緊張感・・・
「まさか、私をこんなことにつき合わせるとは・・・」
王女様はそんなことをいいながらもうれしそうな顔をしていた。
外に出た経験がないためだろう。今は国教のシスターの服を着ている。口元をマスクで覆い人に姿を見せないようにしている。
国教のシスター服は色は黒に近い紺だが薄手で意外と日差しにも強く、姿を隠すにはぴったりな服装だった。
「王女様までくるとは・・・つうか、いいのか俺がここにいても。王女様のお気に入りさんよ」
訝しげな眼を向けてくるのは元騎士の男、エース。今は冒険者風の恰好をしているが、名目は王女を守るためだとかなんとか・・・
その手には王女から与えられた魔剣を持っていた。
その剣を<看破>で見ると、国宝級の名剣で、しかもそれなりの値打ちがするものである。さすが王女。
それをその男は価値を知っているのかわざと安物の剣に偽装していた。<偽装>スキルを持つ特殊な勇者だ。
【勇者】であるが<偽装>をして誤魔化しているようだった。見た目もいかにも【勇者】ではない。
俺でなければ、わからなかっただろう。
「あんたと王女様を強化するためにな。パーティー登録しておいてくれ」
俺は【王女】が強化されれば、任命できるジョブが【騎士】よりも上のジョブを与えられるのではないかと踏んでいた。
【騎士】よりも【聖騎士】の方が強いし、【重騎士】などもかなりいいものだったりするらしい。
なんでも【騎士】にはさらに上の最上位があり、【騎士王】などとも言われている。
「わかった。ところで今日は何を狩るんだ?」
「あんたら二人に期待していない」
「はあ?」
反応したのは【勇者】。いきなりの戦力外を告げられて、ちょっと男としては怒りたくなったようだ。まあ、それも仕方ないことだろう。
これは経験値をあつめるだけなら、俺がソロで動き回った方が楽に狩れるからだ。それほど強くない二人に戦わせるのは危ないと判断した。
今日一日で一気にレベルを上げるつもりだ。
「狩るのは俺の仕事だ。そうだな、あんたらは森デートでも楽しんでくれ」
「俺も一介の騎士だぞ」
【勇者】は憤慨した様子で言った。【偵察者】如きに助けをもらうことなどありえないと思っているらしい。
加えて、それなりに訓練をしているようだ。だが、そもそも訓練ではレベルがあがらない。レベルを上げるためには命を奪うことをしなければならない。
レベルが上がったらからいえることだが、レベルとは圧倒的とも得るアドバンテージを持つ。それをあげることが間違いなく強さに直結する。
ただの努力ではレベルと才能には追い付けないのだ。しかも、エースの相手は俺と同じチート持ちと思われる【勇者】だ。通常の努力に加えて、レベル上げが重要になってくる。
同じチート持ちである俺でさえ、【勇者】に勝てる可能性が低い。
だから、最初にレベル上げをし、ある程度上がった状態で戦って調整していくという方が効率がいいような気がした。
そのために今日は俺が魔物を狩り、レベリングを行い【勇者】達を強化していくのだ。俗にいうパワーレベリングというやつだ。
下手に上げてしまうと、俺がそれができなくなるので、それができるうちにさっさと上げていくべきだろう。
それが終わってから手伝ってもらうつもりだ。
「レベル15の偵察者の俺についれこれるとでも、レベル10以下のあんたらが?」
事実を述べた。それを聞いて【勇者】も【王女】も共に黙り込んだ。それほどの強さを持っているとは思わなかったようだ。
「仲間ではないのか?」
それでも何とか言葉を発した。如何にも【勇者】らしい一言だろう。だが、俺はそれを却下した。
「それはレベルが上がってからの話だ。俺はレベル以上のアドバンテージがあるからな」
「チートとかいうやつか?」
「知ってるのか?」
「お前ら、異世界人が騒いでいるからな、チートチートってな」
困ったもんだ。いちいち、そんな風に騒いでいる奴がいるらしい。誰でもいいが、他の世界方々には理解できないものだ。
だが、チートと呼べるほどの能力を持った奴がいるのだろうか?
