカチ落とし 〉
☆ 海見える限り青春豆の花 菖蒲あや