辺境の兵隊 〜突然のクビ通告と同時に来たのは王国騎士団からの招待状でした〜
私はルル。辺境の兵隊に所属してるの。
毎日働き詰めで、辛い毎日。
身体はボロボロ。睡眠もまともに取れてない。
でも私、この生活は嫌じゃないんです!
だって、私の夢は強くて優しい騎士になることだから!
今日も私の一日が始まる。
私は寮を出て石畳をかけ出した。
「痛っ!」
私は道端の小石に躓き、転んでしまった。
昨日、オーガに負わされた怪我が響いているみたいだ。
気を引き締めないとな。
「兵士ごっこのお姉ちゃんが歩いてる!」
「ちょっとやめなさい! あんなみっともないもの見ちゃダメよ!」
物陰から、少年と母親が私を馬鹿にする。
消えてくれとでも言わん表情だ。
みっともないものか!
それに、この村を守る兵士に言うことか?
だが、これが現実なんだ。
私に気にする余裕はない。
早く兵士の詰所に向かわないと。
「おはようございます!」
私は元気な挨拶と共に、詰所のドアを開ける。
「おい、ルルが来たぞ。ここは遊び場じゃ無いんだよ!」
「あの役立たず。女に兵士の仕事が務まるわけないだろう」
同僚の男兵達による、女の私に対する偏見にまみれた中傷が飛ぶ。
またか。
気にしていたってしょうがない。
この国ではこれが普通。
女の生き方に自由なんて無いんだ。
ここの兵隊に女は私一人。
何度、男に生まれたかったと思ったことか。
帝国騎士学校には女だからと入学を拒否され、私は深く落胆したのを今でも鮮明に覚えている。
それでも私は騎士になる夢を諦められなかった。
無償労働を条件に、なんとか辺境の兵隊に所属できた。
それが今の職場。
私に回される仕事は辛いものばかりだ。
魔物の排除を一人でやらされたり。
その上、支給品を分けてもらえなかったり。
それでも私はめげずに仕事を続けるだけだ。
『ゴブリン二十匹、オークが五匹、オーガ一匹』っと。
私は羊皮紙にそう記す。
「隊長! E区画、指定危険モンスターの排除を完了しました!」
私は隊長に先程の紙を手渡した。
「排除だと? 笑わせるな! ここら一帯は死者ゼロの特別安全区画だ! それとも何か証拠があるのか?」
隊長は赤い顔で机上を叩くと、私を睨みつけた。
「あの、ごめんなさい」
私の何がいけないんだろうか。
いつもこうやって、理不尽な説教をされる。
隊長から課された仕事を必死にこなしてるだけなのに!
それに、証拠なんてない。
一緒に仕事へ行った同僚達は、食料と支給品を私以外で分け合い、すぐに帰ってしまう。
引き留めても同じ事。
「生意気な女は魔物に喰われて死ね」だってさ。
いつもの事だ。
それに同僚は私が魔物を排除してるのを見ていたとしても証人になんてなってくれないだろう。
「ゴブリン十匹、オークにオーガ? 女ごときが? ゴブリン一匹殺せやしないだろ!」
女でもゴブリンくらい殺せるのに。
でも、この国でそんな事を言うと異端扱いされる。
昨日は寝ないで魔物排除の仕事をした。
でも、誰も見てくれない。
誰も認めてくれない。
「完全に指定危険モンスターを排除しました!」
「それは本当の事か?」
隊長は呆れと哀れみが混ざり合ったような表情を浮かべる。
「はい! 本当の事です!」
「一年経った。お前がここに来て働き始めて」
「はい」
「一年だ。お前の戯れ言を聞かされるのもな!」
この国、いや、この世界では女の言葉に価値なんてない。
男の言いなり。都合のいい道具だ。
「全て本当の事です! 信じて下さい!」
「信じようとも。お前が男だったらの話だがな!」
男。
私は何度この言葉に苦しめられればいいんだろう。
騎士になる為、必死に研鑽を積んだ。
それなのに。どうして。
「女の分際で身の程をわきまえず、兵士であろうとする腐れ外道の半端者。お前はもう来るな! ルルを懲戒解雇とする」
吐き捨てるような暴言を私に浴びせる隊長。
「そ……そんな!」
あまりにも突然すぎる出来事。
私の脳内はぐちゃぐちゃになる。
「私が何をしたって言うんですか!」
一呼吸の後、やっとまともな言葉が出てきた。
隊長は無言の睨みを利かせる。
迷惑だ、とでも言いたそうな顔で。
なんで。
こんなに頑張っていたのに!
