気配
小鳥たちが暢気に囀りをしていた。早朝から俺はスラム街なんて憂鬱なところを歩く羽目になった。
異世界に召喚されて翌日のことである。戦闘職ではない俺は適当に放り出された。
体の良い厄介払いだ。
未来のない職業ということがわかり、いらぬ異世界人は死ぬならさっさと死ねということらしい。
他のクラスのメンバーは魔法職と生産職は勉学、戦闘職は訓練ということになっている。
そのいずれにも、向いていない俺は実地訓練をしろと言われた。
あの冷たい目をもつ騎士団長殿は死んでくるがいいという目で俺に告げた。他の奴には向けないそんな目だ。逆らえば殺す。
そんな目を俺に向けていた。
あながち、倉田の活躍次第で結婚が決まってしまうかわいそうなお姫様に恋慕でもし、その苛立ちを役に立たない俺にぶつけたのだろう。
その行動が俺に、町の中にいる家ネズミでも狩れというものだ。
街に放り込まれた。
家ネズミならスラム街に履いて捨てるほどいると言われ、スラム街に向かえば、一匹や二匹殺せるだろうとのことだった。
スラム街に行くまでに人間に襲われ、スラム街でも襲われる恐れがあるのだが、そんなことをあれが気にするとは思えなかった。
逆にこの国の人間に手をだしたら、これ見よがしに殺しに来るだろう。恐ろしい話だ。
―ねずみね。
その際にスラム街にいるネズミの絵を見せられた。その絵を思い出して探していると、なんとなくいるような気配を感じた。
俺は特に問題もなく、初めていくスラム街に到着した。スラム街の入り口付近にくると、汚臭が漂ってきていた。
その匂いだけでここがスラム街であることがよくわかった。
「ん?」
よくわからないが、ねずみのことを考えていると、そっちの方にいるような気がして、そっちに向かってみた。
いた。ボロ屋の片隅の端っこに縮こまるようにねずみがいた。
ねずみがこちらに気が付き焦って動こうとしたので、そっちに動くんだなと思って城でもらったナイフを突き立てた。
異世界に来たせいで、身体能力が上がったのか、あっさりネズミをナイフがとらえ、キィという声を上げてネズミにナイフが刺さった。
ネズミがバタバタと暴れる。しばらくすると動かなくなった。死んだのだ。
短い時間のはずが永遠とも思えるほど長く感じた。
何となく気分が悪くなった。ねずみが嫌なのではない。死というものを見るのが怖かった。
自分もああなってしまうようなイメージが思い浮かんだのだ。巨大な剣に体を貫かれ、もがくが力足りず尽きてしまう自分の姿が・・・
嫌だ。
そう思っていると、同時に強くならなければ、こんな風になるという思いが湧いた。
弱ければ、このネズミのように圧倒的な力の前に突き刺され、力なくもがき、激しい痛みの中絶命する。
強くなければいけない。この世界では・・・
そんな思いが俺の中を駆け巡った。
こいつらを殺して俺は生き残る。こいつらの屍の上に俺は立つ。
その時、死にゆくねずみを見ながらそんな思い、いや、決意を俺は決めた。
ねずみが完全に死んだと同時に自分の中に何かが入り込んだ感覚に襲われた。ゲームで言う“経験値”というやつだろう。
何かを殺せば、それがが“経験値”につながるのがこの感覚でよくわかった。
そして、この世界で生き残るためにはこの“経験値”をかき集めないといけないことに気が付かされる。
“経験値”を集めることで、俺はこの世界でも生き残ることができると気が付いた。
俺は王城で頼まれたねずみ狩りを始めた。
この世界で生き残るために・・・
スラム街にはすでにねずみの気配がなくなっていた。俺は一日で100匹近くのねずみを狩っていた。途中から数えるのが面倒なほどだった。
あまりにも多いので、ねずみの死体をスラム街の住民にあげたほどだった。
ねずみの大きさやこの世界のゲーム的なバランスから推察するに、ねずみは“経験値”的には多くはないだろうが、気配を探すいい練習になった。
ねずみはすばっしこく、どこにでも隠れ、まとも小さい。いい気配探しの訓練になった。
<気配探し>というパッシブスキルはないはずだが、<気使い>がそれをカバーしているような気がした。
もしかしたら、<気使い>は<気配探し>などのパッシブスキルの複合的なスキルのような気がした。
城に戻ると臭いだの、汚いだの言われた。一日中、スラム街でドブ川のような場所を徘徊していたのだ。
匂いもキツなるのは仕方ないだろう。
兵士たちに湯あみを頼んだが、お前にくれてやるものはないと言われた。一日中ねずみを追っかけていた身としては風呂ぐらいはしたかった。
というか、最初にスラム街で匂いの感覚が狂わされたので、匂いは気にしてなかったが、相当ひどいらしい。
