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ミールムさんとわたくしは、夜になるとウリ坊たちにご飯をあげに行くのが日課になりました。


「みなさん、目を覚まされませんねえ。」


―一応、眠りの粉、かけてあるからね。

  なのに、あんたにはどうして効かないんだろう?

  ぼくを見つけたのもあんただし、なんか、あんたって、いろいろと例外みたいだね。―


ミールムさんは不思議そうに首を傾げました。


―まあ、いいや。

  さてと、今日もチビたち、元気かなあ?―


なんだかミールムさんは楽しそうです。

わたしも、ここ何日か通ううちに、ウリちゃんたちの可愛さにすっかりメロメロになっておりました。


「あの子たち、見れば見るほど可愛らしくて。

 一度、頭を撫でてみたいですわ。」


―撫でられるもんなら、ぼくだって撫でてみたい!

  けど・・・怖がって近づいてこないんじゃないかな・・・―


話しながら歩いていると、いつもの場所に着いておりました。


「毎日森のなかを歩いているのに、ここの場所からは少しも遠くならないのですね?」


「あんたが森の主を譲ってないからね。

 ずっとぐるぐる同じとこ回ってるんだよ。」


なるほど。

しかし、森の主を譲ってしまえば、ここからは遠く離れることになります。

そうすれば、ウリちゃんたちにご飯をあげにも来られなくなるかもしれません。


「なんだかわたくしも、このまま森の主、していてもいいかなって思ってしまいます・・・」


―あんたがそうしたいなら、ぼくは別にそれでもかまわないけどね。

  でも、あいつらだってじきに大きくなってしまうだろうしなあ・・・―


ミールムさんが妖精の魔法で食べ物を集めると、ウリちゃんたちも出てきます。

やはり悶絶級の可愛さです。

いつものように物陰に隠れて様子を見ておりましたけれど、もっとよく見たくてわたくしはいつの間にか身を乗り出しておりました。


―あ。こら。―


「ふみゃっ。」


ミールムさんの制止の声が聞こえたのと、乗り出しすぎて盛大にすっころんだのは、ほぼ同時でした。


「い、たたたたた・・・」


盛大にぶつけた鼻の辺りを手で撫でながら、ウリちゃんたちのほうを伺います。


ウリちゃんたちはびっくりしていったん逃げ去ったものの、すぐに、なに?なに?と言いたそうな顔をして、草むらから姿を表しました。


「あ。ははははは。」


わたくしはもう笑うしかございません。

ウリちゃんたちはそんなわたくしに恐る恐る近づいてきて、ふんふん、と匂いをかいでいます。


そっと手を差し出すと、いったんは飛ぶように逃げてから、また戻ってきてわたくしの手の匂いをかぎました。


「うひゃっ。」


片方のウリちゃんが、味見でもするように、ぺろり、とわたくしの掌を舐めます。

なにやら美味しい味でもしたのか、そのまま、ぺろぺろ、と舐めだしました。


「へ?わ。わわわ。うひゃひゃひゃ・・・」


きょうだいがぺろぺろやっているのを見て怖くないと思ったのか、もう片方もぺろぺろと舐め始めました。それがあまりにくすぐったくてたまりません。


―あ、いいな。ずるい。―


ミールムさんも物陰から出てくると、ウリちゃんたちの周りをぱたぱたと飛び始めました。

ウリちゃんたちは一心不乱にわたくしの掌をぺろぺろしています。なにか美味しい味でもするのでしょうか。

わたくしは、そーっとウリちゃんの頭に手を伸ばします。

念願の頭ナデナデにチャレンジ!