仕事にだって必死に取り組んできたのに!
やっとの思いで入隊できたんだ。
私にとって、小さい頃からのかけがえのない夢だった。
この隊に入れた事は、女の私が初めて少しだけでも認められたんだと思ったのに。
だから、他の人の何倍も努力した。
女でも出来るんだって。
すごい。強い。格好いいって。
もっともっと認めてもらえるように。
「どうしてですか! 私が弱いからですか!」
私は解っている。
それでも聞かずにはいられなかった。
一縷の望みをかけて。
壊れそうな心を押し込めて。
「女だからだよ! 出てけ!」
ああ。やっぱりか。
「大変な事でも、雑用でも、命懸けのことだってやります! だから、私にこの仕事を続けさせて下さい!」
私は必死にしがみつく。
最後の希望である今の職場。
絶対に失いたくないから!
「お前に兵士の仕事が務まるわけないだろう」
「私ならできます! 何だってやりますから!」
私に押し付けられた理不尽とも思える量の仕事だってこなしてきた!
身を粉にして働いてきた!
当然の如く私に給与はない。
せいぜいがボロボロの寮とカビの生えたパンを与えられる程度。
私が兵隊に入隊してから一年が経った。
一切の昇進も、待遇の改善も無いまま。
当然、最底辺の最低限度の生活を送ってきた。
それでも頑張ったのは、いつか私が、女としての私が認められると信じていたからだ。
「出てけ! それとも不法滞在で犯罪者になりたいか?」
隊長の鋭く不気味な睨みが私を捉えた。
突然の解雇。
私は兵士じゃなくなった。
どうして。
私の目からは涙が止まらなかった。
女の私の狂った夢。
小さい頃から何度も否定された。
やっとの思いで兵士になれた。
騎士になる夢に近づいたと思い、飛び上がって喜んだ。
辺境の兵隊だけど、必死に頑張った。
いつかは憧れの騎士になれると信じて。
なのに。
「ううっ」
酷い。世界は女に理不尽だ。
無慈悲で残酷で救いの無い世界。
「もう無理なのかな」
私は重い足取りで帰路につく。
私が一年の間、毎日のように通っていた帰路とは別の帰路。
ここから一つ離れた村。
この村よりさらに田舎の私の故郷。
私の故郷に向かい歩みを進める。
田舎の風景が近づくにつれ、私の心は壊れていく。
止めどなく流れ出る私の涙。
あぜ道に涙痕が残る。
辛い……辛過ぎるよ。
行き場のない感情が孤独に歩く私を襲った。
着いちゃったか。
故郷の村が見えてきた。
日も沈んできた。
私の心と同様に。
なんて言おうか……
私は涙を拭き取り、実家のドアを開けた。
ダメだな。直ぐに目に涙がたまってきた。
私は、俯いたまま家の中に入る。
「ルル? どうしたの? 急に家に帰ってきて。」
お母さんは心配そうな顔を見せる。
「ちょっと、ルル! ボロボロじゃない。どうしたの!」
お母さんに言われ、私は自分の身体を見つめる。
私の身体は無数のかすり傷を負い、服はボロボロだった。
「うそ」
こんな事にも気づけなかったなんて。
「何でもない」
お母さんにこれ以上心配はかけられない。
俯いたまま、私は寝床へかけ出した。
隠した涙が溢れそうで。
とにかく母の顔が見れなくて。
私は一人、寝床で考える。
考えたくもないことだ。
諦めよう。
私には過ぎた事だったんだ。
私に兵士は無理なんだ。
もちろん騎士になる事なんて夢のまた夢。
私は夢を手放す決意をする。
女だから、ただそれだけの理由で。
「ごめんなさい」
自らへの謝罪か。
それとも私を支えてくれた人への謝罪か。
それとも……
ない混ぜになった私の心は空っぽに収束する。
「死にたい。消えたい」
全部忘れてしまいたい。
思い出も辛い過去も全て。
そう思い至った私は実家を飛び出した。
裸足で歩く村の地面はなんだか冷たく感じた。
私の心みたいに。
そして、この世界みたいに。
村に生い茂る草木は私の心を嘲笑うかのようだ。
「ちょっと、ルル! こんな時間にどうしたの!」
母さんは私を追いかけ、制止を呼びかける。
