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第3話 天才剣士(クール)

「レインさまぁー、おそとであそぼうよぉー」


 ニーナが専属メイドとなって数日。俺はすっかり彼女から懐かれてしまっていた。


 やっぱり主従関係と言うよりは友達や兄妹といった距離感で、専属メイドとはほとんど名ばかり状態だ。そんな俺たちの関係を、父上も母上も他のメイドたちも微笑ましく見ているばかり。誰もニーナを注意しようとはしない。


 やっぱり、子守を押し付けられたっぽい。


「レインさまぁー」


 寝転がった俺の上に覆いかぶさって、ニーナは俺の体を揺らしてくる。これじゃあまともに本も読めない。


 ……仕方がない。少しだけ付き合ってあげるか。お外で遊ばせて、疲れて昼寝をさせる作戦だ。


「わかったよ、ニーナ。外へ行こうか」

「やったぁーっ!」


 本を閉じて俺が書庫を出ると、ニーナは大喜びでついてくる。一応、父上と母上に外でニーナと遊ぶことを伝えてから外出した。父上も母上も驚いたように目を見開いて、それから嬉しそうに許可を出してくれた。いったいどうしたのだろう?


 首を傾げながら外に出ると、太陽の日差しが眩しくて頭がくらくらした。外に出るのは随分と久しぶりだ。前に外出したのは、父上の領内の視察に同行した時だったか。あれが確か半年ほど前……。自分でも引くくらい引きこもっていた。


「あっ、ちょうちょさんっ!」


 ニーナは元気いっぱいに、近くを飛んでいた蝶々を追いかけ始める。


「ニーナ、走ると危ないよ」


 俺はその後を、ため息を吐きながら追いかけた。これじゃ、どっちが主かわからないな。


 それから、俺とニーナは屋敷の敷地内にある大きな庭園を散歩した。お抱えの庭師によって丹精込めて作られた庭園には、色とりどりの花が咲いている。屋敷の窓から見る庭園も綺麗だったけど、実際に歩きながら見るのも悪くない。


 しばらく散歩をしている内に、遠くから喧騒が聞こえてきた。ニーナがそっちの方角へ歩いていくので、俺もそれについていく。


 ここは、ロードランド騎士団の訓練場か。


「レインさまぁ、あれなにやってるの?」

「騎士団の稽古だよ」

「けいこ?」

「強くなるための運動かな」

「すごーいっ! ニーナもつよくなりたい!」

「いやいや……」


 その前にメイドとしての仕事を一人前になってもらいたいところだ。


「おや、珍しいですな。レイン坊ちゃんが外にいらっしゃるとは」


 騎士団の訓練を見ていた俺たちに声をかけてきたのは、鎧を着こんだ偉丈夫。強面の顔には左目から頬にかけて大きな傷が刻まれていて、ニーナはその顔を見ただけで「ひぇっ!?」と悲鳴を上げて俺の後ろに隠れてしまった。


「俺だってたまには外の空気を吸いたくなるんだよ、エバンズ」


 ロードランド騎士団団長、エバンズ・バルガ。魔族の侵攻に備えてロードランド家が組織した精鋭揃いのロードランド騎士団で団長を務めるこの人は、おそらく王国内でも屈指の実力者だ。その背中には、俺とニーナの身長を足したくらいの長さの大剣が背負われている。


 騎士団長であり、屋敷の警護責任者であるエバンズとは昔からよく顔を合わせていた。父上の古い友人でもあるので、生まれた直後には俺を抱っこしてくれたこともある。握りつぶされやしないかと冷や冷やしたものだ。


「こりゃ失敬。おや、そちらの可愛らしいお嬢さんは?」


 俺の後ろに隠れていたニーナは、少しだけ顔を出して「……こんにちは」と小さな声で挨拶をした。どうやらエバンズのことが相当怖いらしい。


「この子はニーナ。俺の専属メイドだ。あんまり怖がらせないでやってくれ」

「別に怖がらせてるつもりはねぇんですが、どうにも子供にゃ好かれねぇんですよね……。俺のことを怖がらねぇのは坊ちゃんくらいなもんですぜ……」


 どうやら怖がられるのはいつものことのようで、エバンズは悲しそうに眉を落とす。顔と見た目で勘違いされがちだが、この人けっこう繊細なんだよなぁ。


「そうだ、坊ちゃん。実は坊ちゃんに新入りを紹介したいと思ってたんですよ。そろそろ坊ちゃんにも身辺警護の騎士が必要だと、お館様とも話していましてね。ちょうど良く腕の良い新入りを見つけて来たんで坊ちゃんにと推薦しようと考えてたんです」


「新人に俺の身辺警護って、大丈夫なのか?」


「出自に関しちゃ俺の親戚筋なんて問題ありませんぜ。実力も、剣の腕は既に騎士団でもトップクラス。何より、坊ちゃんとも歳が近い。今年で12歳ですからね。坊ちゃんとなら上手くやれるでしょうぜ」


「12歳の新人騎士か……」


 ロードランド騎士団は魔族の侵攻に備え、父上とエバンズが精鋭を揃えている。レベルやステータスが高い実力者は自然と年齢を重ねていることが多いから、その中に12歳が割って入るのは相当な才能が無いと難しいはずだ。


 6歳上の天才剣士。いったいどんな人なのだろう?


「おい、ナルカ! こっちへ来い!」


 エバンズの呼びかけに応じて俺たちの元へやってきたのは、白い髪の華奢な女の子だった。体型は俺よりも大きくはあってもまだまだ成長途上といった感じ。屈強な男揃いのロードランド騎士団においては、明らかに浮いている。


「こいつはナルカ・サーヴァレス。こんなちんまい見た目だが、さっきも言った通り実力は騎士団でもトップクラスです」


「…………どうも」


 ナルカは俺を見下ろすと、素っ気なく会釈をする。どうやらあまり、好印象は抱かれていないらしい。


「お、おいナルカ! この方はロードランド家の次期当主様だぞ! しっかり挨拶しないかっ!」


「……ナルカ・サーヴァレス。よろしく」

「お、お前なぁ! すんません、坊ちゃん」

「いや、構わないよ」


 クールで凛としたたたずまいの少女は、俺を興味なさそうに見つめていた。早く訓練に戻りたい様子で、時折訓練場のほうへ視線を向けている。


 この子が俺の身辺警護か……。身辺警護ということは、四六時中付きっ切りで俺の傍に居るということだ。こんな様子のナルカが近くに居たら息が詰まってしまいそうだな。


「はぁ……ったく。そうだ、坊ちゃん。たまには剣の稽古なんてどうですかい? ずっと書庫に入り浸ってちゃ体が鈍っちまいますぜ?」


「いや、俺は……」


 生まれてこの方、剣を握ったことすらない。だから断ろうと思ったのだが、後ろからちょんちょんと控えめに服を引っ張られる。


 振り返ると、ニーナがキラキラと瞳を輝かせて期待の眼差しで俺を見つめていた。


 ……まあ、たまには体を動かすのも悪くはないかぁ。


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