意外に毛が固くて、ちょっとちくちくいたしました。


と、片方のウリちゃんが、わたしの膝に飛び乗って、顔をぺろぺろとし始めました。


「え?」


げしげしと踏まれてちょっと痛いのですが、それよりも可愛いのが勝ります。

恐る恐るだっこしたら、むしろすりすりとからだを寄せてきました。


「うわぁ、可愛い・・・」


もう一匹も反対側から膝に乗ってきます。

そして負けじとわたくしの顔をぺろぺろいたします。

両手にウリ坊。まあ、なんて幸せ。

しかし、ウリちゃん二匹を膝に乗せるのはなかなかに辛いものがあります。

ウリちゃんはもう、おかまいなしにげしげしと踏み荒らします。

だんだんと遠慮がなくなってきて、わたくしにのしかかってまいります。

二頭にのしかかられて、とうとうわたくしは押し倒されてしまいました。


「うひゃひゃひゃ、くすぐったい、くすぐったいです。

 降参、降参、もうまいりました。勘弁してくださいまし。」


思わずそう叫んでおりました。


とそのとき。


聞き届けた。


どこからともなくそんな声が聞こえた気がして、ざざあああっと、森の木々を揺らして、何かが通っていきました。


あ。


そう言ったのは、わたくしだったのか、それともミールムさんだったのか。

ただ、なんだかすっと肩の上が軽くなったような、そんな心持がしておりました。


ウリちゃんたちが満足して帰ってからも、わたくしたちはぼんやりとそこに残っておりました。


「さっきの、あれ・・・

 森の主は、あのウリちゃんたちに移ったんでしょうか?」


―多分ね。―


「あの子たちは、前の森の主さんのお子さんですし、これでよかったんですよね?」


―まあね。

  これで、あのチビたちの面倒はこの森が見てくれるだろうし。

  ぼくも安心して先に進める、かな。―


「面倒を見てくれる?」


―そうそう。

  あんたのことだって、森は面倒、見ようとしてただろう?

  食べ物に困らないようにしたり。―


「ああ!なるほど。」


転ぶたびに食材が手に入ったのは、森が面倒を見ようとしていてくれたからだったのですか。


「なんだか、ちょっと、ほっといたしました。」


わたくしはウリちゃんたちの去って行った草むらを見つめました。

なんだか、こんなことを願うのはおかしいのかもしれませんけれど。

あのチビちゃんたちのこれからに、幸いあれ。

思わずそう願っておりました。


―・・・泣いてる・・・―


ぼそりと、ミールムさんがそうおっしゃるまで、わたくしは自分が涙を流していたことに気づきませんでした。


「あ。あら?やだ。本当ですね。」


わたくしは照れ隠しに笑って、あわてて手で顔を拭いました。

悲しいわけでもないのに、どうして自分が泣いているのか分かりませんでした。

ただちょっとほっとして、そうしたら涙が出てしまっただけでした。


そんなわたくしの目の前に、ミールムさんはぱたぱたと飛んでいらっしゃいました。


―あんたの涙、綺麗だね。―


「ええっ?そ、そうですか?」


こんな至近距離でまじまじと見つめられると、いかにお人形さんのように小さな妖精さんでも、照れてしまいます。


ミールムさんはその小さな手をわたしのほうへ伸ばして、ぺたり、と指先を頬に触れました。


「ミールム、さん?」


それから、ミールムさんは、その指をぱくりと自分の口に含みました。


「えっ?」


次の瞬間、ミールムさんの全身が眩く輝きました。

光のシルエットは、見る見る間に膨れ上がり、辺りを昼間のような明るさに照らして輝きます。


「ミールム、さんっ?!」


差し出した手には、温かな人の肌に触れた感覚がありました。

ミールムさんはけれど、眩い光のまま、動くこともなく、何かを答えることもありません。

このままどうなってしまうのか、わたくしはただおろおろとするばかりでした。


「聖女様っ!大丈夫っすか?」


その声と共に、すたっ、と目の前に飛び降りてきたのはフィオーリさんでした。


「さっき、森がざわざわぁってして。

 そんでおいらたち飛び起きて。

 そしたら、聖女様、いないし。

 あわてて探してたら、なんか急に、ぴかーって明るくなって・・・」


「お嬢ちゃん、大丈夫やったか?