母さんの声なんて今の私には届かない。
母さんは私の表情に危機感を抱いたのか、私を羽交い締めにした。
私は母さんの腕を振り解き、かけ出した。
地獄へ向かって。村の崖へ。
「ごめんなさい。母さん」
「ルルっ!」
母さんが私に手を伸ばす。
私は親不孝だ。
私は村の崖に身を落とした。
心も身体も全て堕とそう。
この醜い世界に。
私の身体は落下を加速させる。
心残りがあるとすれば、彼にもう一度会いたかった。
私が騎士を志すきっかけになった彼。
必死に彼の後を追い続けた。
彼は優しく、そして強く、私の憧れそのものだった。
でも、同時に妬ましくもあった。
私は彼のようにはなれない。
だって、女だから。
「さようなら、世界」
私は落下に身を任せる。
頭から垂直に落下する私。
過ぎゆく景色は、私を死へと誘う。
もう考えるのはやめだ。
どうせ、私は消えて無くなるのだから。
私は目をつむった。
この世界からか、それとも落下の恐怖からか。
地面に激突するかに思えた私の身体は、柔らかいものの上に落ちた。
包み込むような優しい感覚。
私はこの感覚を知っている。
「ルル、なのか?」
偶然か、はたまた神の悪戯か。
その彼が私の身体を抱きとめたのだった。
「えっ! 生、きて……る」
どう、して。
「傷だらけじゃないか! 何があったんだ、ルル!」
「どうして! どうして私を助けたの! なんでよ! なんでなの!」
私は彼の手を振り払い、彼に怒りをぶつけた。
「友達だからさ。そりゃ助けるだろ」
「アレン……! でも私!」
「わかる。わかるさ。辛かったんだろ」
「……」
私は彼の胸元で静かに泣いた。
「よしよし」
彼の名前はアレン。
私が憧れても手が届かない。そんな存在だ。
アレンと出会ったのは私が六歳の時。
私が森に遊びに行っている時のことだった。
「お母さん! 行ってくるね! 六さいになったから、一人で外に行ってもいいんでしょ?」
「気を付けるのよ、ルル。後、あまり遠くにいっちゃダメよ」
「はーい。お母さん」
「まったくもう。森に行きたいだなんて、どうしてこんなやんちゃな子になっちゃったのかしら」
お母さんの独り言をよそに、私は一人で家を飛び出した。
どんな楽しい冒険が待ってるんだろう。
私の心はワクワクと好奇心に満ち溢れていた。
この好奇心こそ、のちの悲劇を引き起こす最大の要因だったなんて、この時の私が知る余地はなかった。
「わー、すてき!」
木漏れ日が差し込む早朝の森はとても幻想的で、森の匂いはどうしようもないくらい私の冒険心を掻き立てる。
小鳥のさえずりは私の気持ちに呼応するかのようだ。
「あ、チョウチョさんだ!」
私の目の前を神秘的に輝く青い蝶が横切る。
青い蝶は輝く鱗粉をばら撒くと、木陰に姿を消してしまった。
「まってよー」
私は、木々の隙間を縫うように飛び回る青い蝶を追いかけた。
川を越え、崖を登り、今にも壊れそうな橋だって渡った。
始めて来た滝に目を奪われたり、崖の上から遠くの街を見渡したり、私は始めて見る世界を満喫した。
あかね色に染まりゆく空はいっそう森の美しさを際立たせていた。
「わー、きれい!」
森の奥深く、中央に切り株のある広場に出ると、青い蝶が私の周囲を回り始めた。
広場には色とりどりに輝くたくさんの蝶が飛び交っている。
夜の美しさと蝶の輝きが相まり、幻想的なコントラストは見る者を惹きつける。
もしかしてチョウチョさんは、私にこの景色を見せたくてここへ連れて来てくれたのかな。
お母さんにも見せてあげたいな。
「はー。たのしかったあ」
そろそろお家に帰ろう。
あれ、私どっちから来たんだっけ。
年端もいかない少女が一人、夢中になって蝶をおいかけた。
迷子になるのは想像に難くなかった。
どうしよう。
私の不安とは裏腹に、蝶たちは無邪気に空を舞い続けていた。
「ぐすっ、お母さん! たすけてよお!」
私はその場に泣き崩れた。
私、このままお家に帰れないのかな。
「ぐすっ、母さん! たすけてよ!」
私の声じゃない!
