〈1〉
*
カランカランカラン
祝福の鐘が鳴る。
健やかなる時も、病める時も……
誓いますか?
誓います。
誓います。
カランカランカラン
祝福の鐘が鳴る。
*
春隣りとは言うもののまだまだ寒さが厳しい2月3日の朝、郵便受けに入っていた手紙は凍った蝶々に見えた――
ヒンヤリした封書を開けると、中身がまたひどく奇妙だった。
「なんなんだ、これ?」
三体の仏像? そして、こっちは……
「どうしたの、新さん、何か調べもの? 新しい謎が舞い込んで来たの?」
夕刻。学校帰りの僕の相棒・城下来海サンの第一声に、PCに張り付いていた僕は顔を上げた。
例によって店内にお客は一人だけ。僕は来海サンに封書を差し出すと、
「今朝、届いた手紙だよ。これが凄く不可思議なんだ」
白い定型(洋型2号、はがきが入るサイズ)の封筒、プリントアウトして貼り付けた僕の店の宛名、消印は日本橋南郵便局、差出人の名は無い。
「中身が、これ――」
三体の仏像写真とネット版ニュースのコピー記事……
「凄い! これ、神奈川の新聞じゃない? 我らが画材屋探偵もいよいよ全国的になったのね!」
「まぁね、ハハハ……」
僕、桑木新は美大卒業後、広島の東区光町で祖父が創業した画材屋を継いだ三代目店主である。二代目の僕の両親は現在、欧州を拠点に彼らのライフワーク(別名趣味とも言う)の――父は中世の修道院に関する研究三昧、母は美術館探訪の日々を送っている。店を引き継いで宣伝用HPを一新した際、ミステリ愛好家の僕は、ほんの出来心から〈画材屋探偵開業中/あなたの謎を解きます〉と掲げた。その記念すべき最初の依頼人こそ、今、目の前に立つ女高生・来海サンなのだ。
名相棒の彼女と二人して解き明かした謎の数々はHP別枠に公開しているので興味のある方はぜひ、そちらを覗いてみてください。それはともかく――
本題回帰。
僕は来海サンに手紙の内容を説明した。
「仏像の方は、一応確認し終えたよ。三体とも我が国の誇る薬師如来像だった」
封書内に折り畳んで重ねられていた一番上から順に、
①薬師如来立像/平安時代:真言宗薬王寺・東光院(福岡市博多区吉塚)
②薬師如来坐像/鎌倉時代:覚園寺・薬師堂本尊(神奈川県鎌倉市)
③銅造薬師如来立像/奈良時代:天台寺院・聖衆来迎寺(滋賀県大津市)
「薬師如来は、持っている薬壺からわかるように、病気を治す仏様として信仰されている。西方極楽浄土の阿弥陀如来に対し、薬師如来は東方浄瑠璃界――現世のことだよ――の教主なんだ」
写真を指差して更に説明を続ける。
「①は重要文化財で福岡市美術館所蔵。地元では堅粕薬師の名で知られている。これは典型的な薬師像だな。右手は願いを叶える与願印、左手に薬壺。元々身体は黄金、衣は朱色に塗られていたそうだけど、現在は蓮台と薬壺にのみ金が残っている……」
金は、蓮台にはわずかに残る程度だが、薬壺は衆人の祈りを集めて燦然と輝いている。
「②は両手で薬壺を持っている。この姿は国内では唯一らしい。③も特異な造形だ。左に薬壺、これはいいとして、注目すべきは右手だ。肩に掛けた衣を握っているだろ? この形が珍しいんだってさ。薬師像としても日本最古級、8世紀の作だよ。そして同封の記事――」
「これね?」
来海サンが涼やかな声でその短い切り抜きを読み上げる。
「……2月1日午前9時頃、鎌倉市山之内XXの自宅で元美術学芸員・和路功己さん(62)が死亡しているのが発見された。玄関の鍵が開いており、室内に物色した痕跡があることから警察は強盗殺人事件とみて捜査している――」
来海サンは額に零れる前髪を掻き上げた。
「ふぅん、こんな事件があったんだ。新さん知ってた? 私は今、初めて聞いたわ」
「いや、僕もちょっと記憶にない。他県の話だからなぁ。記事の取り扱いも小さいし」
「一緒に入ってた仏像写真とこの事件が何か関わりがあるのかな? そのことを手紙は伝えようとしている?」
「まぁ、そう取るのがフツーだな、あ、いらっしゃいませ!」
レジカウンターに若い客が雲肌麻紙を置いた。
「これ、欲しいんだけど」
お客への応対で僕らの会話はここで一旦中断した。この通り、僕の画材屋はそれなりに繁盛しているのだ。
「ありがとうございました!」
少年は購入品を抱えてセーブル色の扉の向こうへ消えて行った。
さて、これから、どうする?