 なんか、怖い目にはあわへんかったか?」


そう言って草むらから姿を現したのはお師匠様でした。

その後ろにはシルワさんの姿もありました。


「やれやれ。やはり、実体化してしまいましたか。」


シルワさんは光のシルエットになっているミールムさんを見てそうおっしゃいました。


「シルワさん、ミールムさんは大丈夫なのでしょうか?」


わたくしが縋るようにシルワさんを見ると、シルワさんは安心させるように微笑んでくださいました。


「大丈夫ですよ。じきに実体化も完成するでしょう。

 ようやくわたしも妖精さんとじかにお話しできますね。」


「へえ~、これが妖精さん、っすか。

 なんかちょっと、思ってたのと違うっす。」


そう言いながら、フィオーリさんはミールムさんを恐る恐る観察していました。


「なんや、どんなんやと思うてたん?」


「もっとね、こう、小さいと思ってました。

 なんか、おいらより背、あるんじゃないっすか?」


お三方はわいわいとミールムさんを取り囲んでお話しを始めました。


「フェアリーは見つけた相手と同じ種族に近い姿になりますからね。」


「ずーっと、こんなのがおいらたちの近くを飛び回ってたんっすか?

 ちょっとでかくないっすか?」


「いえ、さっきまではこのくらいのサイズでしたわ。」


わたくしが手で示すと、へえ~、ほう、ふ~ん、と三者三様にうなずかれました。


「それは、おそらくはマリエさんの無意識が、妖精さんはこんな感じ、と思っていた姿ですね。」


「なんか、そのくらいのほうが可愛くないっすか?」


「なんでそれが、こないになるん?」


「さて、わたしもフェアリーについてそこまで詳しいわけではないので・・・

 これからお仲間として一緒に旅をするのでしょうし、おいおい分かっていくのではないでしょうか?」


「そっか。新しいお仲間っすか。

 っと、さっき聖女様、名前、言ってなかったっすか?え、っと・・・」


「ミールムさん、でしたっけ?」


「ミールム?それって、古代語で、すげー、とかいう意味やんな?」


「すげー、っすか?

 そりゃまた、すげー名前、っすね?」


「って、さっきから黙って聞いてりゃ、言いたい放題だね?

 せっかく彼女からもらった名前にケチつけるなんて、そんな権利、君たちにはないだろ?

 だいたい、君たちさ、フェアリーの実体化なんて、奇跡の場面に遭遇してんのに、なにその緊張感のなさは。

 もうちょっと感動したら?

 人生、感動って大事だよ?」


「あ。」


きらきらきら。

目の前の眩しい光がさらさらの粉のように散っていくと、そこにはわたくしと同じくらいの背になったミールムさんが立っておられました。


「うわ。妖精さん、怒ってますね?」


フィオーリさんはびくっと飛び退いてグランさんの背中に隠れます。


「まあ、そら、今のはワタシらのほうが悪かったな。」


「ふふふ。ようこそ、ミールムさん。わたしたちみんな貴方を歓迎いたしますよ。」


シルワさんは両手を広げてみせましたが、ミールムさんはふん、と鼻を鳴らしただけでした。


ミールムさんは背中の羽でぱたぱたと浮かぶと、小さかったころと同じように腕組みをして宙で胡坐をかきました。


「彼女のこと守護するって決めたから。

 君たちのことも、ついでに見てあげる。」


グランさんの背中で、フィオーリさんは呆れたように見上げていました。


「う、わー、なんか偉そうっすね?」


「まあまあ。

 そら、よろしゅうに頼みますわ。」


「わたし、本物のフェアリー族を見たのは初めてです。

 なんというか、よろしくしてくださいね。」


ミールムさんは、もう一度ふんっ、と鼻を鳴らすと、わたしにおっしゃいました。


「さあ、さっさと帰るよ。」


「ああ、はい。分かりました。」


グランさんの背中から飛び出たフィオーリさんが、だんっ、と足を踏み鳴らします。


「ちょっと!なんっすか?聖女様にその態度は?」


「まあまあ。ところで、お腹減ってへんか?妖精さん?」


「実体化すればお腹も減るし、眠くもなりますからね。

 慣れるまでは無理してはいけませんよ?」


わいわいと賑やかなお仲間に囲まれて、わたくしは野営していた場所へと戻ったのでした。


翌朝、出発したわたくしたちは呆気ないほど簡単に森を抜けてしまいました。

かくして、わたくしたちは五人のパーティとなって、旅を続けるわけなのですけれど・・・

随分長くなってまいりましたし、それはまた別の機会にお話しさせていただきましょう。


長々とおつきあいいただきまして、本当に有難うございました。

あなたのこれからに、幸いあれ。

この言葉をお届けして、おひらきにいたしとうございます。

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