近くから同じ様なことを叫ぶ見知らぬ少年の声が聞こえてくる。
そのおかげか、自分の様子を他人を通すことで客観的に見られて私は案外冷静になれた。
どうしたんだろう。
とにかく困っているなら助けないと!
それにもしかしたら、彼なら帰り道がわかるかもしれない。
「どうしたの?」
「わっ! 何! モンスター!」
私が近寄り話しかけると、彼は小動物の様にびっくりして跳び上がり、背中から倒れたと思えば後ろに回転し、頭を木に衝突させた。
「だ、大丈夫? 私はルル。モンスターなんかじゃないから安心して。それより君はなんで泣いていたの?」
私はあまりのことに動転しながらも、なんとかたどたどしい言葉を投げかけた。
「ほ、ほんと? 実はぼく迷子なんだ。ルルちゃんはぼくのお家わかる?」
「あはは。私も迷子なんだ」
「え、ルルちゃんも迷子なの? それじゃあぼくたちお家に帰れないじゃん! なにのんきに笑っていられるんだよ!」
「なんだか君があまりに泣きわめいているものだからおかしくって」
私が無邪気に微笑むと、彼は頬をパンパンにして言い返してきた。
「ひどいよ……ルルちゃん。ぼくをみっともないって思っているんでしょ!」
「君のことをみっともないなんて思っていないよ。私だって不安だったんだよ。でもなんだか安心しちゃったんだ。私と同じように泣きわめく君を見てね」
「もう、なんだよそれ。ぼく、ちょーかっこわるいじゃん」
彼は少しむっとした表情で立ち上がり私に背を向けると、私に手を差し出してきた。
彼のちいさな背中からは頼りなくも強い意志が感じられた。
「んっ」
彼は私を肩越しにちらちら見ながら、差し出した手を強く震わせる。
「私を連れて行ってくれるの?」
「ほら、行こう。ルルちゃんのお家まで連れて行ってあげる」
「でも道、わからないんでしょ?」
「もうっ! いいから行こう」
彼は私の手を取ると、突然走り出した。
「ちょっと待ってよー。どこ行くの! 私のお家わからないんでしょう?」
私は走る彼の手を必死に掴みながら、彼に抗議する。
「俺に任せろ! お前をぶじにお家に連れて行ってやる!」
「もしかして、かっこつけてる? ふふっ、かわいい」
「うるさい! だまってついてこい!」
彼は恥ずかしがりながらそう言うと、走るスピードを速めた。
「はーい」
私たちは夜の森をかけながら会話を続けた。
「なんだかおもしろい子。君といたら夜の森もこわくなくなっちゃった」
「ルルちゃんはなんでぼくのこと名前で呼んでくれないの?」
「俺じゃなくてぼくになってるー」
「もー。からかうなあ!」
「でも私、君の名前知らないし」
「え、うそ」
「ふふっ、かわいい」
「や、やめてよもう。ぼくはアレン。ルルちゃんをお家に連れて行ってあげるんだあ」
彼は胸を張って、私に自信満々の笑みを向ける。
「アレンはどうして私を助けてくれるの?」
「騎士が困っている人を助けるのは当然だろ!」
「アレンは騎士なの?」
「騎士になる男さ!」
「ほんと?」
「ほんとだって!」
アレンは私の方を見てウィンクをすると、石につまずいて頭から転んだ。
「いったあい」
「ふっ、君はほんとドジなんだから」
「わらうなあ!」
アレンといる時間は楽しかった。
この時間がずっと続けばいいと思うほどに。
「ひゃあっ! ア……アレン! う、後ろ!」
アレンの後ろには大型のクマのモンスターがいた。