それを見て、中村が城の馬小屋に連れていってくれて、そこでお湯を用意してくれた。
「みんな水魔法を覚えてるんだよ」
中村がそんなことを言った。どうやら、この用意してくれた水は中村が生成し、さらに中村が魔法が温めたものらしい。
一般職の彼でも初歩魔法なら使えるらしい。
それなら、俺も覚える可能性があり、俺にもさっさと教えてほしかった。
ただ、それにも才能が必要らしく、中村のように温水が作りだせるのは割とレアらしい。水生成と火を起こすのは違う魔法体系らしいので、これができる中村はかなり器用な部類に入るのだろう。
それはおそらく中村が薬草師ゆえにできる可能性が高い。おそらく、薬草から有効な成分を抽出するために繊細な魔法や温度調節がなどができるということなのだろう。
きっと戦闘向けというよりは、そういう研究者や科学者向けの単純な魔法系よりも優秀な職業の可能性が高いのだ。
「スラムに行って戦うことはなかったの?」
「なかった」
おそらく、対人戦のことだろうが、そんなことはなかった。たまたまなのかよくわからないが・・・
「結構危ない場所だって聞いたけど・・・」
中村が考え込むようにした。よくそんなところから戻ってきて平気だったなという顔になっている。
中村は本当にいい奴だ。あの騎士様の何倍もマシな奴だろう。
あの騎士様のご機嫌を損ねると面倒だから、ここでも悪口はあえて言わないが・・・
それにしても、右も左もわからない人間に、スラム街なんて危ないところに送るなんてセンスがないさ過ぎるだろう。
困ったものである。
「知らない。始めて言った場所だったからな」
「そうか・・・」
俺が正直に答えると中村が何か考え事をしているようだった。おそらく、俺のスキルについて何か思うことがあるように思えた。
これだけ有能な能力を騎士団長レベルがしならないなんてあり得るのだろうかということだろう。
そういう思考を停止し、いい人中村は嬉しそうに言った。
「でも、無事に帰ってきてうれしいよ」
さわやかな笑顔だ。これは女子にモテ始めるというのも納得できる表情だった。
「明日も無事に帰れるといいんだがな」
俺はため息混じりに言った。あの騎士団長がどんな嫌がらせをしてくるのかよくわからないからだ。
中村もそのことを心配しているようだった。
「明日も行く気なの?」
「そのつもりだ」
中村は残念そうな顔になった。おそらく、ネズミが全く殺せなかったと思っているのだろう。
あれが昨日今日で訓練を全然していない俺が捕まえれずはずがなく、罠なども用意していない。その状況では普通は捕まえることも、いや、見つけることすらできないだろう。
中村はそういう風に思っているらしいが、俺は今日だけで100匹の大量のねずみを狩っていた。
「そういえば、ねずみ殺せたの?」
「ああ、それなりにな」
具体的な数を言うと嘘と思われる恐れがあるので、具体的には言わなかった。
逆に強がっているとかも、思われてもおかしくない状況なので、そう答えるしかなかった。
「そうか、明日も行くのかい?」
「他に依頼があれば、そっちにいく。ネズミ退治は飽きてきた」
「飽きたか」
「まあな」
ねずみでは経験値が低い、もっと効率の良い奴を探すべきだろう。俺は今日一日頑張った相棒を見つめた。
王城からもらったナイフはよいものなのか、ほとんど傷がついていなく、きれいな輝きをしていた。
魔法でもかかっているのだろうか。
だとしたら、かなりいいものだと思うが、そんなものをあの騎士様が俺にくれると思わなかった。
「それで倒したのか?」
「ああ」
「・・・そうか」
やたらと真剣な目でナイフを見つめていた。それから、はあと中村はため息とついて言った。
おそらく、全く傷ついていないナイフの状況を見て、あまり狩れていないと思っているのだろう。
本当は違うのがだが、ここで事実を告げても効果は薄いだろうと思って、特に付け加えるような面倒なことはしなかった。
「明日も頑張りなよ。僕も頑張るから」
中村は元気づけるように言った。俺が失敗していて元気づけているつもりなのだろう。本当にいい奴だ。
俺は別にネズミ捕りに失敗しているわけでないし、悲観もしてない。ただ、怖いのだ。
俺とねずみのように圧倒的な力の差というものが実際に存在し、それが振るわれたら、俺でもあっさり死ぬという可能性があるという現実がそこにあるのだ。
俺はそうならないために強くならねばならない。
そう決めて、俺は徐々に強さを求め始めている。
「ああ」
俺は返事をすると中村が用意してくれた着替えを着て、同室の中村と一緒に部屋に向かって歩き出した。
明日もある。それなりに寝て体調を整えておくべきだろう。
俺はそんな風に思った。
俺は強くなりたかった。生きるために・・・