どこかに行った桜餅
夜勤明けでひと眠りしたら食べようと思っていた、桜餅が戸棚から消えている。
近くの桜は花が散り、葉桜の時期を迎え、若葉が芽吹いていく。
(葉っぱを貰って、家族と桜餅が作ったはずなのに、どこに行ったんだろう)
落ち着いて考えてみる。
物事は筋道立てて考えれば、たいていのことはうまくいく。
(朝起きたら枕に抜け毛がびっしりあったなら、寝れる前にトニック塗るとかさ)
これはあくまで一例で、ほかにも対策はあるだろう。
髪をきちんと乾かす、ドライヤーをあてる、ブラシでマッサージが思い浮かぶ。
とにかく結果には何らかの理由があり、その先に原因がある。
(探してみますか)
眠気を感じつつ、桜餅を置いておいた戸棚の近くを見ると、踏み台があった。
おそらく長女か長男がお腹をすかせて食べものを探していたと推測する。
(となると、夕食は少なめが良いかな)
それなりに量があるため、二人で食べてもお腹いっぱいなはず。
夕食をどうしようか考えていると、ドアホンが鳴る。
ドアホンの映像には妻と長男が映っていた。
(そういえば今日は、隣の家に遊びに行くって言っていたな)
夜勤明けだからと、辞退したことを思い出す。
手ぶらで行くのもなんなので、持って行ったと考え直してみる。
「お帰り。早かったね」
「ちょっと、困ったことがあって」
長男もなぜかしょんぼりとしている。
「隣の子は、あんこが苦手なんですって。うちの子たちは好きなのに」
「なるほど。それじゃ別のお菓子を作るよ」
隣の人は何年か前に海外から引っ越してきた。
日本の主食が米なように、海外には豆が主食なところもあると聞く。
だから、豆を甘くしたあんこが苦手なこともあり得る。
(せっかくだし、日本の食べ物も知ってもらおうかな)
眠気をこらえ、キッチンに向かい、食材を探すとパンの耳があった。
夜勤明けに食べたサンドイッチの残りだろう。
「これを使おうか」
冷蔵庫から牛乳と卵を取り出し、混ぜ合わせる。
そこにパンの耳を半分ほど入れて、しっとりするまでしみこませていく。
残ったパンの耳は、オーブンに並べ、タイマーをセットする。
「あとはフライパンでバターを溶かして、フレンチトーストを作ってと」
フレンチトーストが出来上がるころ、オーブンが鳴った。
サクサクに焼きあがったパンの耳にグラニュー糖をまぶす。
「これでかりんとうの出来上がりっと」
パンの耳を使った簡単なお菓子が二種類出来上がる。
これを容器に入れて妻に渡す。
「ありがとう。きっと喜ぶわ」
妻は桜餅の残りを渡し、長男を連れ、また隣の上に向かう。
念願の桜餅を食べようとすると、強烈に眠気を感じた。
「もうひと眠りするか」
キッチンを片付けて、使ったものを洗う。
それが終わると、部屋に戻って眠りについた。
眠りから覚めてカーテンを開け、空を見る。
きれいな茜色に染まっていた。
「寝すぎたか……」
どうにも重たい頭をふって、階段を下りる。
リビングに行くと、長女と長男がお昼寝をしていた。
「よく眠れた?」
妻がお茶を淹れてくれた。
「ありがとう」
口に含むとお茶の温かさがじんわりと広がっていく。
お茶うけの桜餅を食べる。
今回は桜餅の中にイチゴを入れてみた。
あんこの甘さとイチゴの甘酸っぱさ、桜の葉のしょっぱさが口の中に広がる。
「パンの耳のお菓子、ありがとうね」
妻が改めてお礼を言う。
「でも向こうは豆乳と米粉とメープルシロップのケーキが欲しかったみたいよ」
先入観が入っていたなと今になって思い、今度持っていこうと妻と約束する。