私は片腕をついて尻もちをつきながら、クマを指さす。
「後ろ? えっ……」
アレンが気付いた時にはクマの腕はアレンの眼前に迫っていた。
ダ、ダメだ! 私もアレンも気づくのが遅すぎた。
「アレン!」
私は力いっぱいに飛び出し、アレンを突き飛ばした。
アレンは大きく横に倒れ、クマの腕をすれすれでかわした。
「よかった。間に合った。くっ!」
勢いよく飛び出した勢いで足をくじいてしまったみたいだ。
もうダメだ。私、もう逃げ切れない。
「ルル! ごめんぼくのせいで。早く逃げよう!」
「逃げられない! 私、足をくじいちゃったみたい」
「そ、そんな!」
「私のことはいいから早く逃げて!」
クマはしびれを切らして私に腕を振りかぶってきた。
「早く逃げてアレン!」
ここで私は死ぬんだ。
でも最後にアレンに出会えてよかった。
私は静かに目を閉じた。
その後、私は誰かに突き飛ばされた。
「ぐああああああ!」
私、死んでない?
恐る恐る目を開けてみると、目の前では鮮血が散っていた。
「アレン?」
目の前には私を庇う様に両手を広げて立つアレンがいた。
アレンの背中には大きな爪の傷があって、左足が無くなっていた。
「グォアアアアアア」
クマが突然叫びだしたかと思うと、大きな地響きを鳴らし、その場に倒れた。
「どうして! どうして私を助けたの! なんでよ! なんで逃げなかったの!」
「と、も……だち、だか、らさ。そり、ゃた、っすけ、る、だろ……」
彼はその場に倒れた。
勇ましく頼もしい背中を私に誇示するように。
「アレンっ! うそ! うそ!」
私はアレンの体を必死に揺さぶる。
「お嬢さん。彼は立派に戦った。ゆっくり休ませてやれ」
「あなたは!」
木陰から騎士の甲冑を全身にまとった青年が出てきた。
「俺はダリン。帝竜騎士団の一員だ」
「アレン! アレンは生きているのか! 死んでないよな!」
「落ち着け、男みたいな言葉遣いになっているぞ。大丈夫、彼は生きている」
「アレン君を近くの村まで運ぶぞ。手伝ってくれ」
「わかりました」
私は騎士のダリンさんと一緒にアレンを村まで運んだ。
「ここは? ぼくの家?」
「よかった! ほんとによかった!」
私は何週間もアレンの看病をし続けた。
何度もこのままアレンが息をしなくなってしまうんじゃないかと不安に襲われた。
アレンがクマに殺される悪夢だって何度も見た。
そのたびに胸が締め付けられた。私のせいだって。
騎士のダリンさんにだって何度も怒った「なんでもっと早く助けに来てくれなかったんですか!」って。
「それはすまなかった。でもアレン君は生きているから大丈夫だ」と言ってくれたけど。
ダリンさんを信じれなかったわけじゃない。
それでもアレンが私の前から姿を消してしまうんじゃって考えが頭から離れなくて。
「ああああああ! ぼ、ぼくの足が!」
「ごめん。私をかばったせいで」
アレンの左足は足先から膝辺りにかけて消失していた。
「そ、そんな……これじゃあぼくはもう騎士になれない……」
うなだれるアレンの手を取って私は言った。
「私がアレンの足になるわ。だから、一緒に騎士を目指しましょう!」
「ルル……」
「それとも何か不満があるのかしら?」
「ない! 騎士になろう! 俺たちで!」
アレンが目を覚ましたら言おうと思っていたことだ。
