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はじめまして。マリエと申します。神官です。

聖女、と呼んでくださる方もいらっしゃいますが、実際には、託宣を受けたわけでも、なにか特別な修行をしたわけでもございません。

ただ、お父様だけは、わたくしを聖女だと言ってくださったのですが。


物語の語り手といえば、ヒロインがつとめるものだ、とフィオーリさんが強くおっしゃるので、僭越ながら、語り手を引き継ぐことに致しました。

ヒロインだなどと自ら名乗るなんて、おこがましいにもほどがあると思いますが、それに関して言い訳をしだしますと、それだけでかなり長くなってしまいそうなので、あえて、割愛させていただきます。

ここはひとつ鼻で笑って、お目こぼしいただければと存じます。


さて、お話しは少し遡って、わたくしがまだ村にいた頃のこと。

隣村で聖女様をオークに差し出したら、オークが襲撃をやめて引き返したらしい。

そんな噂話を耳にしたのは、夕飯の買い出しに出た市場でのことでした。

これは、一刻も早く、この村からも聖女様を送り込まねば!

わたくしはお買い物もそこそこに、あわてて神殿へと戻りました。


オークの襲撃の恐ろしさは、これまでも何度も何度も耳にしていました。

それを回避できるのであれば、多少の無理を押し通してでも、それはやらねばなりません。


とはいえ、この村に聖女様はおられませんでした。

それに、オークのところに差し出される聖女様がいったいどうなってしまうのか、それも定かではありません。

ただ、多分、きっと、楽しいお役目ではないはず、くらいの見当はつきました。


ならば、そんなお役目を他の誰かに押し付けるわけにはまいりません。


幸い、これでもわたくし、一応、女子で、神官です。

とりあえず、聖女の女のほうは大丈夫でしょう。

あとは、聖、のほうですけれど、こちらも、神官であれば、多分きっと、そう遠いこともない、はず・・・?

このわたくしでも何かをあれしてこれすれば、なんちゃって聖女、くらいには、なれるのではないかしら?

とにかく、司祭様に相談してみなければ。


司祭様はとても物知りで、慈悲深く、頼りになる方です。

夕ご飯の献立から明日のお天気、天地神明の神秘に至るまで、どんなことでも尋ねれば、必ずよい知恵を授けてくださいます。

わたくしにとっては、この上なく尊敬し、信頼する方なのです。


司祭様はわたくしを乳飲み子のころから育ててくださいました。

わたくしは、生まれたばかりで神殿の前に置き忘れられた子どもでした。

いくらなんでも、自分の子どもを忘れるなんて、わたくしもうっかり者ですけれど、わたくしの生みの親もかなりのうっかり者だったと言えましょう。血は争えない、というのはこういうことをいうのかもしれません。


寒い寒い雪の朝に、神殿の前に置き忘れられたわたくしを見つけて、司祭様はたいそう驚かれたそうです。

幼い子どもの世話などしたことのなかった司祭様でしたが、それでもわたくしを拾って、世話してくださいました。


その当時は、何年か続いた飢饉のせいで、村はとても貧しかったそうです。

神官のいなかった神殿は荒れ果てていて、この飢饉もきっと精霊様を大切にしないからだと考えた村の人たちは、都の大聖堂に専従の神官に来ていただけるようにお願いして、それで司祭様はここへいらっしゃいました。