【狂戦士】を得たあいつなのだろうか?
中村もだいぶチートのような気がしたが、それ以上のものがいるとは思えなかった。
「あんたにそれほどのアドバンテージがあるとは思えんが?」
俺の様子を見て、実に正直な感想を述べてくれた。あまり強くないと俺のことを持っているらしい。
まあ、そもそも、王女を何の問題も起こさずに連れ出せているという状況に驚いてほしいものだ。
「まあ、俺は単身でゴブリンの巣穴に入って生きて帰ってきた人間だぞ」
それを聞いて【勇者】は額にしわを寄せた。
「王女様はそのことを知ってて?」
「もちろんよ。ギルドからの報告に上がっていたしね。あの男を蹴落とすいい材料と思わなくて?」
【王女】は人の悪い笑みを浮かべた。【勇者】はそれみてため息のようなものをついた。
「またか」
「私に惚れるのが悪いと思わない。あなたという人がいるにもかかわらずよ」
「俺は心底困っているんだがな。こんなお転婆な姫の相手をしねえといけねえのがな」
「いいじゃん、こんな風に振舞えるのあなただけなのだから」
「だろうなあ、俺の親父もあんたのその姿には引いてるからな」
「ふふ」
【王女】はニヤニヤしながら言った。素を出して受け入れているそんな空気すら感じた。
「姉さんが余計なことをしなければ、あなたを【勇者】に任命したのに残念」
「ほんと困ったお方だ」
「あら、あなた以外私と踊ってくれる人がいると思って?」
ニヤニヤしながら言った。【勇者】はそういわれると肩を竦め、困ったような表情を作った。明らかに【王女】に惚れているという状態だった。
「・・・・・・」
「だんまりですか?」
二人の間にはとてもいい空気が流れていて、俺がお邪魔のようだった。まあ、邪魔って最初から知っていたんだからね。知って・・・
「邪魔者はいくぜ、せいぜい守ってやれよ」
「それが騎士の務め」
「頼んだわよ。私の【勇者】様」
これ見よがしにシスターが冒険者に抱き着いた。禁忌を犯したシスターの行為のようにも思えるが、まあ、異世界人の俺には関係ない話だ。
関係ない話だ。うん・・・
俺は寂しい気持ちを抱えながらも、腹の底にたまったイライラを解消するためにモンスターを狩りまくった。
今日は調子が良かった。
俺はレベル20まであがり、【勇者】と【王女】はレベルが15まで上がった。
新たなスキル、<鷹の目>を手に入れた。視界内の死角や遠くをを見ることができるスキルらしい。わかりやすく便利なスキルだ。
さらに<簡易バック>をゲットした。こちらはトートバックサイズのものを異次元に収納できるスキルだ。しかも、いれたものは腐らずそのままの状態で運べるらしい。
食料なども入れられる。かなり便利なスキルだ。
まあ、錬金術師が作れる<錬金バック>の下位互換とか言われるものでもある。普通のバックサイズに加え、あっちは人にも渡せて、しかもレベルや魔力によって拡張されるらしい。
こっちの良い点は無手でモテることぐらいだろう。ただ、武器や矢が入らなかったりするので、あまり使い勝手がよくないとされるスキルである。
【偵察者】が雑魚と言われるのはそのスキルのほとんどが魔法で補えたり、生産職のアイテムでフォローできてしまうものばかりなのだ。
評価が低くなってしまうのはこういうことが原因だ。だが、基本ソロ活動を行っている俺にとってはありがたい限りである。
【勇者】は<スラスト><ライトニングブレイド>。
【王女】は<PT効果覚醒><PT生命力アップ(微)>。
以上二つのスキルをゲットした。<スラスト>は突きの攻撃スキルで、<ライトニングブレイド>は雷を纏っての攻撃を行うスキルである。
両方とも相手に突っ込んで使うスキルだが、<ライトニングブレイド>はキャンセル可能で、<ライトニングブレイド>の効果を持った<スラスト>や<パワースラッシュ>ができるらしい。