私のせいでアレンは足を失ったのに、一緒に騎士を目指そうなんて言うことに罪悪感が無いわけじゃなかった。
かといって、いつまでも私がしょんぼりしていたってしょうがないでしょ。
だって、好きになっちゃったんだもん。
好きな人の夢を応援したくなるのは当然でしょ。
でも、この気持ちは知られてはならないし持ってもいけないものだ。
私にアレンを好きになる資格なんて無いから。
そして、騎士になるのには不必要なものだから。
私とアレンの間にあるのは友情。
それだけで私は十分だ。
「ついに来たな」
「私たちついに騎士になれるのね」
「もうルルは。気が早いんだから。騎士学校の試験に受かってからだな」
剣王帝国の王都リグファイス。
一等地に鎮座するは帝国騎士学校。
巨大な正門でありながら矛盾するかのような狭き門。
まさに騎士たちの登竜門。
世界各国から騎士志望の少年が入学を夢見る学校。
入学すれば帝竜騎士団への入団や貴族のお抱え私兵などのエリート街道が保障される。
私たちは今まで私の村とアレンの村しか行ったことがなかった。
初めて来る大都市はとても美しく、大勢の人で賑わっている光景は壮観だった。
色々行ってみたい所があったけど、それは後だ。
試験を受けるため、私たちはこの都市に来たんだから。
私たちは騎士を目指して毎日必死にトレーニングをした。
鍛錬の日々がまるで昨日のことのように思い浮かぶ。
アレンは木製の義足をはめ、私と一緒に頑張った。
勉教はまだしも、戦闘訓練はきっと苦しかったはずだ。
帝国騎士学校の正門前、私は強く拳を握る。
「ほらっ。行くよ」
アレンは私の手を取って、騎士学校の正門を走り抜けた。
私たちならやれる。
「君、ちょっと来てくれるかい?」
「私ですか?」
私に騎士風の男が近づいてきた。
「君はいいぞ」
「そうなのか?」
「ああ、試験会場はそっちだ」
騎士風の男はアレンにそう促す。
「入学式でまた会おうな!」
「うん!」
私たちは別れた。
互いに強い意志を瞳に宿して。
「あの、私に何の用ですか?」
「ゴミが」
「……え……と?」
「ゴミだと言ったんだ! 女風情が!」
え、ふふふっ。聞き間違いよね?
「騎士に女はいらねえんだよ!」
ここから私の地獄のような日々が始まった。
私の常識は覆されることになる。
そして思い知らされた。
私たちの村が特別女に寛容だったんだって。
「女? 気に入らんな!」
「皇帝陛下! なぜこんな所へ!」
「今日は一年一度の我が帝国騎士学校の試験日ではないか。それより何故女がいる」
「すみません……」
「不快だ! 投獄しろ!」
「はっ! ただちに!」
皇帝の一言で私の処遇が決まった。
「え、うそでしょ……放して! 放してよ! アレン! 助けて! アレン!」
私は騎士に無理矢理連行された。
「私が! 私が何をしたっていうのよ!」
暗い地下牢。
わけもわからないまま私は囚われの身となった。
鉄格子に掴みかかり必死に叫ぶも、私の声が反響するだけで返事はない。
どうして?
私が女だから?
「女の何が悪いっていうの!生きてるだけで罪だっていうの!」
私が必死に叫んでいると、コツ、コツと足音が聞こえてきた。
「助けてくれるの?」
「うるせえ黙れ」
鉄格子の鍵が開いたかと思うと、兵士が私の顔面を殴ってきた。
「うっ!」
「大人しくしてろ!」
酷い……酷すぎるよ!
どうしてよ!
