7.魔王の告白
「この、魔王が!」
そう、詰ってきたのは誰だったか。今はもう、魔王の記憶にはない。ただ、そんなことがあったな、程度にしか覚えていなかった。そうしてその時は、それでもいいか、と否定も肯定もしなかったことだけは覚えている。
暫くして、また別の誰かが魔王、と言ってきた。その時、明確に思ったのだ。
『魔王と成ろう』と。
魔王と云ったか。私を。お前たちは。魔王、魔なる者の王と。そうか。なれば私は魔王と成ろう。
何者でも無く、何者にも成れなかった私を捨て、今、この時から。
その時のことを、まるで福音のようだった、と、後に魔王は回想した。
訥々と、魔王は語った。彼女自身の境遇を語ってくれたXXXに対しての誠意として、自らの過去を。ただ、この時はまだ、禁呪については言葉にできなかった。どこかでまだ、今もまだ、母が死人だった事実を受け入れられずに心の底に澱として残っている。
ただ、鬼と人の子であると、そうして両親をその手にかけたこと。その後、放浪の末、魔王と成ったことを話した。
お互い、何もかも全て腹の内をさらけ出した訳ではなかったが、こうして一気に打ち解けた。
恋人でも無ければ夫婦でもない。友人とも少し違うような関係で当然家族でもない。上司部下の関係でも、同僚でも何でもない。曖昧な関係のまま、二人は過ごした。
世間話のような、睦言の真似事のような、他愛もないことを囁き合いながら。
「私と一緒に死んでくれるか。」
と、魔王が言ったのは、勇者様御一行が魔王の城に近付きつつあると報告を受けたある日の午後だった。XXXが魔王の城に来てから、ゆうに一年ほど経っただろうか。真夏だったはずが、冬を越して夏が過ぎて秋も深まる頃合いだ。うっかりしたらまた冬が来るが、その前にこの城に辿り着くのだろうか、とXXXはこっそり首を傾げる。まさか冬場に魔王攻略とか… そうなるとまた年を越すのだろうか。
と言うところまで考えて、XXXは物憂げな仕種で魔王の目を覗き込んだ。二人で過ごす時間は、曖昧な関係のまま距離だけが縮んでいた。
「跡形も無く、消えてくれるか。私と。」
そう続けた魔王の表情は少し悲し気で、そうしてどこか全てを諦めているようにXXXには見えた。XXXは魔王の頬にそっと触れた。相変わらずひんやりとした肌をしている。
この時にはもう、魔王は全てを話していた。XXXもまた同じように。隠し事が無くなって、お互いの境界は曖昧だった。
だから、魔王の言わんとすることがXXXには手に取るように分かっていた。それでも。
「あなたはそれで満足なの?」
XXXはそう確認せずには居られなかった。そんな悲しそうな、諦念を滲ませた表情でいるのに。
「分からない。…ただ、今も思い出す。」
と魔王は答えた。今も、脳裏にこびり付いて離れない、あの日の出来事。
「…そう。」
XXXはそれ以上問うのは止めた。思い出しているのが、両親を手にかけた日のことだと知っていたから。代わりに別のことを問う。
「聖女のことは…」
「心配ない、対処する。」
「分かった。でも、他に1コだけお願いがあるんだけど。」
「なんだ。」
「痛くしないで。あと、苦しいのもイヤ。」
「そうか、分かった。」
「なら、いいよ。一緒に消えても。」
XXXの答えに、魔王は微笑んだ。本人は気付いていなかったが、初めての心の底からの笑みだった。
「心配要らない。眠るような死を。それに、二度目の、私と共に消える時も、その時はもう、痛みも苦しみも無いはずだ。」
「約束ね。」
XXXも微笑み返した。