表現の自由
3
ここはDIY城下町、人々が手と手を取り合い紡いできた歴史あるルーカスシビド神聖王国の都だ。高くそびえるDIY城は友愛と慈悲に溢れる国王とその臣下のシンボルとされている。
「今の国王様は先代のドグラ・マグラと比べようやっとるわい。あやつはそうとうなポンコツで、戦争戦争一日休んで戦争、終戦かと思いきやなんでもない小国に宣戦布告。今の国王様が唯一流させた血が、近親殺しといえどもあやつでよかったわい。わしはこの年になってやっと明日の朝がくることに希望をもって眠れるわい」
「ふぅん、そうなんですね。じゃあ、邪魔だ。それをよこせ」
「な、なんじゃ貴様」
「あなたと同じ、明日に希望をもつ平凡な人間だ」
車夫が手綱握りながら動揺しているあいだに、馬車を飛び降りた僕は、馬車の段差を利用し飛び上がり、髭にまみれたその顔を思い切り蹴り上げた。
「しかし明日はこない、なぜならこの世に希望はないからだ」
血で染まった髭、その長さで真面目に働いてきた時間が伺える。しかし、それは強者に生かされていただけなのだ。僕は車夫の背中を日大式ラグビータックル、奴は思い切り地面に頭を叩きつけて、動かなくなった。さぁ、安馬ムテンフロンシンよ駆けよ、我こそこの世界の車夫なり。
この国の衛兵は戦闘なれしていない。陣形も甘いし、何より、士気が低い。あの国王あってのこの衛兵だな。そう甘く見ていたのも矢先、僕は酔うと野原の豊かな自然に身を包みたいという欲望にかられてしまうのが悪い癖で、その日はポコチン草が口に入ってしまい、徐々に指先から痺れ始め、身体中の液体という液体を垂れ流しにし、そこを見るも無残な陣形の大量の衛兵に囲まれてしまった。しかしこれは、今考えてみると、ほんとうに幸運なことだった。動けない僕を介抱してくれる美しい女性、僕が主人公ならばヒロイン的な存在が必要であることを身を持って知ったからだ。
牢獄は城の裏にある巨大な湖のかつて砦だった建物が転用されている。この牢獄は先代の名残で、難攻不落脱出不可能、重罪人とされた人物はマトリョーシカ式になっている棺合計15個の中に閉じ込められ、細長いチューブで栄養が繋がった鼻の穴に送られる。そしてその棺は湖の海底火山から湧き出るマグマの上に吊るされ、上では先代から使える王国最強の死刑執行人パルザトスが日常生活を送っている。そしてこの棺の15個の鍵は、もうこの世には存在しない。
暗闇の中、身体に備わる五感の機能は風前の灯火であった。しかし僕は、まず呼吸に全てを注いだ。この作業は緻密で、原子と原子の間に糸を通すような作業だった。パルザトスは噂通りであれば、この棺が僕の動きによって1mmでも動けば、たちまち反応し、棺から一日中眼を話さなくなるという習性をもっているからだ。こうして僕はこの世界の息吹と毛ほども変わらぬ呼吸の方法を会得した。そしてこの惑星式呼吸法によって、棺内で風の調べを用いて、ついに15個すべての鍵穴の形を把握することができた。しかし喜びもつかの間、つぎの作業も辛く厳しいものであった。鼻に伸びた栄養チューブは粘土のような材質、それに使い捨てであった。僕は栄養チューブを口内で、ガムを噛みちぎるように少しずつ貯め、口内の液体を全て排除した部分で、徐々に乾かしていった。その先端を歯で徐々に加工していった。そして、半年経つ頃、ついに全ての鍵を口内で用意することができた。それらを結合することによって、一気に鍵穴を突破することができるはずだ。
パルザトスは朝飯の前に、のっそのっそと棺に近づいていき、栄養チューブを新しいものにすり替え、使用後のチューブを雑にマグマに放り投げる。マグマに落ちたチューブは、黒煙とともに焼け焦げて沈む。そして豪勢な朝飯、ボルボ運河の大ワタリガニ、ピョーピョードルのチョゲワチョイ、睾丸を前に、読めもしない新聞を気取って広げる。