飯もろくに与えられず、光の届かない地下に閉じ込められた私。
こんな生活が何日も続くと次第に心も壊れていった。
ーーーコツ、コツ
ああ、始まった。悪魔がやってくる。
地獄の時間の始まりだ。
騎士や兵士が寄って集って私を殴るんだ。
もうこのまま殺してくれればいいのに。
「助、けて……アレン……」
じっと目を閉じていた私。
今日はいつもみたいな衝撃は感じなかった。
その代わりに感じたのは暖かな温もり。
「ルル……ごめん。俺のせいだ。俺が騎士になりたいなんて言ったから!」
そこにいたのは悪魔でも地獄の番人でもない。
正真正銘のアレン。
「今、鍵を開けるね。そして帰ろう」
「うん……ごめんね」
私たちは故郷の村に帰った。
その間、一言も会話はなかった。
村に着いて、私はアレンと最後の会話をした。
「アレン……ごめんね。アレンは一人でも立派な騎士になれるよ」
「俺、騎士があんなに酷いやつだと思わなかった」
「ダリンさんみたいな立派な騎士もいっぱいいるはずだよ」
「ごめん……俺」
「でも、私のせいでアレンに夢を捨ててもらいたくないの!」
「俺、ルルがいなきゃダメだよ」
ーーーバチン
私はアレンの頬を思いっきり叩いた。
「私、アレンのそんな言い訳聞きたくない!」
私の目から涙が溢れる。
「騎士を目指すアレンはとってもかっこよかった。でも今のアレンは最高にかっこ悪い!」
「そんな……」
「私をいいように使わないで! 私、アレンが好き! だから、失望させないでよ!」
「ごめん……」
「もうアレンなんか大っ嫌い!」
それから私たちが会うことはなかった。
私たちの間に、歪な気まずさを残したまま。
アレンと合わなくなってどれくらいの月日が経っただろうか。
今、私は兵士になってもう一年が過ぎようとしていた。
アレンは今、何してるのかな。
私は今でも時々アレンの夢を見る。
アレンとの思い出の数々。
「ねえ、アレン。なんでアレンは騎士になりたいの?」
「なんでって。そっ、そんなの決まってるだろ!」
「教えてよー」
「お前……を守るためだよ!」
「ほんと? じゃあ私を守ってね騎士アレン様」
「騎士ってそっ、そんなあ」
「あ、照れてるー」
「うるさあーい!」
森での稽古中に言ってくれたアレンの言葉。
私を守るって。嬉しかったな。
「ごめんアレン……私のせいで……」
「いやいいんだ。それより君が辛そうな姿を見ていたくないから」
アレンの悔しそうに握りしめた拳。
心配された嬉しさなんてかき消されてしまうほどに私の胸は酷く苦しめられた。
「私、やるよ! アレン、待ってて! きっと君に追いついてみせるから!」
誰に言うでもなく私一人の決意表明。
髪を切った私は男として帝国騎士学校に入学を果たした。
すぐに女だとバレて退学になっちゃったんだけどね。
「よくも我の目を欺きやがったな! 死刑だ! 死刑に処す!」
「やめてください!」
「斬首刑だ! 我が直々に成敗してくれよう!」
皇帝は悪魔のような男だ。
私たちの幸せを奪った男。
皇帝の抜き身の剣が私を捉えた。
アレン。私、ここまでみたい。
「おやめください、皇帝陛下!」
「フンッ、お前は?」
「はっ! 帝竜騎士団第二部隊所属、隊長のダリンと申す者です!」
「我の行いに何か不満があるのか?」
「不満だなんて滅相もございません。ただ、皇帝陛下の神の如き手を女風情の血で穢す必要は無いかと」
「それもそうか、ならお前がこの場で女を殺せ」
皇帝はダリンに抜き身の剣を渡した。
「この剣は受け取れません。女の血で穢れてしまうでしょう」
「そうだな。じゃあお前の剣で殺せ」
「醜い女の死に姿なんて皇帝陛下が見るべきではありません。女がうつってしまいます」
「ああーもう、うるさいなあ! お前は何がしたいんだ!」
皇帝はダリンに怒りをぶつけた。
「あのですね。実は私、女を殺すのが趣味なんですよ」
「お前、女殺家だったのか。だったら先にそう言え。好きにしろ」
「はっ! ありがたき幸せ!」
皇帝は満足げに帰っていった。
「ついて来い」
私は目隠しをされ、ダリンに連行された。
私どうなっちゃうんだろう。
この人は私の知っているダリンさんじゃない!
