8.勇者との邂逅
ありきたりな台詞だと、XXXは感じた。
そう感じて、少し不思議に思う。
一度死んで、鬼の禁呪で黄泉返って、記憶も何もかも引き継いで今ここに居るのだけど、どこか他人の記憶と感情のような。あの勇者様御一行を目の前にして、たったそれだけしか心が動かないとか。もっと恨みつらみとか憎しみを感じるかと予想していたのに拍子抜けしてしまう。とは言え、話しに聞く魔王の母親に比べれば、生きていた頃と体の動きも情動も何ら変わっていないような気もしている。ああ、体温だけは無くなったけれど。…それとも、魔王と一緒に生活する中でその辺の感情は昇華されてしまったのだろうか。
そんなことをつらつらと考えている間にも、勇者様御一行は何やら能書きを垂れ流している。王太子だとか副団長だとかいう身分上、大抵の存在は彼らに首を垂れるのだろうけど、相手は魔王である。その権威は通用しない相手だと、なぜ思い至らないのだろう。本来は、私にだって関係が無いのだ、その権威は。だって私は異世界の存在なのだから。ただ、何の情報も力も、生き抜く術も無かったから大人しく従っていただけに過ぎないのに。
魔王は優しいから、勇者様御一行の能書きを聞いてあげているみたいだけど…
「聞いているのか! 魔王!! 聖女は返してもらう!!」
ひときわ大きな声で勇者が叫んだ。その声でXXXは思考の海から引き戻される。
ん? 違うか、右から左に流れているだけかもしれない。可哀想なものを見るような視線を勇者様御一行に投げている魔王の顔を見て、XXXはそう考える。
あの日、私が魔王の城に来た夜が明けた朝。私は勇者様御一行へは何も告げる事無く、魔王の手を取った訳だけれど。どこか律儀な魔王はわざわざ勇者様御一行へ手紙を出したらしい。
『聖女はいただいた。』
と。そんなことを、雑談の間に聞かされてXXXは思わず噴き出した。それじゃあまるで、私は一昔前のファンタジーもののお姫様のようではないか。それなら王子様とか勇者とかが助けに来てくれるのだろうけど… この世界の王子も勇者も(同一人物だけど)アレだしなあ。何なら、魔王の方がその役に向いているのではとXXXは口にしていた。魔王は微妙な顔をしていたが。
なんにしても、XXXが意外だと考えるのは勇者様御一行のこの言動だ。てっきり構わず魔王ごと討伐されるかとも思っていたのに、と目の前の彼らを眺める。
「聖女をさらうとは何事だ!」とか「聖女を返せ!」だとか言うとは思ってもみなかったのだ、XXXは。魔王の手紙の影響もあるだろうが、周りから非難でもされたのだろうか。主に国王とか団長とか、僅かばかり存在する彼らよりも立場の上の者から。それでここに来るのが遅かったのかもしれない。XXXは勝手に一人で納得する。
「…この先の展開を知ったら、どうなるかな?」
XXXは呟いた。慌てふためくだろうか、その姿を想像してXXXの胸は躍る。
「戻ってきて欲しいようだが?」
魔王はわざとらしくXXXに話を振る。相手するのが飽きたのだろうな、とXXXは思う。うん、私もそろそろ飽きてきたところなんだよね、私たち気が合うね。それにしても、魔王と仲良く腕を組んでいるのは見えていないのだろうか。都合の悪いことをスルーしてばかりいると、いずれ自分の首がぐうの音も出ないほど締まってしまうと知らないのだろうか。可哀想。とか考えながら、
「あら、いやだわ。今さら…」
そう言ってXXXもわざとらしく魔王にすり寄って、何事かを囁く素振りを見せただならぬ関係を思わせる雰囲気を醸し出してみせる。
「裏切る気か!」
勇者の怒気に満ちた声が響いた。
「…そもそも、私の承認なしに無理矢理召喚したのはあなたたちでしょう?」
XXXは煽る。さあ、期待通りのことをして、と。
「いい加減にしろ! セイラ!!」
ニィ、と、魔王とXXXは愉快そうに口を歪めた。その刹那。
魔王とセイラの体が一瞬にして水と成り、崩れ落ちた。水が叩き落ちる音と共に。
「…は?」
勇者たちはただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。魔王も聖女もいなくなった。忽然と、その姿を消したのだ。
「…あ、えぇと… 魔王が居なくなったのなら良かったのでは?」
「…そうですね、討伐成功ということで。」
「聖女は戦闘中に犠牲になったということで。」
不安を拭い去るように口々に言い合うが、良くない状況だということは全員が感じていた。魔王が消えたにもかかわらず、瘴気が薄くなる気配が感じられない。なのに、聖女は居ないのだ。
「どこかに逃げたんじゃないのか?」
水溜りを調べるより先に、勇者様御一行は城内を隈なく探索することを選択した。