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3.魔王の見る過去

 魔王城。かつて在った国の成れの果ての地に、廃墟となった城があった。それを魔王がその魔力によって建て直した、と言われている。もう随分と昔のことで、誰一人真実を知る者はいない。魔王以外は。

 煌びやかさよりも実用を重視した頑健な造りの城の、謁見の間の玉座に座り、魔王はゆっくり目を閉じた。


『ただ、ただ、ぼんやりとした日々を過ごすうちに、ふと、何か面白いことをしてみようという気になった。』


今となっては手記だったのか、手紙だったのかも判らぬ紙切れに、そんな言葉が連ねてあった。と、魔王は忌々し気に眉を潜めた。

あれが全ての始まりだったのだ、と思うと、それが思い起こされるたびに腹立たしくて仕方がない。未だに許せそうもないと、魔王は溜息を吐いた。


 遠い、遠い昔のこと。一族に馴染まぬ鬼が居たと云う。そのはぐれ鬼は、人里からも鬼の里からも離れた山の中で一人で暮らしていたそうだ。ただ、時折気紛れに人里に下り、ほんの少しの間人に紛れて生活することがあったのだと云う。


「人に紛れて暮らすなど、何が楽しいのか。」

かつて、とある鬼が尋ねたことがあった。

 寿命も能力も遥かに劣り、価値観も違う人間に紛れて人のように暮らしながらも、決して人間の肩を持つ訳でもないはぐれ鬼のその行為は、鬼たちからすればただの奇行にすぎず理解に苦しむものだった。

「…何も。」

はぐれ鬼は何も映していないような瞳を虚空に向けたまま、問いに答えるだけだった。

その後、会話の続く気配も無いと察した鬼たちは、次第にはぐれ鬼から距離を取るようになった。それでもはぐれ鬼は気にすることも無く、山に籠り、人の記憶が薄れた頃に人里に下りるという暮らしを続けていた。


 あれから、あれからどれだけの歳月が経ったことか。


 はぐれ鬼は、いつからか本格的に人里に下り、嫁をとって人として里に根付いていた。それが気紛れだったのかは、もう誰にも分からないことだ。それはまだ、人々が素朴な生活をしていた頃の話。


 はぐれ鬼が鬼としての本性をひた隠して、人として生きるようになって数十年、二人に子は無いまま、流行り病に罹った嫁はそのまま果敢無くなった。頑強な体を持つ鬼にとっては、流行病も数十年という年月も些細なものという認識だった。些細であるが故、流行病で嫁が果敢無くなったという事実、その喪失感と悲しみに、初めて抱くその感情に、はぐれ鬼はひどく動揺した。

 動揺の果て、鬼の一族の中でも禁忌とされる『術』に手を出すほどには、激しい感情の揺れであった。


 村人総出の弔いが終わった後、人々が寝静まったある夜。はぐれ鬼は嫁の眠る墓を暴き、亡骸を持ち去った。かつての(ねぐら)に亡骸一つ抱いて逃げ込むように向かう。随分長い間放置していた塒は廃墟のようになっていたが、そんなことには構わず、はぐれ鬼は亡骸を丁寧に横たえた。獣が入り込まぬよう塒を突貫で整えると、これからのために必要なものを揃えに千里を駆けた。


 (コトワリ)に逆らう、反魂の禁呪。はぐれ鬼は無心で術式を構築していく。


 若く美しかった頃の姿、健康で体力もあった頃、出会ったばかりの花の頃。亡骸を整え、そこまでして漸くはぐれ鬼は己の心の内を認識した。執着と情欲綯交(ないま)ぜの、生々しい感情。人が、己以外の鬼が、愛と呼んでいた“それ”、最も根本にある原初の情動を、生まれて初めて鮮烈な感情と共に自覚する。

 禁呪、世の理を覆すそれには、当然のように制約があった。命を懸けるその制約を思い浮かべ、そうして腕の中にいる嫁に視線を移す。

「それでもいい、と云うのは、俺の我儘か。」

はぐれ鬼は嫁に問いかけた。亡骸だったモノ、は、うっそりと微笑み返しただけだったが、はぐれ鬼は満足した。死者が生き返るなどあってはならぬことだということは理解していたし、禁呪の制約もあったので、はぐれ鬼は黄泉返った嫁を連れて住み慣れた土地を遠く離れることにした。

 誰も知るものが居ない場所、村よりはもう少し、他者との繋がりが薄い都を移住先に選んだ。都に移り住んで数年、禁呪も安定しもう亡骸だったことも忘れるほど、見た目や動作だけは生前と同じようになった鬼の嫁は身籠った。

 十月十日(とつきとおか)、まるで普通の人のこと違わぬように鬼と死者の子は生まれてきた。

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