アレンを助け、私を励ましてくれた優しい騎士のダリンさんじゃない!
私、やっぱりこのまま殺されるのかな。
「ルルちゃん。起きて」
「……ここ、は?」
私、死んでないみたい。
目を覚ました私。隣にはダリンさんが座っていた。
私の身体は馬車に揺られ、剣王帝国から遠ざかっている真っ最中だった。
「ダリンさん?」
「そうだ」
「もしかして私を助けてくれたんですか?」
「ああ」
「その、ありがとうございました」
「いいんだ」
ダリンさんはなんだか元気がない感じだった。
「あの、この馬車はどこに向かっているんですか?」
「E区画の兵村だ」
「それは何故ですか?」
「ルルちゃんにはそこの兵隊で働いてもらうことになった。ごめんな」
「なんで謝るんですか! 兵隊に所属できるなんてとっても嬉しいです!」
兵村に着いて馬車から降りた私は早速職場に向かった。
「ルルと申します! 今日からここで働くことになりました!」
「女? 女が来たぞ!」
「おいおいうそだろ? 兵士の女だ!」
「バカ! 女が兵士なわけないだろう? 兵士ごっこの女だ!」
「兵士ごっこ! 兵士ごっこ!」
「ごっこは帰れ! おうちに帰れ! 帰って涙で溺れ死ね!」
ここまで、辛い事がたくさんあった。
でも一年の間、頑張って尽くしてきた。
はずなのに。
私は兵士じゃなくなった。
私は辛くて、死にたくなって故郷の村の崖を飛び降りた。
地面に激突するかに思えた私の身体は、柔らかいものの上に落ちた。
「ルル、なのか?」
偶然か、はたまた神の悪戯か。
アレンが私の身体を抱きとめたのだった。
「えっ! 生、きて……る」
どう、して。
「傷だらけじゃないか! 何があったんだ、ルル!」
「どうして! どうして私を助けたの! なんでよ! なんでなの!」
私は彼の手を振り払い、彼に怒りをぶつけた。
「友達だからさ。そりゃ助けるだろ」
「アレン……! でも私!」
「わかる。わかるさ。辛かったんだろ」
「……」
私はアレンの胸元で静かに泣いた。
「よしよし」
アレンは私の涙が収まるまで頭を優しく撫で続けてくれた。
「ルル、お前に何があったんだ? 兵士になれたのか?」
「でも……」
「なんでも言え! 俺たち親友だろ!」
「私ね……」
アレンに全部話したらスッキリした。
心のよどみが全部洗い流されたような気分だ。
「俺のためにか……」
「ごめん……」
ーーーパチッ
アレンは優しく私の頬を手の甲で叩いた。
「やめろよ、そういうの。これでおあいこだな」
「もう、アレンったら。アレンは魔法使いね。私、あんなに落ち込んでたのに元気になっちゃった」
「そこは騎士だろ。もおー」
「ふふっ」
「それよりルルに見せたいものがあるんだ」
アレンは私に便箋を手渡した。
「これは帝竜騎士団の紋章?」
「ああ、そこにルルって書いてあるだろ?」
「うん。でもなんで?」
「実はその手紙、俺が書いたんだ」
「えっ! うそでしょ!」
帝竜騎士団の紋章はS級じゃないと使えないはずだ。
まさか。
「ああ、俺がお前を招待したんだ」
「アレンがS級? そんなバカな」
アレンは確かに強かった。
でもS級なんて。
「うそだと思うならみてみるか?」
アレンの胸にはS級帝竜騎士団の証、白金の板に竜の刻印があしらわれたプレートがあった。
「辛い事はきっとまだまだ沢山あるだろう。それでもついてきてくれるか?」
「うん。もちろん」
私たちはかけ出した。
光か闇か先は誰にもわからない。
それでもきっと今よりマシだから。
だって私にはアレンがいるから。
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