ただでさえ神殿の再興にお忙しい身であったのに、首も座らぬ乳飲み子を抱えて、司祭様はそれはそれは難儀なさったようです。

それでも、司祭様はわたくしのことを迷惑に感じたなどとおっしゃったことは一度もありません。

それどころか、「貴女がいてくださるから、わたくしはこうして元気に暮らしていけるのです。」とまで言ってくださいます。

本当に慈悲深いお優しい方なのです。

そんな司祭様を村の人たちも尊敬し、あれこれと手を貸してくれたりもします。

わたくしはそんなふうにして、司祭様と村のみなさんの手で育てていただいたのです。


わたくしには、司祭様にも、この村の人々にも大きな恩があります。

今ここで恩返しをせずに、いったいいつ返すというのでしょう。

市場からの帰り道、わたくしは、いかに茨の道だとしても、必ず聖女もどきになってみせると、固く心に誓っておりました。


神殿に帰り着くと、早速、わたくしは自らの決意を司祭様に打ち明けました。

司祭様は目を丸くなさって、まあ、まあ、とばかり繰り返されました。


「貴女の決心は伺いました。

 けれど、なにもそのようなこと、貴女がなさらなくとも・・・」


「わたくしでなくて、他のどなたを行かせられましょう。

 多少なりとも危険な目にあうのであれば、このわたくしこそが行くべきだと存じます。」


わたくしの決意が固いのを見て、司祭様はため息を吐かれました。


「貴女は、とてもお優しい方なのに、ときどき、そんなふうにとても頑固になられる。

 ・・・いいえ、とてもお優しいからこそ、頑固なのですね?」


そう言ってこちらを御覧になった司祭様の目には、涙が浮かんでおりました。

わたしははっとして、あわてて謝りました。


「悲しい思いをさせてしまい、申し訳ありません、司祭様。」


「こちらこそ、貴女のご立派な決意を喜ぶべきところであるのに、このようにみっともない姿をお見せしてしまって・・・」


司祭様はそこで言葉に詰まってしまわれました。

わたくしは、何か、司祭様のご気分を変えられないかと案じて、質問をいたしました。


「ところで、司祭様、聖女様とは、いったいどのようにしてなるものなのでしょう?」


「聖女様は、なろうと思ってなるものではないと思いますよ。」


司祭様のお答えにわたくしはがっかりしました。


「もちろん、一朝一夕の修行で辿り着ける域だと、軽んじているわけではありません。

 けれど、多少なりと足りないところはあっても、見た目だけでもそれらしく整えられないものかと。

 そうすれば、できるだけ早くオークの許へと行くことも叶いましょう。」


「貴女のそのお心掛け、それはもう、立派な聖女の証でしょう。

 貴女は今のままでもう、れっきとした聖女様ですよ。」


司祭様のお言葉に、わたくしは小躍りしそうになりました。


「本当ですか?司祭様。

 司祭様のお墨付きをいただけるのならば、安心です。

 それでは、わたくしは明日にでも、オークの許へと参りましょう。」


「明日?!

 そんなに早く?!」


司祭様はひどく驚かれましたが、ぐっと瞳を閉じておっしゃいました。


「分かりました。

 あの寒い寒い雪の日に、貴女は突然わたくしの許へ舞い降りて来られました。

 そして、こうしてまた突然、巣立って行かれるのですね。」


司祭様はわたくしの頭を優しく撫でてくださいました。


「これもまた、大精霊から与えられた使命、なのかもしれません。

 わたくしはもう、じゅうぶんに貴女に幸せをいただきました。

 これ以上、貴女をお引止めすることは、大精霊の御心にも適わぬことでしょう。」


それから感極まるように、司祭様はわたくしを優しく胸に抱きしめて、訥々とおっしゃいました。


「最後にひとつだけ、わたくしの告解を聞いていただけますか?」


わたくしが頷くのを待ってから、司祭様は静かに語り始めました。


「貴女が舞い降りたあの朝、わたくしは絶望して、自ら命を絶とうとしていたんです。」


わたくしは驚きにからだを固くしました。

そんなお話しは初耳です。


「けれど、雪の中の乳飲み子は、わたくしの絶望など、簡単に吹き飛ばしてしまいました。

 いかに自らに見切りをつけたくとも、幼子の命を見殺しにはできません。

 かといって、そのころの村に、貴女の世話を引き受ける余裕のある人もいませんでした。

 貴女は、本当に手のかかる赤ん坊で、わたくしは、赤子の世話などしたこともなくて、それはもう、目の回るような毎日でしたよ。

 貴女の世話をするわたくしがあまりに情けないので、見かねた村の人々も、手を貸してくださったりしてね。

 そのころはこの村もわたくしも、本当に生きて行くだけで大変で、精一杯でした。

 そんななかでも、皆が少しずつ力を出し合って、貴女はその皆の思いやりや優しさが集まって育てられたのです。

 けれど、苦しい中でも、貴女の笑顔は、わたくしたちの心を明るくしてくれました。

 無垢な貴女に、わたくしたちもどれだけ励まされたことか。

 春風の吹くころ、お昼寝をする貴女をだっこしたまま、わたくしもうとうとしていて。

 はっと気づくと、いつの間にかこの胸から絶望は消え去っていたことに気づいたのです。

 そこから、わたくしの新しい人生は始まりました。」


司祭様の告白をわたくしはじっと聞いておりました。

知らず、目から涙が溢れ出しておりました。


「有難う。愛し子よ。

 あなたがいてくださったから、今、ここにわたくしはいるのです。」


それは、これまでも何度となく、司祭様が言ってくださった言葉でした。

愛し子、と呼ばれるたびに、わたくしは、今ここに自分がいていいんだと言ってもらっているようで、とても安心しました。

生みの親の顔は知らなくとも、寂しいと思ったことがないのは、多分、司祭様がわたくしをそう呼んでくださったからでしょう。


「お父様・・・」


わたくしは幼い頃のように司祭様をそう呼びました。


「いつでも、帰っておいでなさい。

 貴女の故郷はここなのですからね?」


お父様は優しく言ってそっとわたくしを離しました。


「貴女ならきっと、世界中に幸せを振りまいてくることでしょう。

 貴女が世界のどこにいても、わたくしはいつも、貴女の幸せを祈っていますよ。」


「有難うございます。お父様。」


わたくしは今の自分にできる一番の笑顔でお父様に笑いかけました。


「いって、まいります!」


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