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少しばかり開けた場所を見つけて焚火を作り、野営の準備をします。
みなさん手慣れていらっしゃるので、作業はとてもスムーズでした。
「あ、聖女様はなんもしなくていいっす。
いや、お願いっすから、なんもしないでくださいっす。」
手伝おうとするのですが、みなさんあまりに手際がよいので、わたくしには手を出す隙がありません。
それでも無理やり何かしようとすると、やんわりとシルワさんに止められました。
「貴女は怪我人なのですから、今は怪我を治すことに専念していらっしゃい。」
シルワさんはそう言って頭を撫でてくださいました。
もっとも、怪我人でなくても、いつも何もさせてもらえないのですけれど。
「ん。」
ぶっきらぼうにそう言ってお師匠様はわたくしにおたまを差し出されました。
「鍋、混ぜといて。」
「了解しました。」
ようやく仕事をもらえた嬉しさに張り切って返事をいたします。
「あー、あのおたま壊したら、もう予備、ないっすよ?」
向こうでフィオーリさんがそう言うのが聞こえました。
「しゃあない。後で木、削って、作っとくわ。」
お師匠様はそうお答えになりました。
お鍋をかき混ぜるわたくしの周囲を、フェアリーさんはぷーん、と飛び回っています。
うっかり虫と間違えて、おたまではたき落としてしまいそうな、絶妙な距離感です。
―それ、なに作ってんの?―
「今夜のスープですわ。」
フェアリーさんは、ふぅん、と気のない返事をしてどこかへ行かれてしまいました。
フェアリーさんと入れ替わるようにしてフィオーリさんがいらっしゃいました。
「聖女様、はい。」
器用に蔓を編んで作った籠には、木苺が山盛りになっています。
「おやつでも食べて、いい子にしててくださいっす。」
「あの。有難うございます。」
・・・・・・なんかわたくし、甘やかされております。
「あの、さっきは、ごめんなさい、っす。」
フィオーリさんは言い難そうにしながらぺこりと頭を下げました。
「なんのことでしょう?」
わたくしは本当に分からなくて首を傾げました。
フィオーリさんは気まずそうにぽりぽりと頬をかいてから、おっしゃいました。
「あの。おたまの予備がない、とか、なんとか・・・」
「ああ!
でもそれは、わたくしが次から次へと壊してしまったからです。」
フィオーリさんはただ単に事実をおっしゃっただけで、なんの非もありません。
「今度、お師匠様に木工も習って、おたまくらいは自分で作れるようにいたしますわ!」
決意を込めて顔をあげると、フィオーリさんはちょっと焦った顔をなさいました。
「あああああ、い、いやいや。
それは、その・・・
木工、には、刃物、使いますからね?
聖女様に刃物は似合わないっすよ?」
「刃物と言っても、武器ではありませんわ?」
「あ!いや、その・・・
ほら、グランさんは、短剣で木、削るでしょ?
だからね?」
フィオーリさんは、ひゃひゃひゃひゃひゃ、と奇妙な笑い声を立てながらどこかへ行ってしまわれました。
ええ、分かります。
わたくしに刃物を持たせるのは危ない、とおっしゃりたいのですね?
確かに、お父様もわたくしには包丁も持たせてくださいませんでした。
けれど、どうしてわたくしの周囲の人はみんな、刃物は禁止なさるのでしょう?
せいぜい怪我しても、自分の指くらいだと思うのですけれど。
「そんなことはわたしたちに任せておけばいいんですよ、聖女様。」
反対側から現れたのはシルワさんです。
シルワさんは山葡萄をいっぱいにした籠を持ってきてくださいました。
「貴女のその綺麗な指が傷つくことなんか、誰も望まないんです。」
シルワさんはそっとわたくしの手を取って、指先に触れるか触れないかくらいの口づけをなさいました。
「どうかわたしたちに、貴女をお護りすることをお許しください。」
背を屈めてわたくしの顔を覗き込むようにしながら微笑まれます。
まったく慣れないことをされて、わたくしは頭が沸騰しそうです。
「あ・・・い、や・・・あの・・・」
「はいはい、お嬢ちゃん、ちょっとごめんな?」
横から割り込んでこられたお師匠様は、手に持ったスプーンでお鍋のスープをちょっとすくって味見なさいました。
「うん。今日もお嬢ちゃんが丁寧に混ぜてくれたから、ええ出来やで。」
お師匠様は満足そうに微笑まれます。
「ほら、あんたもちょっと飲んでみ?」
そう言って差し出されたスプーンに、わたくしよりも先にシルワさんがぱくりと食いつきました。
「まあ、シルワさん?」
シルワさんと言えば、物腰穏やかなエルフ様で、普段はあまり俊敏に動くほうではありません。
けれど、そのときの素早さには、わたくしも驚いてしまいました。
「そんなにお腹がすいていたのですか?」
「え、ええ、まあ・・・」
スプーンを咥えたまま、シルワさんは微笑まれます。
お師匠様の小さな舌打ちが聞こえました。
「すぐにご飯にしますから。
人の分、取って食べんでも、大丈夫やでぇ?」
シルワさんは、ふふふ、とだけ笑いました。