ちなみに<パワースラッシュ>とは魔力をためて、剣などを振って相手にダメージを与えるスキルらしい。ちなみにさっきまで【勇者】が持っていたのはこれと<カバームーブ>だけらしい。
<カバームーブ>は対象と攻撃者の間を割り込んでダメージを代わりに受けるスキルらしい。騎士の訓練をしていると大抵のものが発現するスキルらしい。
異世界人の俺たちもほとんどのものが発現している。これを使用することでダメージ調整ができ、戦いを有利に進めることができるらしい。
これで回復役の魔術師の負担を軽くすることもできるそうだ。
ちなみに【王女】は初級魔法と中級魔法の光と土を使うことができ、【勇者】が彼女を守りながら戦うということができていたようだった。
ぱっと見はよいコンビのように思えた。
【王女】の支援が強力になれば、さらに【勇者】とのコンビに磨きがかかるに違いない。
「ゴブリンが出てきたときは驚いちまったが、レベルが上がっているおかげで楽に勝てたぜ」
ほとんどの魔物を<スラスト>や<パワースラッシュ>で一撃で倒した【勇者】が嬉しそうに言った。
実際、そんなものがなくても楽に勝てそうな剣の腕を持っているのだが、本人は念のためにスキルで倒すようにしているように見えた。
センスはそんな悪くない。だが、圧倒的に戦いに慣れていない。
評価としてはそんな感じだ。次はゴブリンの穴に単身で乗り込んでもらってもいいかもしれない。
俺はそんな風に考えていた。
「やりますね。異世界人の方々でもあなたほどの腕前はいないはずよ」
「そんなほめんなや」
「本当のことよ。そうよね」
俺に話題を振ってきたが、俺は肩を竦める程度にしておいた。あの騎士団長がレベル上げのことを仲間に教えるはずがなかった。
自分が30になった方法を教えれば、いくらでも異世界人たちは強くなるのだが、王女の婿を目指すあれが、そのことを言うはずがなかった。
「さあな」
俺は適当に答えておく。森中を走り回ってモンスターを探し、その息の根を止めてくる。
それが今回の仕事だが、かなりの数を狩って高揚感を覚えている今の俺には二人のことがあまり気にならなくなっていた。
これが戦闘狂というやるなのだろうか?
そういえば、聖騎士たちがそろそろゴブリンの穴につく頃だろう。俺の身体能力を使って、山を乗り越えて行って馬よりも早くたどり着いたが、あっちは人数も多く、何日かかけて行ったようだ。
いろいろと準備もあり、おそらく今日乗り込んでいることだろう。数も減らしたし、ボス級を一体倒した。
これを無傷で討伐できなければ、使えない勇者たちになってしまう。
まあ、既定の路線から外れている俺には関係ないことなのだが・・・
「あなたおかげでレベルもあがったし、この事を報告すれば、王も満足されるでしょう。エーちゃんについては報告できないけど」
エーちゃんというのは、【勇者】ことエースの愛称だ。エースなのだから、愛称なんていらないだろうが、お姫様は愛称で呼びたいらしい。
「すんなよ。俺は【勇者】じゃないってことになってんだからな」
困ったように【勇者】は言った。このまま、表立って公表する気はないらしい。彼が正式に【勇者】と認められている状態ならば、俺たちも呼ばれることはなかったように思えた。
ただ、彼だけではかなり頼りない。
俺のようなものがいるからこそ、現覚マシになっているのだろう。
「いずれにせよ。次からはちゃんとダンジョンや依頼をこなしていくからな」
「わかった」
「任せてください」
【王女】のやたらと高い声の返事にすごい不安感を覚えた。すっごいたのしそうだったが、この俺が言うのもなんだが、戦いは遊びではないのだ。
緊張感ないこの空間を見て俺はため息一つ付きたくなった。